23日目
数日前に、修学旅行から帰ってきた綾瀬からのお土産の一つのスルメをかじりながら神魂顛倒するほどの陽華のテニスの大会を見た、翌日の今日は綾瀬とのおうちデート。
さて、持っていく飲み物はどうしよう。陽華に習ってザクロがあればそれにしたが、あいにく冷蔵庫には入っていない。お茶でいいや。
そうしてお盆なんてものは我が家にはない──見つからなかった。それはここにないのと同義だろう──ので、お茶を注いだコップを両手で持って私の自室へ運ぶ。
「おまたせー」
私のベッドに仰向けで寝ころんでいた綾瀬が一瞬ピクッとしてから、私に顔を向けた。
「お茶?ありがとー」
「どーぞー」
机に置く前に私の手から持って行ったコップを傾け、喉が渇いていたのか早速一口飲んだ綾瀬は不思議そうな顔をした。
「何これ。紅茶?」
「紅茶ダメだった?」
「そういうんじゃないけど。これが来るとは思わなかったっていうか、司会やってるイメージしかない浜田が、ふとテレビを観たら芸をやってたみたいな」
「つまり?」
「びっくりした」
謎の例え話からは想像も出来ないほどの簡潔なこたえに私もびっくりする。テレビ好きなのかな。
「これなんて紅茶?てか、なんで紅茶?」
「お母さんの趣味で物心ついた時から紅茶だった。これはアールグレイ」
ほー、とコップの中のお茶を見つめている。初めて紅茶を飲んだ人みたいだ。
「これがかの有名なアールグレイかー」
「初めて飲んだ?」
そろそろコップに穴が開いて床が汚れそうだな、と心配している私をよそに、お茶をいまだ見つめながら「『これがアールグレイッ!』て意識して飲んだのは初めて」と言いながら、さらに一口飲んでいる。
「そろそろ映画観ない?」
「あ、観るー」
扉を開けて自室を出ようとすると綾瀬が呼び止めてきた。
「え、観ないの?」
「せっかくなら大画面で観たいし、リビング行こうかなって」
「そうならそうって言ってよー」
「てか、下行くなら持ってくる必要なかったね」
なんで上行ったんだろ。今日頭働かない日だ。
「凪沙ちゃんって案外抜けてるよね」
「よく言われるー」
案外抜けてる凪沙ちゃんは、コップの中身をぶちまけないように慎重に階段を降りる。
「あれ、HDMIどこ?」
「あのゲーム機に刺さってるやつじゃないの?」
「今日ダメだ~」
うなだれながらパソコンとHDMIをつなげ、某配信サイトを開く。
「ポテチ食べながら観よー」
「いいの?やったー」
そろそろ冬ということもあり、私たちは仲良く一つの毛布をシェアして、ソファに座る。
「じゃ、スタートするよ」
マウスで再生してから、ポテチを慣れない手つきで、所謂『パーティ開け』をして、机に置くと、よみがえってきた記憶によって懐かしさを感じる、男たちが朝食をとりながら、マドンナの音楽について話しているシーンが始まった。
「キャッ!」
小さくかわいらしい悲鳴をあげて、オープニング後、私の目を覆ってくる。
「じゃまー」
「大量に出血してるけど、観れる?」
「前に一回観てるってば」
じゃれつきとかではなく、本気で忘れていたのか、素直に手をどけてくれた。
「医者じゃないなら死ぬとか自己判断するな、だって。かっこいい。私も使お」
エンドロールが終わり、楽しい楽しい感想戦が始まろうとしている。では、僭越ながら私から。
「どうだった?」
「A、B、Cどれから聞きたい?」
おお、なんか洋画みたい。イニミニマニモ。
「じゃあ、Bで」
「字幕なんだね」
「それしか選択肢がないからね、しょうがないね」
「吹き替え版はそもそも存在しない?」
「いえす。それじゃあ次、Aは?」
「面白かった、けど色々物騒じゃない?」
「それは、まあ、クライム映画だし。前一緒に見たのも気に入ってたぽかったから、平気な人かなって」
「あ、Cも入っちゃった。まあいいか」
ダウナーっぽいセリフだ。好き。
「それで?」
「描写自体は平気だけど、ワードチョイスが……教育に悪い?」
「それは、まあ、多いよね」
その後、感想は追加でポテチ二袋分まで続き、さらに私の部屋に戻ってからも続いた。
「最近学校の方はどうなの?」
なんか親みたいなことを急に聞いてきて、驚きはしないものの少し困惑する。
「首尾問題ないけど、なんで?」
「困ったことがあるかどうかじゃなくて、クラスでなんかなかったのかなぁ、って」
親のようなことではなく、クラス、あるいは学年違いの友達と話すような会話がしたいのだと理解する。
「最近はゆずと仲良くなった。あの夏祭りの時に絡んできた子」
「あの子ね、元気でいい子そうだよね」
「実際いい子だよ。私にいろいろ絡んでくれるし、なにより前に陽華の大会のこと教えてくれたし」
「じゃあ凪沙ちゃんに絡んだ私もいい子?」
そう言って綾瀬は体は正面、顔はお互いの方を向いていたさっきまでの状態から、体と顔のどちらもを私の方に向け、かわいらしく言った。
「愛い奴め」
「照れ隠し?今更することないじゃん」
ぶー、と年不相応に顔を膨らませている今の姿は実に愛い。
「今だからこそするんだよ。マンネリ解消、黎明の風を」
「マンネリ期来なかったね~」
「夏休みかぶったからじゃない?焦がれる想いでマンネリを焼き尽くす!」
「最近何読んだの?」
「なぜ?」
「口調が芝居調?」
薄く笑いながらの返事に確かに、と思う。勢いで話してたから何言ったかよく覚えてないけど変なこと言った気がする。
「あれやこれやと」
何を言ったか思い出そうとしたら、別のことを思い出した、というか思った。
「陽華の大会のことは聞いてくれないの?」
「聞いて欲しいなら聞いてあげよっと。そもそも陽華ちゃんはなにしてるの?」
「テニス。硬式テニスを高校から」
「中学もテニスしてたの?高校から新しくってあんまいないよね」
「ソフトやってた」
急に中学のとき、一度だけ陽華と話の流れで近所の公園で一緒にテニスをしたら腕がひどい筋肉痛になって以来、楽しかったのか数回だけ陽華に誘われたがすべて断ったことを思い出す。
「結果はどうだったの?」
「よくわかんない。勝ったんじゃないかなぁ。終わったとき私を見つけて抱きついてきたし」
「……仲、いいなぁ」
「ん?なんか言った?」
あの時の陽華のうれしそうな表情を思い出していたら綾瀬が言ったことを聞き逃してしまった。反省。
「なんでもない」
「知ってる、何でもなくない時のやつでしょ」
「なんでもないですぅー」
そっぽ向いちゃった。
「ほんとは~」
目を離したスキに後ろから抱きつきながら言うと、綾瀬は笑いながら「なんでもないって〜」と言った。
そのまま少しの間、笑いあっていたら唐突に私のスマホに電話がかかってきた。私のスマホに人ごとに着信音を替える機能は当然ついていないが、それが陽華からのものだと確信したのは、私を構成している要素が水三十五L、炭素二十kg、アンモニア四L、石灰一.五kg、陽華二十七kgなどなどから構成されているからではなく、母はママ友と買い物、父は仕事に行っているからだ。
「ちょっと電話出てくるね」
綾瀬の背中のぬくもりを名残惜しく思いながら、部屋を出ようとすると綾瀬が、
「せっかくのデートなんだから、ずっといっしょいよ?」
なんともかわいらしく、そして抗い難いセリフだが、陽華に申し訳ない。
「一瞬だから。トイレ行ってると思って待ってて」
「ここではなして」
綾瀬がいいというなら移動せずに電話に出よう。移動するのもちょっと面倒だしね。
「もしもし?」
『やっと出たー。何してたの?暇なら今から遊ばない?』
「綾瀬とデート中。今は……」
今どういう表情してるかな、と思って綾瀬がいるはずの方を見たらいなくて、きょろきょろすると、運動不足のせいだと思っていた腰の小さな重みは綾瀬のせいだということが判明した。つまり、腰に抱きついていた。大型犬かな?
「絶賛いちゃつき中」
『……アツアツだね、お二人さん』
「それほどでもあるかな」
「……電話、陽華ちゃんから?」
綾瀬のくぐもった声が小さく聞こえる。
「陽華ちょっと待ってて」
スマホをすぐそばに置いて、綾瀬の頭を撫でる。つるつるさらさらだ。
「どうしたの?甘えんぼモードなの?」
「凪沙ちゃんは……陽華ちゃんと私、どっちが好き?」
「もちろんどっちも」
好きのベクトルは違うけど。
「……付き合ってるのは私なのに?私は一番じゃないの?」
そう言って私に向けた瞳は少し潤んでいるように見えた。
「私、凪沙ちゃんが一番だよ?凪沙ちゃんが一番だから、このぐるぐるしてるのも飲み込んできた。今だって……。」
ドン、と両腕を壁にあて、私の逃げ道を塞ぐ、壁ドンの形になる。今にも泣いてしまいそうな顔で私に訴える。
「でも、でも……。私……私にはキミのラブがわからない」
そう言って、綾瀬は荷物を持って私の家から出て行ってしまった。
放心。
何がなんだかわからない。
なんて言ってたのかもわからない。
どうしよう。
「たすけて、ようか」
陽華にしか、頼れない。




