第9話 忍び寄る影
茂みの陰を離れても、ラインハルトの鼓動は収まらなかった。
――王妃になるのは、この私。
メリッサの言葉が何度も脳裏によみがえる。
婚約破棄だけでは終わらない。
彼女は入れ替わりの秘密を暴き、その罪をすべてエルフィーナへ着せるつもりなのだ。
このままでは間に合わない。
そう確信したラインハルトは、その夜、客館へ戻ることなく王宮の回廊へ足を向けた。
そこで偶然――いや、待っていたかのようにアルヴィンと出会う。
アルヴィンは一瞬目を見開いたが、すぐ周囲へ視線を巡らせ、小さく囁いた。
「こちらへ。」
二人は人気のない渡り廊下へ移動した。
「何かございましたか。」
ラインハルトは祭殿の帰りに耳にしたことを、一つ残らず話した。
話を聞き終えたアルヴィンは静かに目を閉じる。
「……そこまで疑われていましたか。」
「メリッサは証拠を集めている。」
「分かっています。」
「このままではエルフィーナが危ない。」
アルヴィンは小さく頷いた。
「私も同じ考えです。」
短い沈黙が流れる。
やがてラインハルトが口を開いた。
「祭司長にも会った。」
「……祭司長に?」
「聖獣の伝承を聞いた。」
ラインハルトは図書館で見つけた記述と、祭司長から聞いた話を伝えた。
『互いの立場を通して相手の重さを知った時、聖獣は再び二人を祭壇へ導く。』
アルヴィンは静かに息を呑む。
「では……戻る方法はあるのですね。」
「ああ。」
「だが、その時がいつ訪れるのかは分からない。」
二人の表情に焦りが滲む。
「その前にメリッサが動けば終わりだ。」
「だからこそ。」
アルヴィンは決意を宿した目で言った。
「お二人は、一度会うべきです。」
ラインハルトも静かに頷く。
「私もそう思っていた。」
「明日の夜。」
アルヴィンは声を潜めた。
「東庭園の古い礼拝堂なら、人が近づくことはほとんどありません。」
「私がエルフィーナ様をお連れします。」
「頼む。」
その時だった。
カタン――。
廊下の奥で、小さな音が響く。
二人は同時に振り返った。
だが、そこには誰もいない。
風に揺れるカーテンだけが、静かに揺れていた。
「……気のせいでしょうか。」
アルヴィンがそう呟く。
しかしラインハルトは首を横に振った。
「いや。」
「誰かいた。」
二人は周囲を探したが、人影は見当たらない。
その頃。
柱の陰では、一人の侍女が静かに息を潜めていた。
メリッサに仕える侍女だった。
彼女は胸元に抱えた手帳を握り締める。
「……やはり。」
小さく呟くと、そのまま夜の闇へ姿を消した。




