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12日目

 本当に私は先輩と付き合うことになったのだろうか。

 確かに私は先輩に告白をして先輩が了承してくれたという記憶はある。しかし、詳しい文言(もんごん)はほとんど覚えていない。あれは本当に現実だったのだろうか。都合のいい夢の可能性もあるが、昼に先輩と会って確かめればいい。


「やっほー、凪沙(なぎさ)ちゃん。昨日ぶりだね」

 先輩の態度は以前と変わりないように見える。やはり夢か?しっかりと確認しようにも直接的に聞くわけにもいかない。

「ですね、先輩」

 私たちの関係がはっきりとしないのでどこまで踏み込むべきかわからない。

「……凪沙ちゃん。一つお願いしてもいいかな」

「はい、いいですよ」

「私たち、その、お付き合いしてるわけじゃない。だからね、先輩もいいけど名前で呼んでみて欲しいなって」

 先輩のほうから答え合わせをしてくれた。やっぱり私たちは恋人同士なんだ!

 居ても立っても居られない。

「じゃあ、綾瀬(あやせ)先輩?」

「うん、いいよ、すごくいい」

 先輩の顔が赤くなる。呼応するように私も赤くなる。

 しかし、この人かわいいな。一見クールな見た目からこんな初心(うぶ)な表情が出てくるとは。…もっと見たい。

「綾瀬」

「ちょっと、凪沙ちゃん?」

「あーやせっ」

「ねえ」

桐生(きりゅう)綾瀬」

「ねえってば!!」

 いけない。熱が入ってしまった。これはきっと夏のせいだ。夏の暑さは人から正常な判断能力を奪う。

「すみません。調子乗りました、綾瀬ちゃん」

「反省してないよね!

そんな人のことおちょくってると、……キス、しちゃうよ?」

 ……反撃をくらった。そんな顔でそんなことを言われたらこみ上げてくるものがある。

 陽華(ようか)とのふざけた会話からの単語とは違い、恋人からというだけでこんなにも変わるものなのか。

 さて、私はどうするべきだろう。キスしたいという気持ちと、「付き合った初日で?」という二つの気持ちが混在する。私の折衷案(せっちゅうあん)はこうだった。

「してくれるんですか?」

「そんなこと言ってるとほんとにしちゃうよ?」

「綾瀬先輩はしたいんですか?」

 否。

「綾瀬はどうなの?」

 綾瀬先輩の体温が感じられる。

「ほ、ほんとにするよ?私、本気だよ?」

「私、イヤじゃないです」

 どこかから聞きなれた音がする。知ったことか。

「鳴ってるけど、行かないでいいの?」

「逃げるつもり?」

 椅子が倒れる音がして、先輩の息がかかる。

「いいのね?」

 そう言ってる。

「凪沙ちゃん、好きだよ…」

 視界が閉ざされる。何も見えない。

 さっきまでの長いまつ毛も、うるんだ瞳も今はどうなっているかわからない。

 今はただ、この唇の感触だけを気にしていたい。


   ☆☆☆


 まだボーっとする。より、実感が湧かない。体が火照る感覚が今でも残っている。

 昨日の今日だぞ。今は何もかものスピードが早いというもののここまでとは思っていなかった。

 しかし、すごかったな…。好きあっていたら同じ行為でもこうも違うものなのか。

「凪沙おまたせー。帰ろ」

「うん、帰ろ」

 あんなことがあっても陽華は私を癒してくれる。

「ねえ、昨日あの後どうなったの?」

「昨日の話をする前に陽華に言っときたいことがある」

 前提知識がなければ何が何だかわかるまい。

「なんか真面目な雰囲気。口調変わった?」

「いいから!慣れてないの!」

「はいはい、それで仲直りできたの?」

「だからその前に言っときたいことがあって。結果から言えば仲直りは出来たんだけどね」

「おめでとー」

「ちょっと形が変わってて、だから、……私、先輩と付き合うことになった」

「とりあえず、おめでとう?え?なんでそうなったの」

 陽華が引き延ばすから…。

「順番に説明するとね?───」


   ♥♥♥


「名前は、酒々井(しすい)凪沙です。趣味は───」

 中央の列に座っていた女の子がそう、自己紹介を始めた。当たり障りのない、敵を作らないためのような話だった。

 案の定、その後彼女に話しかける者は誰もいなかった。小学校からの友人は他クラスだろうか。とにかく、一人。

「酒々井さんだったよね。私日菜月(ひなつき)陽華。これからよろしくね」

 中学一年、私と凪沙の出会いだった。

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