第6話 影の調査
三日前。
メリッサは侍女へ静かに命じた。
「アルヴィンの動きを調べてちょうだい。それから、最近のラインハルト様のご様子も。」
「かしこまりました。」
侍女は深く頭を下げ、部屋を後にする。
一人残ったメリッサは窓辺へ歩み寄った。
庭園を眺めながら、小さく呟く。
「……あの人は、変わった。」
庭園での会話。
思い出を間違えたこと。
自分に触れられるのを避けたこと。
どれも以前のラインハルトでは考えられない。
まるで――
「別人みたい。」
その違和感だけが、心から離れなかった。
◇
三日後。
侍女が報告に訪れる。
「調査の結果をご報告いたします。」
「聞かせて。」
「アルヴィン様は、ここ数日、毎夜のように殿下の執務室へ通われています。」
「毎夜?」
「はい。人払いをされた状態で、一刻近く。」
メリッサは静かに目を細める。
「話の内容は?」
「ほとんど聞き取れませんでした。ですが、一度だけ……。」
侍女はさらに声を潜めた。
「『元の姿に戻る方法』という言葉だけは、はっきりと。」
空気が止まる。
「……元の姿?」
「聞き間違いかもしれません。」
メリッサはゆっくり立ち上がった。
「いいえ。」
その瞳から笑みは消えていた。
「何かが起きている。」
◇
一方その頃。
執務室では、エルフィーナが書類を閉じていた。
「失礼いたします。」
アルヴィンが入室する。
「何か分かった?」
「はい。」
アルヴィンは静かに答えた。
「メリッサ様が、私を調べ始めています。」
「……やっぱり。」
「それだけではありません。」
一枚の紙を机へ置く。
「殿下――いえ、ラインハルト様も、客館の外へ出ようとなさったそうです。」
エルフィーナは顔を上げた。
「え……?」
「止められたそうですが。」
胸が大きく波打つ。
「私に……会いに?」
「おそらく。」
アルヴィンは小さく頷いた。
「殿下も、今の状況を理解されたのでしょう。」
エルフィーナは静かに目を閉じた。
婚約破棄の日以来、一度も顔を合わせていない。
会いたい。
聞きたいことが山ほどある。
それでも。
「今は危険ね。」
「はい。」
「メリッサ様に見られれば、すべて終わります。」
◇
同じ頃。
ラインハルトは、自室の机に置かれた小箱を静かに開いた。
中には、小さな押し花が丁寧に並べられている。
『慈善院のミアと摘んだ花』
『北部視察の帰り道に見つけた花』
一つひとつに、几帳面な字で思い出が綴られていた。
「……こんなものまで。」
思わず息が漏れる。
慈善院の子どもたちの名前を覚え、忙しい政務の合間にも花を押し、何気ない一日さえ大切に記していた。
自分は、そんな彼女を何一つ見ようとしてこなかった。
婚約者として隣に立ちながら、その努力も、その優しさも、その笑顔の裏にあった苦しさも。
「私は……何を見ていたんだ。」
胸の奥が、鈍く痛む。
もし、もう一度話す機会があるのなら。
謝りたい。
そして、真実を確かめたい。
ラインハルトは静かに立ち上がった。
「……会いに行こう。」
そう思い、客館を抜けようとした瞬間だった。
「エルフィーナ様。」
護衛騎士が道を塞ぐ。
「王命により、真偽が判明するまでは客館の外出には許可が必要です。」
ラインハルトは立ち止まる。
「少し庭へ出るだけでもですか。」
「申し訳ございません。」
王命。
その一言で動けなくなる。
拳を握り締めるしかなかった。
◇
その夜。
王宮の回廊。
エルフィーナはアルヴィンとともに王の呼び出しを終え、静かな廊下を歩いていた。
その時だった。
角の向こうから、誰かの足音が聞こえる。
エルフィーナは反射的に足を止めた。
同じ頃。
反対側の回廊では、護衛に連れられたラインハルトが歩いていた。
二人を隔てるのは、たった一枚の壁。
あと数歩進めば、互いの姿が見える距離だった。
しかし。
「こちらです。」
護衛の声が響く。
ラインハルトは別の廊下へ導かれていく。
エルフィーナもまた、アルヴィンに促され歩き出した。
二人は互いの存在に気づかないまま、すれ違う。
あと少しだった。
本当に、あと少しだけだった。




