表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された私、王子と入れ替わったので今度は私が選びます  作者: しろねこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/11

第5話 疑惑の影


 アルヴィンに真実を打ち明けた翌朝。


 エルフィーナは、いつもより早く目を覚ました。


 胸の奥にあった重石は、ほんの少しだけ軽くなっている。


 それでも、安心はできなかった。


 ――メリッサ様には、お気をつけください。


 昨夜のアルヴィンの言葉が、何度も脳裏をよぎる。


     ◇


 執務室へ向かう途中、廊下の角で足が止まった。


「おはようございます、ラインハルト様。」


 メリッサだった。


 今日も穏やかな笑みを浮かべている。


 だが、その瞳は昨日よりも鋭く、自分を観察していた。


「おはよう。」


「少しだけ、お時間をいただけますか?」


 断る理由も見つからず、エルフィーナは頷いた。


 二人は庭園へ向かう。


 色とりどりの花が咲き誇る中、メリッサは楽しそうに微笑んだ。


「懐かしいですね。この庭園。」


「……そうだな。」


「覚えていらっしゃいます?」


 メリッサは足を止める。


「初めてお会いした夜会で、私が着ていたドレスのお色。」


 心臓が大きく跳ねた。


 知らない。


 知るはずがない。


 それはラインハルトとメリッサだけの記憶だ。


「……白、だったか。」


 メリッサは首を横に振る。


「残念。」


 少し笑う。


「藤色でした。」


 空気が重くなる。


「では、もう一つ。」


 逃がさない。


 そんな視線だった。


「私が一番好きなお花は?」


 エルフィーナは唇を結ぶ。


「……薔薇。」


「違います。」


 メリッサは優しく微笑んだ。


「鈴蘭です。」


 その笑顔が、かえって恐ろしかった。


「ラインハルト様は、以前なら間違えませんでした。」


 言葉を失う。


 その時だった。


「失礼いたします。」


 アルヴィンが静かに歩み寄る。


「殿下。本日の政務会議のお時間です。」


 絶妙な間だった。


「……そうだったな。」


 エルフィーナは小さく息を吐く。


「メリッサ。また改めて。」


「もちろんです。」


 そう答えながらも、メリッサの視線は最後まで離れなかった。


 立ち去る背中を見送り、小さく呟く。


「……やっぱり。」


 その声を聞いた者はいない。


     ◇


 執務室へ戻ると、アルヴィンが扉を閉めた。


「助かりました。」


「いえ。」


 アルヴィンは静かに首を振る。


「ですが、もう時間の問題かもしれません。」


 エルフィーナは苦笑する。


「やはり、気づかれているのね。」


「メリッサ様は勘の鋭いお方です。」


 少し間を置いて続ける。


「これからは、殿下しか知らない記憶を確かめてくるでしょう。」


「どうすれば……。」


「無理に答えようとなさらないでください。」


 アルヴィンは穏やかに言った。


「嘘は、いつか必ず綻びます。」


「……ええ。」


 エルフィーナは静かに頷いた。


     ◇


 一方その頃。


 ラインハルトは王妃教育の講義を受けていた。


「では、エルフィーナ様。」


 教師が一冊の本を閉じる。


「西方三国と国交を結んだ年をお答えください。」


 ラインハルトは固まった。


 分からない。


「……申し訳ありません。」


 教師は驚いたように目を瞬かせた。


「珍しいですね。」


「いつものエルフィーナ様でしたら、即答なさる問題ですが。」


 胸が痛んだ。


 続く礼法でも。


 歩幅を指摘される。


 お辞儀の角度を直される。


 カップの持ち方まで注意された。


 どれも、自分は今まで気にも留めなかったことばかりだった。


「今日はお疲れなのでしょう。」


 教師は優しく微笑む。


「ですが、エルフィーナ様なら、すぐ元に戻られます。」


 その期待が、かえって苦しかった。


     ◇


 講義を終えた帰り道。


 慈善院へ立ち寄ると、子どもたちが笑顔で駆け寄ってきた。


「エルフィーナ様!」


 幼い少年が袖を掴む。


「今日は絵本、読んでくれる?」


 ラインハルトは微笑もうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


「……ごめんなさいね。」


 少年は首を傾げる。


「今日は元気ないね。」


 隣の少女も心配そうに覗き込む。


「前みたいに笑って。」


 その一言に、胸が締めつけられた。


 彼女は毎日、この笑顔を守ってきた。


 勉強も。


 礼法も。


 慈善院も。


 社交も。


 誰にも見えない努力を積み重ねながら、それでも笑い続けていたのだ。


「エルフィーナ……。」


 思わず、その名が唇から零れる。


 今、彼女は自分の姿で王宮にいる。


 きっと、自分より何倍も苦しい思いをしている。


 窓ガラスに映るエルフィーナの顔を見つめながら、ラインハルトは拳を強く握り締めた。


「……必ず。」


 その声は、自分自身へ向けた誓いだった。


「必ず、お前を元に戻す。」


     ◇


 その夜。


 メリッサは自室で、一枚の便箋を静かに折りたたんだ。


「王宮に勤める使用人からの情報で、これを調べてちょうだい。」


 侍女が頭を下げる。


「何をでしょうか。」


 メリッサは窓の外を見つめたまま、小さく微笑んだ。


「アルヴィンの動きと……」


 一度言葉を切る。


「最近のラインハルト様。」


 その瞳から、笑みだけが消えていた。


「何かが、おかしいもの。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ