【第26話】腐れ縁の親友も邪魔ではないらしい。
頭の中が回転するように思考が定まらない。
間違いを起こさないように回る的にダーツを投げても、すべてが外れていく。
屋城さんの前では、滝のように自供が流れ出した。
7年間、誰にも伝えられずにいた過去が詰まることなく曝け出そうとしている。
ひたすら彼らの顔を思い浮かべながら、上擦りながら必死に紡いだ言葉を今日は流暢に繰り出している。
それでいて、どこか自分を擁護しようとし続ける自分がいた。
「僕は、――罪を償えますか」
その問いを最後に、自分の声が止んだ。
静寂に包まれたこの場は、当時の空気が立ち込め、鼻腔にこびりついた血生臭さを思い出させた。
他人の息遣いや衣擦れの音、聞こえてくる環境音だけが俺を現代に繋ぎ止めている。
「悪いが、私は裁判官ではない。それを前提に聞いてくれ」
屋城さんの声が漂った澱みを蹴散らしていく。
凄みのある響きに俺は思わず、顔を上げた。
屋城さんは相変わらず強面だが、俺をじっと見つめていた。それでいて真剣に――俺が俯いて顔を背けている間にもずっと、向かい合ってくれていたのだろう。
「現場にいた大人たちの証言は、君の言う通りだ。『事故』と主張されている。しかし、我々もプロだ。凶器がどのような角度で、どう扱われたかは調べればすぐに分かった」
警察の見解について、俺は聞かされていなかった。ある程度、大人になって当時の記事を調べることができたのだろうが、それをする気にならなかった。けれど、それは、あの日のことが公になっていないということをなんとなく察していたためもあったのだと思う。
「君への答えは明確だ」
屋城さんの低く明瞭な声が頭に残った。
自分の指先を眺めそうになって、咄嗟にやめた。
「はい」
今度は逃げずに、顔を上げた。
「当時の君は10歳。日本の法律で罪に問えるのは、14歳からだ」
知ってはいた。けれど、例外の可能性もあり得るとか思っていた。
「私は思う」
屋城さんが言葉を続けると共に、空調のファンが唸りながら回転を始めた。
「罪に年齢など関係ない。だが、この世の中には、罪を罪だと思えない人間がいる」
テーブルに置かれたマグカップに屋城さんが角砂糖を落とし入れた。冷めたコーヒーに白い塊がゆっくりと時間を掛けて溶けていく。
「君は裁かれない罪を罪だと背負ってきた。違うか?」
すんなり頷くことはできなかった。
「年齢は異なるが君と似たケースを見ても多くの場合、2年から3年で少年院を出る。――君は何年だ?」
「10歳から何年だ?」
屋城さんの声が俺を射抜いた。
回転する的を的確に打ち、アタリを引く。
俺の天性の才と称された、過敏な長所であり短所な聴覚。そこから侵入した問いに俺の指先がピクリと跳ねた。
――あの日から7年。
俺はピアノを捨てて、紙子がこの街から去った。
道端に落ちた汚れたガラス瓶に閉じ込められながら、風に吹かれて転がって、気づけば中学の卒業式まで終えていた。
中高一貫校のエスカレーター式だというのに、卒業式の途中から鼻水を垂れ流して泣きじゃくりだした御岳の傍で、制服のボタンの全てを奪われた。
そんな写真が御岳の家のリビングに飾られていた。
聞いた話によれば、ピアノの伴奏をするはずだった生徒が貧血で倒れたことで、俺が代打を務めたことに感極まったらしい。
気がつくと、自然と自分の口角が上がっていた。
7年という月日は長い。
けど、振り返ってみれば、とても短い。
小学生だった御岳が、高校生になるだけの時間だ。
当然、俺も。
当たり前のことなのに。
急に勿体無いことをしてきたように思えた。
「7年――長い間、止まっていました」
不意にどこからか香りがふわりと流れてきた。
俺の家のものとは違う、他人の家の匂いだ。
母さんのお気に入りのアロマディフューザーは、いつも白ワインを基調としたもので、鼻にこびりついた甘酸っぱい香り――ふとあの人の香りを思い出した。
「向き合った分だけ同時に、前に進めよ。青年」
屋城さんは、そう言って不器用な笑みを向けた。
俺は、立ち上がり頭を下げた。
過去は消えない。
それでも、スコアのない旋律が少しずつ動き出そうとしていた。




