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云々蒐集短譚  作者: 里崎
28/30

ゴミ屋敷とペンギン

ゴミ屋敷に住む生活破綻のダメ大人のところに、お菓子を要求する見知らぬ小学生男児が突入してくる話。


#ペーパーウェル09 参加作品

本作は2つのバージョンがあります。こちらは、重め展開をさくっと取っ払ったお気楽版です。

・『ゴミ屋敷とペンギン』web公開(無料)…お気楽能天気ハッピーエンド

・『ゴミ屋敷とチョコレート』ネットプリント(120〜20円)…キャラの背景と前日譚を含めたやや重展開ハッピーエンド

もうちょっとだけ長いやつも読みたいって方は、お近くのセブンイレブンからどうぞ。

セブンイレブンのみ プリント予約番号:72378333 A4 2ページ カラー120円、白黒40円 〜2023/1/5

ブロック塀の向こう、スクーターが走り去る音。


ドアノブ中央のサムターンが回る。軋んだ音を立てて、薄っぺらいドアが外側から開いた。

玄関タイルの上に散らばるサンダルやスニーカーや段ボールやガスの検針票やダイレクトメールの上に、脱ぎ捨てられたスニーカーが落下する。


上下スウェットの人間がふらつきながら部屋の中を進み、コンビニ袋を放り投げ、財布とスマホと部屋の鍵をボトボトと落とし、ペットボトルの山の上に倒れ込んだ。プラスチック容器がべこべことひしゃげる音。


綿ぼこりが舞い上がり、窓から差し込む日差しに乱反射して幻想的に煌めく。


冷蔵庫のモーター音に混じって繰り返される一人分の呼吸音。それがゆっくりと寝息に変わりかけてーー


目が合った。


閉じかけの薄目はベランダにピントを合わせている。カーテンの向こう、蜘蛛の巣まみれの汚れた窓にへばりついている男子小学生と、ばっちり目が合った。


「……」


「……」


至近距離で。


双方無言でしばらく見つめあったあと、屋内で寝そべるスウェット人間の瞼がゆっくりと落ちていくーー


「とりっく! おあ! あー……なんとかかんとか!」


隣近所に響きわたる甲高い声。小さな拳が窓ガラスを何度も叩く。汚い窓ガラスが割れそうな勢いで揺れる。焦茶色のサッシが大きく軋む。


「うーるさいっ!!! 不法侵入だっ」


跳ねるように飛び起きたスウェットが窓を大きく開けて、叫んだ。


身軽に飛びすさった見知らぬ小学生が、訳知り顔でベランダのフチをてしてしと叩く。


「ハロウィンの日はいーんだよ。ゆわれたらお菓子くれないとダメなんだよ!」


「は? 待て待て上がり込もうとするなっ」住人の横をすり抜けてゴミの海に飛び込もうとする子どもの、ケモ耳付きのフードを、大人が慌ててつまみ上げる。宙でジタバタもがく小さな手足。「お前勇気あるなぁ、ここバイキンまみれだぞ、チビは雑菌一匹で秒殺されるぞ」


「だぁいじょうぶ!」


「大丈夫じゃなぁい」


宙にぶら下げられたままの小学生が顔をあげる。


「おやつ!」


期待に満ちた満面の笑み。


「……あー、もうっ」


不法侵入者をぽいとベランダに放り出し、頭痛のする側頭部を押さえたスウェットの右手が、賞味期限切れの6枚切食パンの上に乗っかっていたボロボロの革財布を手にとる。


「そっち! 外から回っといで、玄関集合!」





人気アニメキャラが描かれた薄っぺらい包装紙を剥がして、チョコバーにかじりつく。


「うんめー」と子ども。


「うんめー」と大人。


二人の前を、頭を上下させながら数羽の鳩が歩いていく。


口の周りを黒く汚した子どもが、隣で同じものをもぐもぐする血色の悪い顔をひょいと下から覗き込む。「元気出た? チョコは元気が出るんだよ」


「別に、元気ないわけじゃないよ」


子どもが首をかしげる。「さっき死んでたくせに」


「あー、疲れてたの。眠かったの」食べ終えた包装紙をポケットに突っ込んで、隣のブランコを大きく揺らす小学生を見る。「ハロウィン言うならさぁ、おまえ仮装は?」


あ、と目を丸くした男児がブランコから飛び降りて、あわててパーカーのフードをかぶってみせる。フードの上のケモ耳がピンと立つ。


「ねこです!」


「猫は『ねこです』ってゆわん」


「いーの」大人のツッコミを真顔でスルーして、隣のスウェットを指さして、元気よく叫ぶ。「ゾンビ!」


「はいはい」


二つのケモ耳の間に大人の手のひらが乗って、小さな頭を遠ざける。


けらけら笑って大人の手首をつかんだ男児が、丸い両眼で青白い顔を見上げる。


「ねーねー、家にさぁ、アレあったよね、ペンギンが壁壊すやつ」


「目ざといな小学生」先月発売された人気ゲームだ。


「こんど遊びいっていい?」


「あー」だらしない声を出しただらしない大人が、ボサボサの頭を雑に掻く。「すぐはムリ。コントローラー発掘しないと……いやそれ以前の問題か」


元気良く挙手する子ども。「おれがコントローラーはっくつする!」


「だぁめ。というかおまえ、ゾンビの家に突撃すんのやめなよ。ゾンビとか……犯罪者の家だったらどうすんの」


「おれ空手ならってる!」


とうっ、と勇ましく叫んでスウェットの腕を振り払った男児が、ランドセルを背負ったまま駆けていき、派手な色で塗られた遊具に飛び乗る。風を切ってぐんぐん加速する遊具。


「……危ないやつって根こそぎ撤去されたんじゃなかったっけ。昔のよりアグレッシブじゃない……?」チョコで汚れた指先を着ている服のすそで拭きながら、ブランコに取り残されたスウェットが小さくぼやき。「あのね、悪いヤツは刃物とかで来るんだよ」


「刃物もはっくつする?」両手を広げてぐるぐると回転しながらブランコに駆け戻ってきた男児に、


「あー」曖昧な声を出したところで、はたと気づく。「ん? おまえガッコは?」


「ハロウィンだからー、お休み!」


「なわけあるか。今からでも行きなさい」


植え込みの向こう、商店街の方角を指さす。


わざとらしく大きなため息をついた小学生が遊具から立ち上がって、べこべこのランドセルを背負い直す。


「あ、ガッコ着いたら歯磨きしろよ」


「もうすぐ給食だよっ」


「嘘つけ、まだ2時間あるじゃんか」


ひしゃげたランドセルを鳴らして駆けていく小さい背中を見送り、ボサボサ頭を掻きながら小さくぼやく。


「どうにか……するかぁ」



***



数日後。


木造のアパートの前に一台のトラックが停まっている。開け放たれた状態で固定された玄関ドアから、作業着姿の数人が出てきてせっせと荷物を積み込んでいる。彼らに続いて出てきたスウェットの上下を着た人間が、寝癖頭と寝ぼけ眼のまま、大きなあくびをひとつ。


ひっ、と男児の喉が小さく鳴った。


作業員になにやら説明を終えたスウェットが振り向く。通りの先に立ち尽くしていたランドセルを背負った男児に気づき、気安く片手を挙げてみせた。


途端、両目から涙をあふれされた小学生が路地をまっすぐに駆けてきて、


「どっか行っちゃやだああ」


「ぐふっ」


ボロ泣きの子どもの頭部が、毛玉だらけのスウェットの腹部に激突した。


「ひっひっひっこし?!」


腹部をさすりながらスウェットが答える。「ち、違うよ、清掃業者」


「……せーそーぎょーしゃ」


「ゴミ捨ててもらってんの」トラックに積みこまれた無数のゴミ袋と古い家具と、それから室内を指さす。「ほれみ、床見えてんでしょ」


「ふぉーお」


玄関ドアにしがみついて交互に室内を覗きこむ二人に、2Lのゴミ袋を2つ抱えて出てきたツナギ姿のヒゲ男が、不織布マスクの下でくぐもった笑い声をもらす。


ケモ耳フードの小さな頭部に、スウェットから生えた大人の手が乗る。

濃いクマの上の両目が、住宅街の向こうに沈む夕日を見つめる。


「ねぇ、ペンギン」


「今日はムリ」


「むー」


「今日はゴミ捨てで1日終わるから、明日から掃除。そのあとな。で、今日はこれ終わったらラーメン食い行くけどお前も」


「いく!」

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