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云々蒐集短譚  作者: 里崎
27/30

惚れなおし

[放浪癖の精霊術師(年上)×生真面目な王子(年下)]

王国の王子が、姿の変わった婚約者に惚れなおす話。

*BLからのTS(性転換)展開なので、性別に頓着せず楽しめる方のみどうぞ。


#王子残念ながらそれ俺です 参加作品


新緑の葉と小さな精霊たちが風に流されて、軽やかに森の奥へと消えていく。短い尻尾を揺らして柔らかな草の上をてちてちと歩く、生まれたての竜の子ども。


良く磨かれた白い革靴が草を踏んで、高い木の前で止まった。ジャケットの袖口には女神の加護を招くとされる、金糸と銀糸の優美な刺繍。そこからのぞく白い両手がぎゅっと握られ。


「ユゼ」


鼻筋の通った横顔。薄い唇から、吐息混じりの小さな声。


はしゃぐ子どもを背中に乗せたまま、はるか頭上の枝に座って木材を引き上げていた、日焼け肌の大柄の男が、その声に地面を見下ろした。地上に立つ青年の姿を見つけて、パッと笑顔になる。


男は仲間に合図すると、木材を手早く固定して立ち上がる。だらしなく羽織った『樹上の民ハイリ』たちの民族衣をはためかせ、樹上の渡り廊下を軋ませながら隣の古い家に移ると、地上に立つ黒髪の青年を笑顔で手招き。とたん、周囲の木々から太いツタが動物のように伸びて、青年の身体を絡めとり、樹上の家へと引き上げる。青年の背後に控えていた黒衣の侍従たちが、表情を変えずにそれを見送る。


「ゆぜのこいびとの、おーじさまだっ」


枝葉の間から、子どもたちのささやき声と笑い声。青年が視線を声のほうに向けると、細枝に次々と飛び移って、好奇心いっぱいの丸い瞳して近づいてくる子どもたちの姿が見えた。


板張りの床に、白い革靴がそっと着地する。青年の身体から、ツタがするりとほどけていく。


ユゼと呼ばれた大柄の男が、樹上の家の簡素な木戸を押し開ける。


「先週からココで家造り手伝ってんだ。ほら、こないだの飛竜たちと雷神のケンカで、家、かなり落ちちゃったんだと」


腰帯まである長い白髪が風に揺れるたび、ユゼの髪の間から、小さな精霊たちがふわふわと泳ぎ出る。それを視線で追いながら、青年も続いて部屋に入り、勧められた丸椅子に礼を言って座る。


「遠かったろ。呼んでくれりゃ、俺が登城のぼったのに」


黙したまま首を振る青年の、いつもは涼しげな藍色の瞳が、いつになく不安そうに揺れるのを見つけ、ユゼは手のひらの上で遊ばせていた小さな精霊たちを森の方へと放った。


「どうした、何があった」


目の下のクマを撫でようと伸ばされた手をそっと押しとどめて、青年が固い声で言った。「大事な話がある」


ひとつうなずいたユゼが、

「オマエの好きなの、ちょーど焼けたとこ」

大きな丸皿に並べられたキツネ色の焼き菓子を勧め、火の精霊を保温釜とケトルの間に集めてから、対面の椅子に座った。


「どした」


うつむく顔を覗きこむ。

青年の、薄い唇がゆっくりと開く。


「婚約の破棄を、申し出る」


か細い声はひどく震えた。


『王以外の者に下げてはならない』と厳命されているはずの黒い頭部が、ゆっくりと深く伏せられる。紺色の袖からのぞく両手が、ぎゅっと握られる。

ぐつぐつとケトルの湯が沸く音。ユゼの手がぞんざいに炎の精霊を追い払う。ユゼの指先にちょんと触れた精霊たちが、少し開いた窓の隙間から次々と小屋を出ていく。


差し出された茶器に、王子が短く礼を言う。


煎れたばかりの茶を一口飲んで、ユゼが言う。「理由は?」


「心変わり、だよ」


「……そ。ただの目移りじゃなく?」


「……」


「俺に勝ち目は?」


「……」


「クライヴ、」窓のほうを見ながら、男が王子を呼ぶ。「俺は今まで散々アンタのこと振り回して、ぜんぶ許してもらってきたし、一度の浮気くらいで……あ、というか、お前は次の王なんだから、側室の一人や二人いたところで」


蒼白な顔がさらに悲痛な表情になっていくのを見て、「ああいい、」と手を振って言葉を止めた。「アンタはそーいう奴じゃないな」


「……申し訳、」


「謝んなくていい、わかった。こういうもんは双方の合意があって成り立つもんだ。うん。別れよう」


王子の震える右手の握り拳と、陶器のカップを持つユゼの左手、ふたりの手首に巻きつくように刻まれた、揃いのツタ模様が、溶けるように消えていく。


黒髪の青年は小さな声で、ほっとしたような声で「ありがとう」とささやいた。





二頭立ての馬車が、列をなして街の方角へ走り去る。樹上で手を振り笑顔で見送るユゼ。馬車の姿が見えなくなったところで、その手がぴたりと止まり、玄関前の手すりをつかんだ。


大きな身体がその場にゆっくりとしゃがみこみーー両膝が床に着く直前で、ぴたりと止まる。


「ふっ」


白樺の手すりが、音を立てて軋む。


「ざけん」


深く曲げた膝をそのままに、ユゼの両足は同時に床板を蹴った。樹上から飛んだ男の身体は、そのまま地面へ落下する。


「なあぁああ」


叫びながら、身体を大きく折り曲げーー獣のようにしなやかな着地。土埃が高く舞う。服の間から、大小様々な精霊があふれて周囲に散らばった。


近くで遊んでいた子どもたちが、突然降ってきた男に気づいて玩具を放り投げ、歓声を上げて駆け寄って、ユゼの背中や腕に次々と飛びつく。それを振り払って、なにやらわめいた大男が腕を振って駆け出す。羽織りが大きく広がってはためく。笑い声をあげた子どもたちが、両手を広げて追いかける。


突然始まった鬼ごっこに、仕事中の大人たちが何事かと視線を向ける。


草の間から、一匹の大きな精霊がヌッと生えた。そこへ走ってきた男の足が、つまづいてつんのめる。


「う」


ずべしゃあ、とド派手な音を立てて、ユゼが転倒。上着のすそと、小粒の精霊たちが一緒になって舞い上がる。


赤毛の老婆が、腰を叩きながら森の奥から現れた。「ふん」と鼻を鳴らして右手を下ろす。ユゼに足蹴にされた精霊がスゥと沈んでいく。「左義長は明後日だ。撒き散らした精霊ちびたち、残さず集めときな」


地面につっぷしたまま、ユゼの返答。「わかってるよ、ばーちゃん」


老婆の眉間のシワが深まり、シワだらけの指が左右に揺れる。


「あいてて、師匠、師匠」


ユゼの頭にぽこぽこと精霊が落下する。


老婆は、丸めた腰を叩きながらツタに掴まり、するすると樹上の家にのぼっていく。「まさか王子さまをつかまえるとはね。アンタにゃ過ぎた婿だったよ」


「そーだね」男はうめきながら、ゆっくりと地面から身を起こす。うつむく顔の、頬から落ちた砂粒がぱらぱらと降る。「誰かにいっぺん見とれたくらいで、あんな顔して婚約破棄しにくるようなクソまじめ、どこ探してもいねーよ」


地面にあぐらをかいて座り込んだ男は、ため息をついて、かたわらに建つ小さな祠に目を向ける。昨日狩った鹿の毛皮を干しているその隣、鮮やかに染め抜かれた王国国旗が、森からの風にはためいている。


「我が王国は素晴らしい王子サマを見つけたもんだ。……妬けるねぇ」


投げやりにぼやいて、婚約の証が完全に消えた手首をさすり、ユゼは赤くなった鼻を乱暴にこする。



***



玉座の王が紡ぐ、典礼の辞句。割れんばかりの拍手。


藍色の目をそっと開けた王子が、垂れ幕の向こう、階段の下に控えている顔ぶれをゆっくりと見下ろした。家臣たち、領主たち、他国の賓客、貴族、執務官、各地の少数民族・種族の一団。壁際に静かに控えている、目つきの鋭い衛兵たちと、給仕の召使いたち。


彼らの視線の先には、新たに継承権の末尾に加えられた小さな少年王子。その足元へ順にひざまづいて、皆が祝辞を述べていく。


とどこおりなく進む儀式の様子を、ぼうと眺めていたクライヴの瞳に、不意に飛び込んできたーー



ーー強烈な、息が止まるほどの、赤色。



赤い刺繍布を頭からかぶった、すらりと背の高い、長い赤髪の少女。


その、硝子細工に炎を閉じ込めたような、紅い瞳。


目尻と唇に引いた紅が、その鮮やかさと肌の白さを際立たせる。


薄い肩。華奢な体格。揺れる布から見え隠れする、細い足首。



全身の血が一斉に沸き立つような、その強烈な感覚。

ーー欲しい、と強く思った。どうしようもなく。


身動きも忘れて、王子は彼女に見とれた。


布の端、銀のビーズとタッセルが揺れる。赤い少女は同行者たちと共に、王と幼い王子に一礼したあと、階段を降りていく。その姿は、すぐに別に一団に隠されて見えなくなる。



……ただ一人、その赤さだけが、クライヴの脳裏に鮮明に焼きついた。




「ーー王子、殿下、お医者さまを呼びましょうか?」


間近からかけられた声に、クライヴは顔を上げて我に返る。銀盆を抱えた侍従の少年が見上げている。髪の間から、黄緑色の羽根耳が心配そうに左右に揺れる。


「あぁうん、ありがとう大丈夫、ちょっと考え事」


努めていつも通りに、穏やかに微笑んだクライヴが礼を言って、湯気の立つカップに手を伸ばす。


一口飲んでから、侍従の名を呼ぶ。「さっきの話、聞こえてたろう」


「は、はい、侍従ですので」


王子の瞳が、すいと窓のほうに滑る。「こんな不誠実な人間が、王子の座に居座るなんて……」


「そ、そんなこと!」侍従の少年の羽根耳がぶわりと膨らむ。「クライヴさまは素敵な方です!」


宥めるような笑みを浮かべた王子が、侍従に謝り、礼を言い。


窓から吹き込んだ風で、読みかけの聖書がぱらぱらとページを繰る。それをぼんやりと眺め、薄い唇がそっと、聖句の一節を紡ぐ。


「ーー『山々の向こうから、数千年後の未来から。遠くから、貴方の幸せを祈る』」


白い指先は、何度も手首の皮膚をなぞる。



***



少年少女の手から放たれた精霊たちが、王城の壁にぶつかり、ふわふわと風に乗って青空に登っていく。


「集中しろー、そうそう」


懸命に精霊に指示を送る若い王子候補たち。その間をゆっくりと歩く、白いベレー帽、白いローブに、白いブーツーー王国お抱えの精霊術師の正装に身を包んだ小人族の女性が、


「お前もだよ。何のために呼んだと思ってる、大先生の一番弟子」


庭園の端にしゃがみこんでいる大男の白い頭部を、持っていた杖でこづく。緩慢な動作で男が振り向く。反論しようと口を開いたユゼの視界の端ーー庭園の向こう、石垣の先に、白いジャケットの一行が通り過ぎるのが見えた。その先頭、とてもよく見覚えのある黒髪を見つけ、海向こうの血を色濃く残す碧色の瞳が、反射的にそれを辿る。

鼻筋の通った横顔。薄い唇は固く引き結ばれ、生気のない表情を浮かべている。


ユゼは小さく首をかしげる。


古参の貴族たちの権力争いに巻き込まれたときも、ゴロツキに拉致されて腕を切り落とされそうになったときも、隣の大国との和平交渉で矢面に立たされたときでさえ、一度だってこんな顔はしていなかった。間違っても、新たな婚約者を得て浮かれているようには見えない。


男がゆらりと立ち上がる。膝についた芝を払ってスタスタと建物の方に歩いていく。


「おいこら、ユゼ、」


まなじりを吊り上げた女が、杖を振りかぶって投擲の構え。


「しょんべん。すぐ戻るって」


ユゼは一団を追って足早に建物の中に入る。長い廊下の先、一礼して扉を閉じる小さな羽根耳の少年の姿を見つけ、その背後に音もなく滑り込む。小さな身体をひょいと抱え上げ、近くの物置にひっぱり込む。


「だ、誰か……!!」


甲高い声。ピンと立った羽根耳が光を灯すのを、「待て、俺だよ」と男の手が覆う。魔法特有の光が強制的に消える。


足をジタバタさせていた小さな侍従が、ぱっと顔を上げる。


「ユゼさまっ」


「よう久しぶり。な、アイツーーフラれたんか?」立てかけられたモップが倒れてくるのを元に戻しつつ、息を潜めてニヤニヤ尋ねる年上の大男に、


「ちっちがいます!」顔を真っ赤にした少年が男の厚い胸板をぽこぽこと叩く。「王子は、殿下はっ」


「あーはいはい、俺が悪かった」


大きな丸い瞳から、堰を切ったようにぼろぼろと溢れ出る涙。それを丁寧に袖で拭ってやりながら、ユゼは謝罪の言葉を一つ。


「で、例のお相手は? なんて言ってんの」


男の問いに、少年が細い喉を震わせる。


「……クライヴさまは捜そうとなさりません。私どもで捜そうとしたのですが、見つけられず」


数秒考えたユゼが、小さな侍従からぱっと手を離す。


「しばらく誰も近づけるな」物置の扉を蹴り開けて廊下に戻ると、王子の部屋の扉を開けた。





ノックもなしに突然自室に現れた元婚約者に、窓辺に腰かけていた王子は目を見開いて立ち上がり、


「何しにーー」戸惑ったように周囲を見回し、窓の外、石垣と庭園の向こうに、精霊たちと戯れる少年少女の姿を見つけて、ああ、とつぶやいた。「もうそんな時期か」


勝手知ったる部屋を見回し、応接用のカウチにどっかりと腰かけた大男は、笑顔を浮かべてキザなウインクを一つ。催促するように太い指を折る。


「捜してやるよ、お前の想い人」


対面の長椅子に腰かけた王子の顔が、さっと強張る。「そんなこと、」


「言わないなら自白魔法かけるけど」


白亜のローテーブルに身を乗り出したユゼが、王子の鼻先に人差し指を突きつける。付近に漂っていた精霊たちが、ゆっくりと集まってくる気配。


「それ、禁術でしょう」


「もちろん。なぁ、お前は元婚約者を重罪人にしたいのか?」


紺色の袖からのぞく握り拳が小さく震える。青年は顔を歪めて、か細い声でつぶやく。「……決して、貴方を苦しめたいわけでは、ないんです」


「わかってるよ。俺もだ」


意地悪く笑うばかりの年上の元婚約者にーーその優しさと真意にもちろん気づいている王子は唇を噛んで、ゆるゆると息を逃がす。茶器を持って控えていた侍従を促してから、諦めのような表情を浮かべ、搾り出すような声で語り始める。


「ーー先月行われた、新王子の着任の儀。そこに来ていた使節団の、」


肘掛けに頬肘をついたユゼが、それを聞くなり険しい顔になる。「他国の奴って可能性もあるな」


王子が首を振る。「山岳民族の、ほら、炎と波の紋様の刺繍、赤い衣の。衛兵たちより背の高い、赤い髪と目の女性がーー」


記憶を辿りながら説明を続けていた王子が、ユゼの態度に気づいて言葉を切る。


大きく顔をそむけ、口元を押さえて黙り込んでいる、ユゼ。


「もうやめよう」王子は力なく首を振った。「ありがとう。本当に悪かった」


そう言って深く頭を下げた王子が、再び顔をあげ、そこに。



炎と波の刺繍があしらわれた赤い布。

硝子細工に炎を閉じ込めたような紅い瞳。目尻に引いた紅。



『彼女』が、そこにいた。



ぽかんと口を開けて硬直する黒髪の青年を見て、対面のカウチに腰かける赤い女が、


「あっはっは!!!」


大口を開けて腹を抱えて、のけぞって大笑い。


さっと顔を赤くした王子が叫ぶ。

「じ、冗談でもやっていいことと悪いことが、……って、どうしてユゼ、彼女を知って」


ローテーブルの中央に女性の右手が乗る。ひらりとテーブルを飛び越えた女は、当然のように王子の膝の上に座った。固まる王子。長い脚を悠然と組んだ女は、楽しげに告げる。


「前に、羽生やしたり角生やしたりしてみせたろ? 優秀な精霊術師は、肉体くらい好きなよーにできんですよ」


ほっそりとした女の腕が、王子の首に回る。赤い髪が流れて、青年の頬をくすぐる。


あ、と王子が目を見開く。吐息まじりにつぶやく。「ユゼだ……」


紅の引かれた唇が、蠱惑的な笑みを形づくり。


「そーだよ」


青年の耳元で、ひどく嬉しそうにささやいた。


王子の腕がユゼの身体を掻き抱く。慣れ親しんだ体温を引き寄せて、安堵の息を吐く。背を丸めて額を合わせ、至近距離からその表情を満足そうに見つめる、赤い女。


「この民族な、公式の場には男女一組で出席するって決まりがあるんだと。今ちょうど出産ラッシュらしくてね。で、前に婚礼式を手伝ったときのツテで、俺らが頼まれてね」


藍色の瞳から涙の筋がつたった。


「『何にでもなれる』って、てっきり比喩かと思うじゃないか」


「うーん、精霊術の勉強が足りんな。指南係アイツに言っとかないと」


窓の外で偉そうに講釈を垂れている友人に向かって、ぴんと指を弾いて精霊を一匹飛ばし、それから。


赤い女はニンマリとーー元婚約者がいつもするような、凛々しい笑みを浮かべて。



「惚れ直してくれてありがとう、俺の愛しの王子さま」

その後のおまけ。


「あーあ、もっと早くお前の好み聞いてりゃなぁ」

「申し訳……」

「今後このカッコで過ごしてやっから」

「い、いやいや……」

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