第二章 囚われの記憶 ー抜擢ー
部活ももう終わりにさしかかり、部員たちは片付けをしながら早紀の測定を見守った。
早紀の走りによって、メンバーが決まる。
早紀のタイムは、今のところキャプテンの柚木に並び部活でトップクラスだ。
しかしここ一番で弱いため、大会では結果を残せずにいた。
スタート位置に立つと、目線の端に、グラウンドの外の金網のすぐ脇に立つ女性が目の隅に入った。
その女性は大きな白い帽子をかぶり、真っ白なワンピースを着て、毎日のように同じ場所に立っていた。
グラウンドを使用する部活の部員たちはその姿に気づいており、その女性は誰かの母親に違いないという結論を出していた。
息子あるいは娘を毎日見に来る子煩悩を通り越して世話焼きな母親というのが共通の見解だった。
雨の日も、風の日も同じ場所に立つその女性は、どこか狂気じみていると早紀は感じていた。
しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。
あんな母親に見守られている子供が、少しうらやましかった。
早紀の母親はもちろん、一緒に住む父親も絶対にあんなことはしない。
放任主義と言えば聞こえはいいが、完全に子供をほったらかしていた。
今更それに関して何も文句はない。
しかし、自分をいつも守ってくれていた姉を慕う気持ちは今も確かにあった。
「水野。準備は?」
ストップウォッチを持つ水野が早紀に聞いた。
「いつでもいいです!」
早紀は少し緊張しながらそう答えた。
「よし、じゃあ始めるよ」
柚木は右手に持つピストルを高々と掲げた。
「用意!」
早紀は空気を吸い込み、息を止めた。
パン!
ピストルと同時に、早紀は弾丸のごとく飛び出した。
全身で風を切り、ぐんぐんスピードに乗る。
半分を過ぎたあたりで疲労感に襲われる。
耐える。
鋭い風が結んだ早紀のブロンドの髪の毛をはためかせる。
途中、早紀は今日のののかとの教室でのやり取りを思い出していた。
「お姉さんの代わりに、荒木先輩に好かれたのよ」
ののか。
あんたなんかに負けない。
そんな気持ちがこみ上げてきて、さらに足を加速させ、最後まで全力で走りきった。
ストップウォッチを見た柚木が、静かに頷いた。
「水野おつかれ。はい、じゃあ今日の部活はおしまい。みんな片付けを始めて。終わったらクールダウンと体操ね」
みんなに指示を出した後、柚木は早紀に近づいてストップウォッチを見せた。
「新記録、おめでとう」
記録を出したことより、にっと柚木が笑ったことの方が嬉しかった。
「ありがとうございます」
早紀は自然と、頭を下げた。
「柚木、ちょっと、いいかな」
柚木に話しかけたのは、三年の先輩だった。
柚木の肩を掴んで、半ば強引に柚木を引っ張った。
「早紀、じゃあまた後で部室でね」
逆らうことなく柚木は三年の先輩と歩いていった。
グラウンドの片付けとクールダウンを終えると、部員たちはちりじりに帰っていった。
「早紀、帰ろ」
部室に戻ると、いつも一緒に帰宅しているメンバーに話しかけられたが、早紀は柚木先輩に呼ばれているからと断った。
「寄り道せずに帰れよー」
柚木が、いつまでも部室で喋っている生徒に声をかけて帰宅を促している。
いつもの光景だ。
やっと全員が帰ると、柚木は部室の隅に座る早紀のもとへ歩いてきた。
「お待たせ」
そう言って早紀の横に座った。
「話って、何ですか?」
早紀は結衣の横顔に聞いた。
柚木はしばらくの間黙って汗を拭いていたが、しばらくして、 「実はね、次期キャプテンの話なんだ」 と、天井を見つめたまま答えた。
汗が頬をつたっている。
「えっ?」
早紀は、柚木の口から発せられた予想外の言葉に思考停止した。
キャプテン?
それって……。
私が???




