11日目②
『もしもし、凪沙ちゃん?』
先輩が出てくれた、それだけで安心する。
「はい、凪沙です。突然すみません」
『それはいいけど。あれの件?』
「その件です。
その件について、改めて謝罪と、弁明ができたらと。思いまして」
正直弁明してどうなるかはわからない。というより弁明できるところがあるのかすらわからない。
「改めて、ほんとにすみませんでした」
『謝ってほしいわけじゃないの。ただ、私の気持ちの整理ができてないというか。いまだに飲み込めてないというか』
「ですか…」
沈黙が流れる。時計の音と、足のしびれを感じるだけの数分。あるいは数秒なのかもしれない。
以前なら先輩から話題を振ってくれた。今、先輩は気持ちの整理でいっぱいなのだろうか。
肩に感触。
陽華が何か私に見せている。何かには陽華の字が大きくはっきりと書かれている。
『実際に会う約束しなさい!』
陽華からのアドバイスが書かれているそれを陽華は慈愛の微笑みで私に見せている。
「その、先輩?お願いしてもいいですか?」
『え、お願い?今?いいけど、何?』
訳の分からないタイミングでの要望を聞いてくれるなんて、なんて優しいのだろう。こんな人を『怖そう』なんて思っていただなんて信じられない。
「今から会いませんか?どこか、公園とか学校とかで」
『今から?明日の学校とかでなく?』
「はい、私は早く……先輩と前みたいになりたいんです」
『……いいよ。正門前ね』
≪ツーツー≫
待ち合わせ場所だけ言って先輩は電話を切ってしまった。
「陽華聞いてたよね?私今から学校行くから、また明日。それとおじゃましました」
立ち上がり、立ち眩みを起こしながら、足の痺れを感じながら陽華宅の玄関へ向かう。
「ちょっと、凪沙!?すぐに会う約束したの!?明日とかでなく!」
先輩も同じこと言ったな。
「え、うん。早く仲直りしたいし」
引き延ばしてもいいことないし。
「そうなんだろうけどさぁ。もっと、こう…。
ま、いいか。あったって砕けろだよ」
「砕けちゃダメでしょ。直さなきゃ」
「はいはい、じゃあね。また明日学校で。結果聞かせてね」
「うん、またね」
☆☆☆
正門到着。先輩の姿はまだ見えない。
部活動に精を出す熱血人たちの声に耳を傾けながら先輩を待つ。それほど待たずに先輩は来てくれた。家からの距離が近いのだろうか。
「この前ぶりです。先輩」
「そうだね、凪沙ちゃん」
「ここじゃ何なので、校内ぶらつきながらでいいですか?」
「いいよ」
実際に会ってみるとわかる。先輩の顔は暗い。悪いことをした。
「じゃあ、凪沙ちゃんの言い分を聞こうか。準備はできてるよ」
言い分…。問い詰められてる気分になる。実際それに近いのだけれど。
「あらためてごめんなさい。
前にも言ったと思いますが、訳は先輩の第一印象が少し怖い人だったからです」
「今は?」
「優しい人」
「じゃあ、今はいい印象なんだね」
「そうです」
先輩の顔色は少し良くなったように見えた。こんな数秒で変わるはずもないが。
「…私はね、凪沙ちゃんのこと…日菜ちゃんのことって言ったほうがいいかな。結構好いてたんだよ。後輩として。凪沙ちゃんがさ、そんな子から偽名じゃなくても嘘吐かれてたら、どう?」
考える。
後輩は陽華。吐かれる嘘は…とりあえず名前。もちろん私は後輩陽華が好きだ。そのとき、私は…。
「最悪な気分ですね」
これは私が先輩にしてきたことだ。陽華で想像したのが悪かったのもあるだろうけど、遠くはないはずだ。
「私だって凪沙ちゃんと前みたいにおしゃべりしたいよ。でも、気持ちの着地点がわからない」
「ですね…」
先輩はそれでも私と向き合ってくれてる。それだけで私は救われた気持ちになれる。
だからだろう、お腹のほうから発生するそれは、たまらずに上昇してしまった。
【 心不在焉 】
「先輩、好きです」
「凪沙ちゃん、今なんて?」
「だから、好きです」
「なんで今なの?普通、このタイミングで言わなくない?」
「ですねぇ。それで、返事はないんですか」
「そんな急かされても…。ただでさえ、偽名の件で悩んでるのに」
「もう、私の恋人になって解決、ってことにしません?」
「それは…、えぇ?そんな簡単に?」
「長い人生、時には流れに身を任せてみてもおもしろいんじゃないですか」
「そお?みても、いいか…。
付き合っちゃおうか、私たち」
【 心神帰焉 】
あれ、私、すごいこと言わなかった。先輩とお付き合いできるのか?ほんとに?
「マジですか……?」
「凪沙ちゃんから誘っといてそれはひどくないかな。それが恋人になった第一声になっちゃうけど、いいの?」
「よくないです!考え直させてください」
うむ、なにがいいだろう。「これからお願いします」、「ありがとうございます」、あれやこれや……。どれもしっくりこない。
「不肖凪沙、これからがんばります」
背中を叩かれる。受容の痛みを感じる。
「はは、なにそれ。こちらこそ、不肖綾瀬もがんばります」
先輩のその表情からはさっきまでの色はないように見える。それだけが、今はたまらなくうれしい。
【】ないの文字は演出です。雰囲気で呼んでください。




