17日目
火の球が打ちあがり、爆ぜる。それが繰り返される。
「たまやー」
隣でゆずが何度目かの掛け声を叫ぶ。相変わらず元気のいいことだ。
花火大会が開始して数十分も経つとそろそろ首が痛くなる。痛みを和らげるため下を向いたり、右、左と首を動かす。
コキ、コキ。
ふと、人影が目に入る。目を奪われる。
「陽華、どこ見てんの!今いいとこだよ!」
「や、なんでも」
ひゅー、ドン。連続して打ちあがる。彩とりどりの花が空に咲く。
私は懸命にその光景を脳に焼き付けようとする。あれを上書きし、脳の修繕に励むべく。
☆☆☆
着物、よし。財布、よし。巾着、よし。───簪、よし。
来る7月25日。夏祭り当日。
「お、凪沙ちゃん!こっちー」
普段学校で見る制服姿。いつものデートで見る私服姿。そのいずれとも違う、着物姿で私に向かって手を振ってくれる。すごく似合っていて、かわいい。
「おまたせ」
「待ってないよー。着物、似合ってるね。かわいい」
「ありがと。綾瀬も似合ってる。かわいい」
「感想がいっしょだー」
綾瀬の髪に目線を向けると、太陽の光で簪がきらめいていた。
少し早い誕生日プレゼントとして綾瀬とお揃いで買った簪。少し値は張ったが、おつりが来るぐらいの笑顔。これで今日の目的は果たしたと言ってもいいくらいだ。
「じゃ、行こっか」
綾瀬も私の髪に目線を向けたような気がする。なんかこそばゆい。
「うん」
少し歩いて夏祭り会場到着。あふれんばかりの人、人、そして人。等間隔で並ぶ屋台。気を抜いたらはぐれてしまいそうなので、綾瀬の着物をつまむ。
「……?」
はて、不思議そうに綾瀬が私の顔を覗いてくる。
「そんなとこじゃなくて、ほら。こっち」
そう言って私の手を綾瀬の手が迎えに来る。
着物なんかではなく、手を握ればよかったのか。なぜ私は着物を?照れか。
「さあ、まずはどこから攻める?」
「私的セオリーはわたあめ」
「じゃあそうしそう。わたあめの屋台は……」
「あっちにあるよ」
「ごー」
歩いてわたあめの屋台の列に並ぶ。それほど並んでいない。同業が多いのだろうか。
「着付けってだれにしてもらった?」
「お母さん。綾瀬は?」
「私もママにしてもらった」
ママ呼びか。幼さがこれまたいい。年下の先輩か……。
そうこうしていたら私たちの番が回ってきた。
「ふた…」
2つもいらないと手を動かしてアピールする。
「ひとつくださいな」
「はい、わたあめ1つ500円ね」
財布から500玉を抜き取り、手渡している。
「ちょうどね。毎度」
「次どこ行く?」
そう言いながら私にわたあめをちぎって渡してくれる。口に含む。甘い。砂糖本来の味がする。
「輪投げあるよ。行きたい」
「景品何があるかなー」
また私にちぎって渡す。なんだか餌付けをされている気分だ。ちぎる、食べる、その繰り返し。誰もが知ってる砂糖の味。
「最後尾どこかな」
「んー。あっち?」
わたあめの屋台とは違い、だいぶ並んでいる。同業とは景品の違いで差別化を図っているのだろうか。
「自信ある?」
「小学生以来だからわかんない」
「中学のときやんなかったの?」
「やんなかった。来ること自体不本意だし」
「ゆーはどうして夏祭りにいったの?」
「陽華に無理やり連れられて」
「今回のはいいの?」
「……綾瀬となら楽しいかなって」
「……」
恥ずかしい。なんか反応をくれ。一人で盛り上がってる人みたいな気持ちになってくる。
「……」
なんで反応してくれないの?いたたまれない気持ちになってくるんですけど。
恥ずかしさを紛らわすため、綾瀬とつないでいる手に力を込める。
「…はっ!凪沙ちゃんがかわいすぎて意識が飛んでた」
どういう理屈だ、コラ。より力を込める。これが私の精一杯。
「こんなに情熱的に手を握ってくれちゃって。火照っちゃうわ」
テンションがおかしい。この前と同じような状態、つまり早めの深夜テンションだろう。
「人前だからねー。控えようねー」
「はーい」
列の真ん中に差し掛かったころ。なにやらお美しいお姿を目にした。見間違うはずもない、陽華だ。それと加藤さんと加藤さんの友人の何某さんもいる。陽華とは話したいが、彼女らとは話したくない。この屋台の方向に向かってくる感じがしなくもないが、ここは無視でいいだろう。
「ねえ陽華。あれ、酒々井さんじゃない?」
ばれた!?対応する!?出来る!?否、逃げ!
「凪沙ちゃん、どうかした?」
「なんか、小腹が空いてきちゃった。唐揚げでも買いに行かない?」
「えー、せっかくここまで並んだのに?」
「確かに」
そうこうしているうちに半径4メートルぐらいに入った。これが限界か。やむを得えん。
「じゃあ、私だけでも───」
「はぐれちゃうかもよ」
「ぐッ」
「それにこの時間中はずっと一緒がいいな」
もう、ゴールしちゃっていいよね。私、がんばったよね。
「酒々井さーん。奇遇だねー」
☆☆☆
「はは、奇遇ですね」
「凪沙ちゃん、だーれ?」
「えーっとですね───」
「はじめましてですね。うちの凪沙がお世話になってます。私は日菜月陽華です」
説明しようとしたらなんか陽華がしてくれそうな雰囲気なのでここは任せよう。
「こっちの子は凪沙のクラスメイトの加藤ゆず」
加藤さんが綾瀬に向かってひらひらと手を振る。
「こっちの子は私のクラスメイトの星侑」
星さんはペコリと少し頭を下げる。
「じゃあ私の番かな。桐生綾瀬、2年生。プロフィールは凪沙ちゃんのかの───」
「!?」
時期尚早だ。首トン……は出来ない!つないでいる手を引っ張り、強く握るしかない!......ッ!つないだまま!?
「トモダチダヨー」
「酒々井さん、2年生に友達いたんだー。いがーい」
バカにされた?最近は幸せにあふれてるからそんなことで怒ったりしないが。
「どこで知り合ったの?」
「図書室で、たまたま」
「あー、だから昼放課教室にいないのか。納得ー。陽華から酒々井さんの話よく聞くから話したかったけど、毎日いないからさー」
そうだったんだ。なんかうれしい。
「あっ、ちょっ。やめて陽華。蹴らないで。バランス崩す」
加藤さんの足もとを見ると、陽華が足で加藤さんをげしげし蹴っていた。陽華を見ると少し赤面しているような気がする。愛い奴め。
「陽華すてーい」
星さんが陽華をなだめると、陽華はしぶしぶといった様子で足蹴にするのをやめた。
「なかいいねー」
「そろそろ私たちも並ぼ」
この状況に終止符を打ってくださるのは陽華らしい。恥ずかしい思いをした後の陽華もやはり陽華だ。頼りになる。
「だね。じゃねー」
「ねー」
2人続けて別れのあいさつを言う。そのままトップスピードで列の最後尾に行ってもらいたい。
「デート、邪魔しちゃってゴメンね」
と、すれ違いざまに陽華が私に耳打ちをしてくれる。アフターサービスまでばっちりだ。
「もういなくなっちゃた」
「だねー」
☆☆☆
加藤・竜巻・ゆずと別れた数分後。私たちは花火を見るべく芝生にレジャーシートを広げて屋台で買った焼きそばをすすっていた。輪投げに関しては何も言うまい。
「陽華ちゃんってああいう子だったんだねー」
打ちあがる前の太陽が沈んできた空を見ながら綾瀬が言う。
「だよー。かわいいよね」
「ねー」
しばし焼きそばをすする音のみが聞こえていた耳に大きな音が響いた。
「たまやー!」
どこからか元気な声が聞こえてくる。
「かぎやー」
次は隣から控えめな声が聞こえてきた。
「かぎやって久しぶりに聞いた」
「次、凪沙ちゃんの番だよ」
「次ってなんて言うの?」
「私は知らないよ。凪沙ちゃんが知ってるの」
「知らんよ」
何度目かの花火が打ちあがる。ちゃんと花火見るのって久々だなー。
「去年はどうしてた?」
「友達と一緒に見てたよ」
「今年はいいの?」
「そんなこと聞く?」
「まあ、なんとなく」
「面倒な彼女の凪沙ちゃんのために答えて進ぜよう」
面倒じゃないし。ちょっと色々あるだけだし。
「あれこれ理由つけて断ったよ。せっかく付き合ってるのに一緒に見れないのはさみしいしね」
「そっか」
打ちあがる音で聞こえない、なんてものは非現実的だな。なんて思いながら返事をする。
「陽華ちゃんたちと別れるときさ、なんか耳打ちされてたけどなんて言われたの?」
「ひみつー」
「えー。けち」
「なんてね。デートの邪魔してゴメンねって言われた」
「以外。陽華ちゃんって応援してくれてるんだ」
「以外ってなんだ以外って」
「やー、なんとなく?」
「なんとなくて」
ひゅーと音がする。そろそろかな?
「たまやー」
次いでドン、と聞こえる。予想通り。
すると、左から私の顔に向かって手が伸びてくる。その手はそのまま私の顎に添えられる。顔を綾瀬の方に向けられる。長いまつ毛が眼前に来ると、もちろん唇にすっかり慣れた感触が伝わる。
かと思ったら、口内にも感触が。ちろちろとも言えるし、ぬぷぬぷとも言える動きを感じる。そして私はそれに抵抗できようはずもなく、受け入れる。
人前であることを忘れ、私たちは一歩先へ飛翔した。




