21日目
最近は十月に入ったこともあって少し肌寒く、夏用布団をクリーニングに出してもらい、少し温かい掛け布団を母に出してもらおうかと思う季節になったこともあり、衣替えをしている人もちらほら出てきた。冬は好きだし、冬服も好きだから夏の時と比べて憂鬱な感じはあまりしない。というより夏は暑すぎる。寒いのが好きというよりも暑いのが嫌いという感じだ。
そんなわけで図書室。綾瀬が冬服を着ていた。
例によって綾瀬は私よりも先に来て座っていた。初めて出会った頃を思い出させる黒色のブレザーは当たり前だが夏服よりも綾瀬の肌を覆っているにもかかわらずスカートから生足を覗かせていることにかえってフェティシズムを感じる。
「やあ。凪沙ちゃん衣替えしたね」
すっかり綾瀬の隣に座ることも慣れたものだと出会った頃を思い出したせいか懐古的な気持ちになりながら定型文のように「綾瀬も。似合ってる」と応え、綾瀬も定型文のように「ありがとー。凪沙ちゃんも似合ってるよー」と応える。
「こう寒くなってくると髪が長いのがありがたくなってくるよ」
「私首筋がちょっと冷える」
「マフラーするっきゃないよ」
「さすがにまだ早くない?早くて十一月ぐらいじゃないの、マフラーって」
「じゃあ我慢だね」
我慢しかないのかぁ?あ、私も髪伸ばそうかな。綾瀬とおそろっちだ。陽華ともおそろっちだ。
私の周囲の人みんな髪が長いことに今さら気づいた。最近ちょこちょこ絡んでくるゆずさんも髪長いし。みんなでおそろっち。
「一か月でどんぐらい伸びる?」
「髪?うーん、これくらい?」
そう言って親指と人差し指で表現する。が、よくわからない。
「気長に待ちます」
「それが賢明だよ、ことを急いてはならぬ」
髪の話題になったので、綾瀬の長くそしてほぼブロンドの髪を見てみる。幾度となく思ったことだが、綺麗な髪をしている。染めていると思っていたその髪は、いつぞやに染め出したタイミングを聞いたときにパツキンではなくそれに近い茶髪だということを教えてもらったのを覚えている。
そのとき綾瀬は「やっぱかー」と言っていたので勘違いされやすいのだろう。
「そういえば、綾瀬に偽名使った理由ってちゃんと話したっけ」
「やっとかーーー。待ってました、どうぞ教えてください!」
「待ってたなら聞いてくれればよかったのに」
「だってなんか聞きづらくない?今更掘り返す?ってのもあるし」
考えなしに言ったが、確かに。綾瀬がこういう反応をしてくれてよかった。苦しそうな顔をされたらどうしていいかわからないし。
「凪沙ちゃんから話してくれるまで待ってたんだからね」
「それは、ごめんなさいでいいの?」
「わかんない」
確か初対面の印象は話した気がするからなんでそう思ったかを話すか。そのために記憶を遡り、順に伝える。
「綾瀬の髪が金髪っぽくて不良に見えたっていうのが一つ。陽華にいろいろ言われてたのが一つ。急に話しかけられてびっくりしたのが一つ。たい───」
「ちょっと待った。そんな多いの?」
「綾瀬は自分を客観視したほうがいいよ。言おうとしてたのが、見るからに体格差があってちょっと怖かったってので理由おしまい」
客観視したほうがいいと言ったときに何やら苦しそうな顔をしていたのは気にしないでおこう。高校入試の面接練習を思い出したからに違いない。
言い訳をしないほうがいいことだと感じてはいるが、体格差で恐怖を感じるのは自然の摂理だから仕方がないことだと思う。だから格闘技には階級制があるのだと思っている。
ただ慣れなのか私が綾瀬を好きになったからなのかはわからないが、今は落ち着きを覚える。牙を向かないという信頼関係のおかげかもしれない。
「そんな怖い?」
「怖いっていうか、威圧感?身長高いし」
「凪沙ちゃんが小さめなのも原因かなぁ」
小さくないが。
「綾瀬何センチ?」
「確か一六五」
おっふ。
「凪沙ちゃんは?」
「一五〇ちょっとすかね」
「わはー」
「なにそれ」
「なんでもないよー」
きっと私の体格に関して私が知ったら悔しい思いをするようなことを考えているんだ。今に見てろよ、私の二次性徴はこれからだということを思い知らせてやる。
「そういえば、勉強の方は順調?」
ふと気になったので聞いてみると、案の定意味が分からないという表情をしている。何なら今「その心は」なんて私に聞いてきている。
「そろそろテスト一週間前だよ」
「……マジ?」
「大マジ」
中間、期末の経験から課題はどう考えても多い。学年によって課題の量が大幅に変わることもないだろうし。それに綾瀬はあまり勉強が得意ではない。数少ない得意分野で綾瀬にいいとこ見せちゃる。
「勉強教えて♡」
それ来た。いつの間にか私の足元に移動していた綾瀬が上目遣いで拝むようにお願いをしてくる。
「いいよ」
「やった」
決まり切ったことを言うと綾瀬は胸の前で小さくガッツポーズをした。かわいい。
「ありがと、大好きだよ~~~」
「ぐえ」
突然の力強い抱擁に変な声が漏れた。そして私も綾瀬の腰に腕を回してぎゅっと細く柔らかいことを感じながら抱きしめる。ふと陽華にされてたのを思い出す。最近してくれないなぁ。
目の前には例の長い髪。それが私の頬に触れて少しくすぐったい。それにいい匂いもする。午後からの授業も頑張れそうな気がする。
すると耳元から小さく笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、後輩に勉強教えてもらう約束するのって不思議」
耳元で話すものだからぞわぞわしながらも、確かにそうだなと私も笑えてくる。
「そうですね」
「あ、後輩になった。懐かしい感じがするなぁ」
感情のままに抱きしめていた綾瀬の腕は愛おしいもの、それこそ恋人を抱きしめるものに変わった。
「もとから後輩だし」
「それはそうだけどさぁ」
そして綾瀬が私から離れてしまい、一時的なさみしさが襲ってくる。
「凪沙ちゃんって勉強好きなの?」
綾瀬にも来ていると信じている、さみしさを感じさせない元気な声色で私に以前も聞かれたようなことを聞いてくる。
「実利を無視した勉強が好きって思ってる」
「実利?」
「なんて言うか、簡単に言うと受験とかテストとかと関係ない勉強。やってるのは物理とか数学だけど」
受験勉強というと、解法やら公式やらの暗記。それに如何に素早く正確に問題を解くか、の勝負。それらを私は思い浮かべる。そういうのを考えたら、私がしてるのはやっぱり実利はない。公式とか覚えずに問題解いてるし。
「でも勉強してるだけえらいよねー。他になんかしてることないの?……初対面みたいな質問だね、これ」
「確かにね」
綾瀬も懐古的な気持ちになっているのだろうか。感情を共有しているようでなんだかうれしい。
「最近映画ちょこちょこ見てるよ。こないだ、といっても数か月前か、に一緒に見に行ったじゃん?」
「行ったねー。あれ面白かった」
「ね、面白かったよね。で、その時ぐらいから見てるの」
「最近どんなの見た?」
最近かぁ。直近で見たの二週間ぐらい前だったかな。どんなだったかな。
「えっとね、宝石店の強盗に失敗して、原因が裏切り……あ、計画的なチームの犯行ね。それでアジトで色々仲間たちで話し合って、疑心暗鬼になったりして……る映画。面白かったよ」
「なるほど、わからん」
「わからんか」
「今度見るからタイトル教えて?」
「せっかくなら一緒に見ようよ、私の家で。私もっかい見たいし」
「家行っていいの?」
「なんで?ダメなんて一回も言ってないじゃん」
「なんていうか、もうそこまで進んでいいんだーって」
どゆことだ。綾瀬、なんか顔赤いし。
「あ、でもすぐはダメ。ある程度記憶を飛ばしたい」
「りょー」
その後少し経って予鈴がなり、私たちはそれぞれの教室に戻った。
そして授業が終わり、放課後。今日も陽華と帰れることに感謝を込めて。




