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【第34話】雨のあとの雪は、積もらないらしい。

 その日は、雪が降っていた。

 晴れたあとの粉雪は、道を白く染め始めている。


 婆ちゃん軍団主催のクリスマス会は、市民会館の中広間を貸し切って始まった。

 ビンゴ大会やら、漫才、落語、かくし芸、活気が控室まではっきりと聞こえた。


 数日前、曇っていた関谷さんの顔が嘘のようにいきいきとしていた。

 どんな風に向き合って、どんな風に生きるか。


 それを背中で教えられている気がした。


「えー、続いては、皆さまお待ちかねスペシャルゲストをお呼びしております!」


 関谷さんの両手を合わせた力強い手打ちが会場を引き付けた。


 広間のステージにあたる小上がりのカーテンが開かれると、そこには、年季の入った白い壁があった。


「実はね、この会館……来年には取り壊しになるの」

「何かできることはないかなって思っていたら、ある人が言うの」


「『俺に、アイデアがあります』なんて――そんなこと言う子じゃなかったのに」

「誰が変えたのかしらねぇ……いや、自分で進もうとしているのかもね」


「ね、晴日ちゃん?」


 と関谷さんは、最前列に座る晴日に視線を落とした。

 楽しそうにパイプ椅子に腰をかけ足をばたつかせながら話を聞いていた晴日が、きょとんと動きを止めた。

 

 そんな様子をドアの隙間から見守りながら、肩の力が抜けずにいると後ろからトントンと肩を叩かれた。


「――もしかして、緊張してますか?」


「わずかながら」


 今日の八社宮さんは、いつもと違う。

 仮面が曝け出されている。


 仮面舞踏会のあの仮面だ。


 というのも、広間にいる全員がそれぞれの仮面を身に着けている。


 かくいう、俺もだが。

 いつも仮面を被っているかのように、そう違和感を感じない。


「世界の巨匠相手に怯まなかった人が、何を怖がっているんですか」


 呆れたようにこぼす八社宮さんは、羽の付いた白い仮面を両手で押し上げた。


「――か、家族?」


 言いながら、見つめた俺の視線の先を八社宮さんが追った。


「……お母さんですか?」


 晴日の隣に並んだ母さんは、この後のことを知らない。

 果たして俺が飛び出てジャジャジャジャーンしたところで、笑ってくれるのだろうか。


「んー、今日は? どちらの方なんですか?」


 仮面を曝け出した八社宮さんの問い掛けは、割とアッパーだった。

 とんでもなく効く、いいパンチ。


 そういや俺って、どっちなんだっけ。


「今日は……いや、俺は――」


『それでは、お呼びいたしましょう。

 雨宮 太陽くんとハサミ先生によるスペシャルライブパフォーマンスです!』


 こうして始まった。


 雨でも晴れでも、僕でもない。

 自分に刻まれた自分という名を引っさげて、大切な人のためにピアノを弾く。


 自分のために――奏でていく。


 黒鍵と白鍵。

 隣同士で、1段ずつ音が変わっていく。


 1歩、1音。


 小さな変化かもしれない。

 それでも隣り合った不協和音が、1つ進むと和音を鳴らす。


 こんな俺の音でも、耳を傾け、筆を握り、拍手をくれる人たちがいる。

 

 そして、拍手をくれるその中に、

 ――母さんがいた。


 認めてくれた訳じゃないんだろう。


 けど、それでいいんだって言われてる気がした。


「――兄様の音は、世界一です!」


 そう言ってくれる妹が俺にとって、世界一だ。

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