16日目
学校が在ったころのある日の図書室でのこと。
「陽華に夏祭りのこと話したよ」
「お疲れさま。お疲れのキスでもしてあげようか」
私が進展が早いと感じるのは、綾瀬に依るところが大きい。すぐにこうやってキスを迫るのだ。
「疲れちゃいないし、したいけど、学校だしね。もっと別の場所でしよう、ね」
「ファーストキッスをここでせがんできたのは誰だっけ?私、逃げ道をふさがれてしたような気がするなぁ」
「うるさい口だな」
そう言って唇を重ねる。舌を入れてやろうかとも思ったが、入れない。学校なので。
「やったぁ。すき」
「私もすき」
「へへぇ」
キスの余韻を感じつつも、綾瀬が続ける。
「夏休み入ったら祭りの前に1回デートしようよ」
「それは名目上?それとも本格的に?」
「中間。演習最終日の学校終わりに行こ」
「わかった。じゃあ、電車で来たほうがいいのか?」
「そだね。凪沙ちゃんと一緒に電車に乗れるの新鮮~」
「ていうか、学校のみんなにバレちゃうかもね」
「イヤ?」
「ヤじゃないけど、恥ずかしい」
クラスのぼっちちゃんに仲のいい、あるいは付き合ってる....これはないか、同性だし。とにかく、仲のいい2年生がいる、というのはなんともラノベ的な展開だ。
「ヤじゃないならいいよね。どこ行くかは私が決めとくね。大船に乗った気持ちで任せて」
「楽しみにしてるね」
☆☆☆
アディショナルタイムが終わり、今、この瞬間から夏、到来である。夏が到来したということは、綾瀬とデートだ。
そんなわけでウキウキしながら教室を出たら廊下に私が以前陽華を待っていたように綾瀬が待っていた。なんとも愛い表情をしている。クラスメイトに悟られぬよう自然に近づく。
「凪沙ちゃん、やっほー!」
が、綾瀬が私を大声で呼んだことでその努力は水の泡になった。
「やほー」
人目が気になるせいでぶっきらぼうな言い方になってしまった。すまん。
「じゃ、行こっか」
例によって頷くだけ。
「なんか冷たくない?」
「いや、なんていうか、周りの目がですね……」
「見てる人いないよ」
「心の目で見てると思うの。私の第六感がそうささやいてる」
「ふーん……」
しばらくの無言タイム。私の気持ちを汲み取ってくれたのだろうか。なんていい彼女なんだろう。そんな貴女が好き。そんなことを思いつつ校門までの道を歩く。
「……えいっ」
柔らかく、白く、長いモノが私の腕に纏わりつく。それはあの時の彼女らの様な。
「わかってくれたんじゃないの?」
「わかってあげたよ」
「なら、これはなに?」
「いっそ、周知の事実にして解決、ってことにしてしまおうと」
私の気持ちを汲み取ってなどいなかった。なんてわがままな彼女だろう。それでも、そんな貴女も好き。
「それはそれとしてあっついね、これ」
「じゃあ、ほどいて?」
「やーだ♡」
私は駅までの道を知らない。どれほど歩く必要があるのかわからない。腕から更なる熱を感じながら無事、到達できるだろうか、いや、できる。
「今日ってどこ行くの?」
「ちょっと遠出して海の方まで」
「海?」
「入りはしないよ。周りで魚食べて色々するだけ」
「入るとは微塵も思ってないけど」
「そうなの?」
「だってド汚いじゃん」
「ああ、確かにね」
そんなこんなで駅到着。とほぼ同時に乗車。ちょうど電車が来ていた。
「うわー弱冷車じゃん。ミスったー」
「弱でも冷房があるだけいいじゃん。自転車は太陽のおかげで実質暖房がついてるんだから」
「ぐうの音も出ないや」
「それに私はこっちのほうが快適」
「暑くないの?」
言葉の通り、若干暑そうな綾瀬。
「暑くない。普通のやつちょっと寒いぐらいだし」
「それは筋肉が足りてないね」
「我インドア派ぞ?そういう綾瀬は筋肉がさぞおありなんでしょうな」
「私が普通。凪沙ちゃんが少ない」
むっきー。人をコケにしおってからに。そのニヤケ顔をすぐ変えてやる。
「じゃあ触らせて。比べるから」
「どんとこい」
計画通り。躊躇なく触れるぜ。
手を合わせて、合掌。いただきます。
……これは、どうなんだ?確かに少し……でも違いがないような。吟味しなければわからない。
「長くない?」
「確認中」
一説では、二の腕と胸の柔らかさは同じらしい。しかしそれはあくまでも鍛えていない腕と同じというだけらしい。つまり、私が次に言うことは……
「力込めてみて」
「なぜに」
「いいから」
口では色々言っても素直。そして吟味。それなりに運動をしていると思わせる……が、それはあくまでもそれなり!近似できるほどではないだろうか。十分に(差が)小さいというやつだ。
これにて満足。さて、綾瀬の表情や如何に。
「おいたが過ぎると思うな」
最初に望んだ未来とは少し違うけれど、普段は見れない顔が見られて余は満足じゃ。
「ごめんなさい」
「それで、感想は?」
答え次第で私が嫁に行く側なのか、そうでないのか、決まってしまいそうな貫禄がある。それは確かに、1年といえど年の差を感じさせるものだった。
「すごく……柔らかかったです」
「凪沙ちゃん、アイス奢りね」
ミスった。
☆☆☆
着きましたは海を臨むショッピングモール。海がすぐそばということもあり、魚介類を豊富に扱っている。なので、私たちは魚を食べる。
休日と比べ、魚市場にはあまり人がいない。
「魚ってやっぱちょっと高いよね」
「その分おいしいから」
と、言いつつも1,000円を超える値段に財布のひもが固くなる。
「私これにする。マグロー」
「私はシラスにする」
「すみませーん」
「はーい」
「マグロ丼とシラス丼ください」
「───円になります」
「……──円のお返しです。出来るまで少々お待ちください」
近くの空いている席に座る。
「はい、これ私の分」
綾瀬が払ってくれた分のお金を渡す。
「ありがとー」
……。
できるまでしばしば沈黙が続く。たまに綾瀬がおもしろい投稿を見せてくれた。
シラス丼は値段に妥協したこともないが、結構おいしかった。
魚市場をでるべく歩き出した少し後、出口付近で綾瀬が何かに向かって指をさす。
「凪沙ちゃん、あれ」
「どれ?」
指の先にはアイスの店があった。察した。
「へいへい」
少し歩いて。
「これ?」
「それ」
抹茶のアイスを買って綾瀬のもとへ戻る。
「さっすが凪沙ちゃん、察しがいいね。これで許しちゃる」
「ありがたや」
許してもらえた、つまり綾瀬ワンタップにつきアイス一個ということだ。なんという破格。昨今の物価上昇の波に乗らないことを信じたい。というか、彼女なら無料で触らせてほしい。ガードが固い感じも嫌いじゃないけど。
ベンチで綾瀬がアイスを食べ終わるのを待つ時間。そしてそれは、私にとって本命のプレゼント選びについて綾瀬に話す時が来たと言える。
「そろそろ綾瀬、誕生日じゃん?」
「うん。凪沙ちゃんの1歳上から2歳上になるのだ」
一つ扉の向こうの通行人をなんとなく見ながら言う。
「この前陽華と綾瀬へのプレゼントを買いに行ったんだけどさ」
「へー」
「なかなか決まらなかったから今から一緒に見に行こ」
「いいよ」
言いたいことを言った頃に綾瀬はアイスを食べ終えていた。
☆☆☆
「何が欲しいとかある?」
「うーん、ぱっと思いつかないなぁ。思いついたら言うね」
「おっけー」
イアリング。私たちに孔は空いていないし。第一、学校からなんて言われるか。ヘソピならワンチャン……。いや、綾瀬のお腹に孔空いてるのイヤだな。
ブレスレット。おしゃれでイイ感じ。無難かな?
これは…香水?べるがもっと?しとらす?綾瀬は何やら香水の何たるかを知っていそうだ。シュッシュッしてにおいを嗅いでいる。まねるため、店員さんにお試しをさせてもらった。が、よくわからん。
日焼け止め。日焼け止めみたいなものはこういう店じゃなくて薬局とかで買ったほうがいいのでは?と思ってしまう。品に変わりはないのだろうが。
「いいのあった?」
この聞き方はなんだかプレゼントというよりもお貢とか、贈与とか、そういった感じの雰囲気を感じる。
「うん。これ、いいなぁって」
「簪?」
簪、夏祭りだしいい選択肢だ。思いつかなかった。
「どれがいい?買ってくる」
「………お揃いにしたい」
声色から、思わず綾瀬の顔を見る。恥ずかしそうな、ドキドキしているような、とにかく、かわいかった。それがいま、私が思いつく、精一杯の感想だった。




