18日目
夏祭りが終わり、私たちの関係は続けばよりかけがえのないものに、終わればより───。いや、考えるのはよそう。言霊の力を軽視してはいけない。
それはそうと、やはり陽華には悪いことをした。陽華は親友と行って差し支えない友人との約束を反故にしてしまったということに罪悪感を感じる。陽華はあの時「楽しんどいで」とか「邪魔してゴメンね」とか言ったが、やはり気が済まない。
なんてことを陽華へ電話する一歩手前で考えている私。この一歩の勇気が出ない。なにせ誘ったことなんてまったくないのだ。陽華から電話をかけてくれれば楽なのだが。
……なんて思っても陽華からの電話がかかってこないことはこの数十分の無駄な時間稼ぎでわかっていた。重い腰をあげて通話ボタンをタップする。
3コールののち、陽華は電話に出た。
『もしもし、どうしたの?』
「陽華とこの前の夏祭りに一緒に行けなかったじゃん?」
『うん。凪沙が綾瀬さんと行くって言ったからね』
「そうなの。それでね、そのお礼としてお茶でもしばきに行きませんか?」
『全然いいよ。その口ぶりなら私は奢ってもらえるんだよね?』
「はい、そうなります」
奢り。私が陽華に電話するのをためらっていた理由の1つだ。
『じゃあお言葉に甘えて。いつどこで?』
「陽華の都合がよければこの後すぐでも。場所はあらためて送るよ」
『んー。15時にそこ集合にしよっか』
「りょーかい。じゃ、またね」
『はーい、またねー』
通話が終わり、陽華に場所を送る。時計を見ると時間は正午を少し過ぎたぐらい。移動時間を考えたらあと2時間半ほど。
「よし」
そうこぼして私は配信アプリでアニメの視聴を開始した。
☆☆☆
「どーゆー了見ですか、凪沙さん」
「返す言葉もございません……」
現在15時15分。大遅刻とは言わないと信じたいが、遅刻には変わりない。それに陽華の性格を考えると予定時刻の5分前にはついていたと考えるのが妥当。
「時間を言ったのは私だけど、お茶しよう、って言ったのは凪沙でしょ?」
「はい……」
「理由は聞かないよ。大方アニメか小説でしょ」
大当たり。さすがだ。
「誠にごめん」
「私へのお礼でしょ?」
「はい」
「あぁー。無性にむしゃくしゃする。早く食べよ」
「はい、精一杯奢ります」
お金、大丈夫かな。
店に入ると、目の前にはケーキが入ったショーケースがおいてある。注文時にはここから選ぶシステムだ。
「怒りポイントマイナス20点」
どうやらケーキがお気に召したようだ。この調子なら返済も遠くない。
「利息はトイチだから気を付けてね。10秒で1割だよ」
遠そうだ。
「なんてね、冗談冗談。凪沙も笑いなよ」
も、という割に陽華は笑っていない。なんか、いつもと違って怖い。
「ははは…」
「いらっしゃいませ。こちらのお席にどうぞ」
促されるままに席に着き、その流れでメニュー表を陽華が見やすいように開く。
「マイナス5点」
やった。
「凪沙のおすすめは?」
ここでどう答えるかでは下がりも上りもするだろう。
「この珈琲セットかな。店主さんがなんかコーヒーの賞取ってるらしいし、あの中からケーキも1つ選べる」
「凪沙」
心臓がひゅっとなったような気がする。
「はい」
「私、コーヒーあんまり得意じゃないんだけどそれでも?」
これは陽華からのご慈悲だ。ポイントが上がっていないことが何よりの証左!
「っと、じゃあこっちの紅茶セットはいかがでしょう。飲み物が変わるだけであとはさっきのと一緒です」
「まあ、これぐらいで勘弁しといてやるか。肩の力抜いていいよ、敬語も」
「まったく、陽華のおふざけにも困っちゃったよ」
「許しはしたけど、遅刻した過去は消えないからね」
またひゅっとなった。
「はい」
「私紅茶セットにするけど、凪沙は?」
「私はコーヒーセット」
陽華が店員さんを呼ぼうとしたため、先人としてそれを止める。
「先にケーキ選んで、名前を覚えたほうがいいよ。向こうは知ってるものとして扱ってくるから」
「マイナス15点」
「勘弁してくれたんじゃないの!?」
「ジョークだよ、ジョーク。選び行こ」
注文して数分後、先に陽華のが来た。
「お待たせしました。フルーツティーと、モンブランです」
店員さんが置き終わったあとに、陽華は「おぉ」と感嘆の声を漏らした。これは完全に許されただろう。
「凄いね。まさかポットに入ってるとも思わなかったし、食器が全部おしゃれ」
「ね、凄いよね」
陽華は美しい所作でポットを持ち上げてカップに注ぐ。ゴシック風のドレスを着た陽華の後ろに美しい洋風の庭とそばに控えるメイドさんが見えたのはきっと気のせいじゃない。
「凄い、桃っぽい香りと味がする。ほかにもなんか柑橘系の味とかするかも」
食レポから考えても、さっきのは幻覚ではない。
「モンブランも凄い!凄い栗!」
はしゃぐ我が子を見ている親の気持ちがわかった。こりゃ凄い。
「凪沙も!食べてみて!」
そう言って差し出されたフォーク。もちろんその先には陽華がいる。なに当たり前のことを。
「あーー」
口に含み、咀嚼すると、確かな栗の風味が広がる。
「ね!凄くない!?」
「うん、凄いね」
情報のおかげで3…いや5割増しでおいしく感じれた。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーとオペラです。以上でよろしいですか」
「はい」
興奮冷めやらぬ様子で陽華が私に言う。
「オペラってどんななの?」
「ここのはブルーベリーっぽいのが入ってるけど、一般的にはチョコだけで作るものらしいよ」
「詳しいね」
「まあ、前に調べたからね」
「2口目、頂戴」
「いいよ」
オペラの前に1口コーヒーを飲んで、一方に長い長方形型のオペラにフォークを入れる。初見の時は崩れてしまいそうだと思ったものだが、これが案外丈夫で、4分の1になるまで倒れる気配がなかったのを覚えている。
「どう?」
自分で食べるのを待ちきれない様子で陽華が聞いてくる。
「しっとりしたチョコとブルーベリーがよくあってておいしい」
「んー、入れてー」
陽華が口を開けてあーんをせがんでくる。まったくしょうがないなぁ。さっきよりも少し大きめに切り取って陽華の口に入れる。
「ん-!おいしい!」
少し幼さを感じる陽華とお茶を楽しんだ。陽華がとてもかわいかった。
☆☆☆
いつもと変わらぬ重さのはずのスマホに情報の軽さを感じながら店を出る。
「おいしかったよ。ありがとね、凪沙」
「貸しを返しただけだら」
「そっか」
友人間に感謝はいらない。助けられたら貸しが生まれるだけ……。
なんてアニメに影響を受けただけのことを思いながら歩く。
「凪沙があんな店知ってるなんてねぇ」
「この前お父さんと一緒に行って、それで」
「あー凪沙のお父さんね。甘いもの好きだもんね」
「あんな成りしてる癖にね」
「甘いものが好きじゃない人なんていないよ。おじさんだからって例外になんて、私がさせない」
かっくいー。
「陽華って甘いものほんと好きだよね」
「好きだよー。2番目に好きー」
「以外。1番じゃないだ」
給食のデザートじゃんけんにすべて参加した女の1番。気になる。
「その顔は気になってるね」
思考が読まれたことは気にしない。よくあることだ。
「教えてもらおうか、その1番好きな物とやらを」
「教えないよ。凪沙には」
「私にだけ?」
少し駆けて、私の少し前で陽華が少しかがむ。おかげで陽華の顔が真正面から見える。
「そう、凪沙にだけ。ミステリアス陽華だからね」
そして、すこし楽しそうにそう言った。
「ちぇー。残念」
私が陽華の横に並んだ後に、件の情報的重量の減ったスマホが振動した。依存気味の現代人の例にもれず私もそうであるから、反射的に画面を見る。
『夏休み最後の週のどっかで水族館行かない?』
「誰から?」
返信をするより先に陽華に聞かれる。
「綾瀬から。水族館行きたいんだって」
「デートの定番だね」
「だねー」
映画館に続き、2つ目の定番。このままスタンプラリー感覚で定番を制覇しよう。
「デートの定番っほかに何がある?」
「んー。映画館とか?」
「それはもう行った」
「そっか。じゃあ遊園地とか」
「遊園地かー。ここ数年行ってないなー」
「私も行ってない。一緒に下見でも行く?」
「行っちゃう?」
「冗談に決まってんじゃん。懐かしさをシェアしてきなよ」
その手があったか、と脱帽する。やっぱり誰かと付き合ったことあるんじゃないか?
「ん、そうする」
陽華がおもむろに私の腕を回してくる。こういう時は意地悪を言われるに決まっている。
「水族館行くときは遅刻しないようにしないとね」
「その節はほんとゴメン」
「私はまあ、いいよ。でも、恋人との約束に遅れちゃだめだよ。始めはよくても愛想をつかされちゃうよ」
「今回のは、陽華だからっていうのもちょっとあったし、その時は多分大丈夫」
「そ。ならいいけど」
相変わらず、陽華はたまに母親のようなことを言うな、と思いつつ歩みを進める。家に帰ったら返信しよう。今は陽華との時間を楽しみたい。
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