19日目
夏休みの始めは夏祭りやら喫茶店やら夏を楽しんでた感が満載で楽しかったが、中盤の無。そりゃもちろん綾瀬と通話したりはした。それだけなんだよ!夏らしいことなんて……。某将棋の名人を見習いたかった。
そして今、夏休みは残り一週間を切り、私にとっての夏が再来した。
「やあ、久しぶりだね。凪沙ちゃん」
「おひさー。焼けたね」
「日焼け止め塗ってたんだけどね。海は怖い」
「静岡だっけ」
私が無を味わっていたころ。綾瀬は友人らと熱海だか伊豆だかに行っていたらしい。私も行きたかった。
「そう、静岡!こことはまったく違うよ…」
「まったく、これだから内海は…」
内海の悪口はほどほどにして、今日は以前にも陽華と来た水族館。
「最近来てなかったから楽しみ!」
「私は前陽華と来たー」
「じゃ、れっちごー」
以前とは違い少し並んで館内へ。
「おー蟹だ」
おなじみクソでか水槽の蟹さん。紫がかった光が当たっている。
「正面もいいけど、こっち来て」
正面から蟹を舐めまわすように見たのち、そう言って綾瀬の手を引く。
「おー蟹のお腹だ」
「馴染みないよね」
「うん。生きてる状態だとそうそう見ないよね」
綾瀬のことは光の反射でよく見えず、はしゃいでいるであろう顔を拝むことはかなわなかった。
「次なにがあるかなー」
「なんだろねー」
次はカピバラやアザラシがいるが、あえて言わない。そうしたほうがより楽しんでくれるはずだ。
そして外。ちょうどアザラシがショーを演っていたため、カピバラには目もくれずに向こうへ駆けよる。
「風船鼻にのっけるんだって」
「何回か見たことあるけど、毎回見ちゃうよね。アザラシの魔法かなぁ」
「その魔法持続時間長いね」
「あーね」
これよくわかってないときのやつだ。軽く流して追及してこないのは素直に助かる。
その後のショーもほどほどに反応しながら楽しんだ。
「外出たぐらいにカピバラいたから見に行こ」
「それより、あっち」
綾瀬に止められ、向いている方を見るとアザラシが楽屋に戻っていた。これは───
「「かわいい」」
さっきまではいわば子が家でがんばって練習していたものをいざ本番の舞台上で見ていたような、そんな感情。これはその子が演じた後に「頑張ったよ、見ててくれた!?」などと笑いかけてくれた時のような、そんな感情。
「あらためて魔法をかけられたよ」
「同じく」
たぶん、私が持続時間が長いと思っていたのは誤解で、見るたびにかけ直されていたのだろう。そのたびに私は、私たちは思うのだ。
「また来ようね」
そういう魔法をかけられる。
☆☆☆
アザラシに癒され終わった今は増設前からある館内のふれあいコーナーにいる。
「昔は触るの怖かったなぁ」
「グソクムシと蟹だとどっちが怖かった?」
「断然グソクムシ。フォルムが……」
「わかる。私今でも怖い」
なんというか、ダンゴムシがそのままでかくなったような気がして昆虫類の恐ろしさを感じてしまう。昆虫は今のサイズだから私たちはふんぞり返っていられるのだ。
「そうだ!じゃんけんに負けたほうが触ろう!」
!?じゃ、じゃんけん!?
「いやいやいや!?さすがに冗談きついッス」
「冗談を言っている目に見えるかい?」
確かに、冗談を言っているようには見えない。だからこそ恐ろしい。
「確率は3分の1!じゃーん」
それでも綾瀬は止まりません。
「けーん」
「ぽん!」
「ッシャー!」
思わずガッツポーズ。私は勝利した。
「凪沙ちゃんそんな大きな声出るんだね」
やだ、はずかしい。
「そんなことより、早く触ってきて!」
「しょうがないなー」
そしてグソクムシ前。綾瀬は水に手を入れては抜いて、また入れてを繰り返している。
「こわッ!」
「はやく、はやく」
他人の不幸は蜜の味。それは恋人が相手だとしても変わらなかった。いや、むしろ普段は見ない怯えた表情を見れる分より甘く感じているかもしれない。最高級はちみつ!
「自分が触らないからって調子のりよって」
ジト目で下から見上げてくる。凄く楽しい。
「おほほ」
ドーパミンがじゃぶじゃぶ出ているのを感じる。こんなこと普段なら言わない。
「えいッ」
満を持して背中に触れた。
「もう無理、もう無理!」
「がんばれてえらい。次は蟹触ろ!」
「蟹なら触れる。触ろー」
蟹の甲羅は知っての通りごつごつしていた。蟹食べたい。
お次は海水魚が並んでいるところ。水族館といえば海水魚だろう。
「おー」
解説が多く、それを読むためのだまって読んでいる時間が増える。何回読んでもすぐに頭から抜けているため、今でも十分面白い。
「あ、食べた」
「おいしいんだ」
水槽の上のモニターで職員さんがそこで今泳いでいる魚を食べているシーンが映った。これがあるから水族館に来て魚を食べたくなる人をとやかく言うことは出来ない。白身なんだ。
「見て、ウツボ」
「ほんとだー。子供のころよくゲームで食べられたなー」
ん?ゲーム、ウツボ?
「綾瀬ってカー〇ィやってたの?」
「やったよー。てことは凪沙ちゃんも?」
「やったやった。ちょーやった」
「凪沙ちゃんも食べられてたのかぁ」
「食べられたぁ。水中ステージ難しいよね」
「難しかったなぁ」
水中ステージはほんとに難しかった。何度瀕死の状態で食べられたことか。
ウツボの後ものほほんと見てたらいつの間にかお土産コーナーにいた。
せっかくだし陽華になんか買ってこうかな。
「あ」
定番のグソクムシせんべい。ネタに走るか…?
「うわー。こんなのあったなぁ。昔は食べたくても買ってもらえなかったけ」
「買う?」
「いや、買わない。もうあの頃の私じゃない」
「マイナスの意味で使ってるとこ初めて見た!」
「それは違うよ。危機管理ができるようになったのよ」
「危険性はないよ。あったら今頃売ってないし。買う?」
「それはわかってる。私が言いたいのは、見た目で安全性を予測できるようになったってことを言いたいの。てか、なんでそんなに買わせたいの……」
「べつに~」
グソクムシを買うのはやめよう。陽華も喜ばないだろうし。それに食べ物は荷物になるからね。
次に目に入ったのはキーホルダー類。種類がたくさんある。
「これかわいいー」
ざっと目を通す。そしてこれだ!、と思ったものを手に取る。
「これ買ってくる」
「あ、買うの?じゃあ私もお揃いで買おっかな」
「ならちょっと待って。も1個選ぶ」
「それじゃだめなの?」
「これ陽華にあげるようだから、綾瀬とお揃いならもっとちゃんと選びたい」
「そ?じゃあこれにする」
綾瀬が手に取ったのはグソクムシのキーホルダー。
「好きじゃん」
「じゃないよ、インパクトあったほうがいいかなって!」
「じゃんじゃん」
「そんなこと言ってないで、はやく買いいくよー」
お揃いで買ったキーホルダーを互いにカバンにつけて駅へ歩みを進める。
「お嬢ちゃんたち、これ飲んでかない?」
出店のおっちゃんが私たちを引き留めた。おっちゃんは謎の魚の味噌汁を売っている。
「出汁がでてておいしいよ!1杯300円!」
「どうする?」
「せっかくなら飲みたい、300円だし」
「じゃ、買うか。2杯くださいー」
お椀から飛び出た魚のひげのようなものを気にしながら入場口前の飲食スペースに2人で腰掛ける。
「結構魚介の香りするねぇ」
「ね。じゃ、いただきー」
「いただきまー」
割りばしで本体をせき止めながら味噌汁を飲む。口に含むと一気に口が魚一色になる。
「おいしい」
「ねー。魚食べてみよ」
そう言って綾瀬は割りばしを置き、両手でつかみ、殻を破壊する。
「…可食部少ない」
「ありゃりゃ」
「完全に出汁用だね」
会話中心で味噌汁を飲み進めていく。殻を本格的にうっとうしく感じ始めたころ、綾瀬が私の目を見てきた。
「凪沙ちゃん、今日はありがとね」
「いえいえ、こちらこそ」
ありがとう、は略して続ける。
「私も前陽華と来たとき楽しかったからそのうち綾瀬を誘おうと思ってたら誘ってくれて、うれしかった」
「そんなこと言ってたね」
味噌汁をゴクリ。なにかためらっているようなので味噌汁で間をつなぐ。
「……陽華ちゃんとも来て、私とも来て…その、ど……ちゃんと楽しかった?」
「楽しかったけど、どゆこと」
「記憶が残ってたら既視感で終わっちゃってないかなって」
正直に言ったら前行ったのは6月ぐらいだし、楽しかったぐらいの記憶しかないからまったくそんなことはない。だけど、せっかくだしいいことでも言ってみようか。
「前、陽華と喫茶店でお茶したときに、話の流れでデートスポットの話になって」
いいことを言おうと思うと緊張するな。記憶や口に集中しないと何を言ったらいいか忘れそうだ。
「そのときに遊園地があがったんだけど、陽華が冗談で下見でも行く?、って聞いてくれてうれしくてオッケーしたんだけど、そしたら陽華が懐かしさを楽しんだら?、って言ってくれて、そんな楽しみ方もあるんだなって思った」
ここまでは陽華パワー。ここからの締めが重要だ。脳をフル回転させる。
「つまり、今日は綾瀬の懐かしんでる顔とか、久しぶりのものにワクワクしてる顔とかが見れて、本来の楽しみ方じゃない気もするけど、楽しかった。そんな心配しないでいいよ」
「……そっか、なら、いいや」




