【第23話】間違った道はもう、引き返すことができないらしい。
初めて吐き出した感想は、嘔吐に近いものがあった。
外界の情報を遮断した俺の感覚は、紙子の微かに震える脈動のみを感じている。
「お金は、全部俺が払うから」締めくくるように告げたと同時に、誰かが鼻を啜る音が聞こえて、俺は現実に戻された。
「そんなんじゃねぇんだよ……」
正面の御岳が小さく呟いた次の瞬間、
「どうして今なんだよ!?」
御岳が勢いよく立ち上がった。
だが、ベンチが思ったより重くガタンと音を立てて、ベンチの後ろにひっくり返った。
「御岳――!?」
心配して驚く人を他所に、御岳は続ける。
「どうして……」
御岳の鋭い視線が俺を射抜いている。
「いいか、俺は、俺はお前のそんな話、とっくの昔に受け止める覚悟が――できてたんだよ」
「なのに、どうして、こんな――ごめん、先生。ごめんだけど言う。こんな、ぽっと出の女と一緒にすんだよ」
引き攣った御岳の顔がたまらなく、胸を締め付けた。
今度こそ全身の血の気が引き切った。
御岳は、鞄を掴むと財布からお金を取り出し、テーブルに叩きつけた。
「紙子! 帰るぞ」
御岳は、紙子の腕を引いた。
「え!?」
御岳に引っ張られ、消えていった紙子の体温。
今さら、自分のしでかしたことの大きさに耐え切れなくなってその場にしゃがみ込みたくなった。
頭が重い。自然と顔が下がった俺に一人の視線が向いていた。
風で飛びそうになったお札を彼女が駆けて取りに行く。
その様子を目で追って、振り返った八社宮さんと目が合った。
そして、俺が再び顔を下げている間に、
いつもそばに感じていた甘い香りが消えていた。
おずおずと顔を上げてみると、テーブルに置かれたお札が増え、風で飛ばぬよう重しがしてあった。
誰もいなくなったテーブルで、和気あいあいと食べられることを楽しみにしていた食材たちが、俺をひたすら睨みつけている。
俺は、いつまでも満たされることのない胃をいっぱいにするために、テーブルに残されたすべてを口に頬張った。吐き気がした。それでも食べた。
周囲ではしゃぐ喧騒も笑い声も皆、俺をひとり取り残していく。




