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婚約破棄された私、王子と入れ替わったので今度は私が選びます  作者: しろねこ


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3/11

第3話 新しい婚約者


 政務会議を終えたエルフィーナは、静かに息を吐いた。


 朝とは違う空気が、廊下を歩く重臣たちの間に流れている。


「さすがは殿下」


「まさか治水計画の欠陥まで見抜かれるとは……」


 聞こえてくる囁きに、胸が痛んだ。


 ――その知識は、本当は私が何年も積み重ねてきたもの。


 けれど、今はラインハルトという姿だからこそ、誰もが耳を傾ける。


 嬉しいはずなのに、素直には喜べなかった。


 新たな婚約者となったメリッサは、王妃教育の日程や今後の公務について打ち合わせるため、オルグレン公爵家から王宮へ招かれていた。


「殿下、お客様がお待ちです」


 アルヴィンに案内され応接室へ向かう。


 扉を開けた瞬間、柔らかな香水の香りが漂った。


「ラインハルト様!」


 メリッサだった。


 花が咲くような笑顔で駆け寄ってくる。


「今日もお会いできて嬉しいです」


 そのまま自然な仕草で腕へ手を伸ばした。


 エルフィーナは反射的に一歩退く。


 メリッサの指先が空を掴んだ。


「……え?」


 部屋の空気が止まる。


「申し訳ありません。驚かせてしまいましたか?」


 メリッサは笑顔を崩さない。


 けれど、その瞳だけがじっとこちらを見つめていた。


「い、いや……」


 咄嗟に言葉が出ない。


 婚約者だった頃、ラインハルトが自分にこんな風に触れたことは一度もなかった。


 だから身体が勝手に避けてしまったのだ。


「ラインハルト様?」


 不思議そうな声。


 その時だった。


「……殿下?」


 後ろに控えていたアルヴィンが、小さく呟いた。


 その声には、確かな違和感が滲んでいた。


 エルフィーナは慌てて表情を整える。


「少し考え事をしていた。失礼した。」


 メリッサは小さく頷いたものの、その視線はなおも探るようだった。


「今日はいつもとご様子が違うようですが何かりましたか。」


「そうだろうか。」


「ええ。なんというか……どこか別人のようです。」


 胸が小さく痛む。


 これ以上ここにいては、きっと何かを見抜かれてしまう。


「今日は公務が残っている。また改めて時間を作ろう。」


「……はい。」


 メリッサは笑顔で頭を下げた。


 しかし部屋を出る直前、一度だけアルヴィンと視線が交わる。


 二人とも何も言わなかった。


 それでも互いに、同じ違和感を抱いていることだけは伝わっていた。


     ◇


 一方その頃。


 ラインハルトは、この日もエルフィーナとして慈善院へ向かっていた。


 庭では子どもたちが元気に駆け回っている。


「エルフィーナ様!」


 数人の子どもが一斉に駆け寄ってきた。


 ラインハルトは困ったように笑う。


「元気そうだな……ええと、リーナ。」


 少女がきょとんと目を丸くした。


「私、リーナじゃないよ?」


「……え?」


「ミアだよ!」


 周りの子どもたちも顔を見合わせる。


「エルフィーナ様、人の名前を間違えたことないのに。」


「今日は変だね。」


 その何気ない一言が、胸に深く突き刺さった。


 侍女が優しく言う。


「エルフィーナ様は皆さんのお名前だけでなく、お誕生日や好きなお菓子まで覚えていらっしゃるんですよ。」


「全部……?」


「はい。一人も間違えたことはございません。」


 ラインハルトは言葉を失う。


 自分は王子として、彼女が慈善院へ通っていることすら深く知らなかった。


 なのに彼女は、何十人もの子どもたち一人ひとりを大切にしていた。


「ごめん……ミア。」


 そう言って頭を撫でると、少女は嬉しそうに笑った。


「今日は疲れてるんだね。」


 その無邪気な笑顔が、余計に胸を締めつけた。


     ◇


 夕暮れ。


 屋敷へ戻ったラインハルトは、机の引き出しから一冊の手帳を見つけた。


 ページを開く。


『ミア いちごの焼き菓子が好き』


『リオン 最近、咳が続いているので薬草茶を持って行く』


『今月は北部の視察。帰りに慈善院へ寄る』


 一人ひとりの名前が、細かな字でびっしりと書かれていた。


 最後のページには、少し滲んだ文字。


『もっと頑張ろう。いつかラインハルト様の隣に立って恥ずかしくない人になりたい。』


 ラインハルトは、その一文から目を離せなかった。


「私は……何を見ていたんだ。」


 初めて、自分の胸に後悔という痛みが芽生えた。


     ◇


 夜。


 執務室で書類を閉じたエルフィーナのもとへ、アルヴィンが静かに現れた。


「失礼いたします。」


「どうした。」


 アルヴィンは部屋を見回し、誰もいないことを確かめる。


 そして静かに扉を閉めた。


「殿下に、一つだけお聞きしたいことがございます。」


 エルフィーナの鼓動が速くなる。


 アルヴィンは真っ直ぐその瞳を見つめた。


「本日の政務、そしてメリッサ様へのご対応……。」


 一歩、距離を詰める。


「以前の殿下なら、決してなさらないことでした。」


 静寂が落ちる。


 やがてアルヴィンは深く頭を下げ、小さく口を開いた。


「どうか、お答えください。」


 その声は震えていた。


「――あなたは、本当にラインハルト殿下でいらっしゃいますか。」


 エルフィーナの喉が小さく鳴った。


 ――もう、ごまかせない。

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