表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
云々蒐集短譚  作者: 里崎
26/30

呪われた一族と精霊遣い

呪われた一族の少年が、凶暴な竜の封印を解こうとする話。


#ファンタジーワンドロライ 参加作品

お題「呪術」「火の精」「封じられた竜」


一面の青空を、数羽の小鳥が横切る。昼下がりの日差し。なだらかな丘に生える草木が風に揺れる。


「見てろよ」


勇ましく言って両手を構えた痩せぎすの少年が、長い長い詠唱を始める。少年の足元からぶわりと吹き出す、虹色の光。


彼の前に佇んでいた淡い青色の炎のかたまりーー火の精霊が、「ぷぎ」と小さな悲鳴を上げて、少年の足元に置かれたガラス瓶の中に飲み込まれていく。


「どーだ!!」


瓶にぎゅっと蓋をした汗だくの少年が、誇らしげな笑顔を浮かべて振り返る。


木陰の下、黒いローブをなびかせる男が一人。太い樹木に寄りかかり腕組みをしたままの、いつもどおりの涼しげな顔が、ほんの少しだけ驚いているように見えるのは、少年の期待が見せた錯覚だろうか。


「……どうやった」と男。


「ああ? そりゃ毎日毎日死ぬほど練習したんだよ、アンタが言うから!」と少年。


『制御魔法が使えるようになったら考えてやる』ーーこの小さい街で顔を合わせるたび、しつこく仲間になれと勧誘する少年に、昨年の雨季の始めごろ、辟易した男が突きつけた条件だ。魔法適性などてんでない、それどころか下位精霊や魔獣の一匹も使役できず、もちろん知力も体力も人並み以下の、落ちこぼれの一族ーー曰く、遠い昔、大罪を犯して魔女の逆鱗に触れたという、人呼んで『呪われた一族』の末裔であるこの少年が、まさか魔法の一つも使えるようになるとは、街の誰もが思っていなかっただろう。


瓶の中から悲しげに主人を呼ぶ精霊。歩み寄った男が、精霊の噛み跡や火傷跡の残る指先を左右に振る。男の周囲に風が流れ、ポンと音を立てて蓋が外れる。


青い光は慌てたように瓶から飛び出すと、不機嫌そうに身体を震わせる。精霊が吐き出した大小さまざまな光の粒が、風に流されて、ぷわぷわと中空に漂う。男が小さく謝る。精霊はすぐさま男のローブの下に潜り込む。


「約束は約束だぞ。今から集会所にーー」息せききった少年が男の手を引く。


男はそれを振り払い、

「それだけできるようになったんだから、あの連中とつるむ必要はもうないだろう。まっとうな連れ合いを探せ」


「おい、ちょっと!」


男は長いローブのすそをひるがえし、さっさと丘を下りていく。


少年は泣きそうな顔で足元を睨み、悪態をついて、空っぽの瓶を蹴り飛ばした。


***


街の外れ。古い歓楽街にいくつも立ち並ぶ崩れかけた空き家の、その一つ。

禍々(まがまが)しい妖気を放つ獣が、派手な格好の青年の肩に飛び乗る。青年は酒を傾けつつ、目の前でうつむく痩せぎすの少年を睨みつけた。


「お前、絶対連れてくるって言ったじゃねぇか」


「だって、俺は約束守ったのに、アイツが!」


「誰も『呪われ』に期待してねぇよ」


別の男にそう言われて、ぐっと唇を引き結ぶ少年。


「次誰行く?」


「俺パス」


一人が肩を竦めて頬に残る大きな傷を指さす。男を力づくで連れてこようとしたときに反撃されて負ったものだ。


数年前、ふらっとこの街に現れて住みついたその男は、聞くところによると王都でも名の知られた、相当に優秀な精霊遣いらしい。


史実や禁術書の山と格闘している学者崩れの一人が、アイツはどうしても欲しい、と再三の言葉を熱く繰り返す。


「こないだ王都で耳にしたんだが、なんでも、竜の封印に使われた火の精霊を今アイツが使役してる、って噂があるらしい」


全員の目の色が変わる。


彼らの目的はーー竜。


かつてこの街の近くにあったという沼地に生息していたその巨大生物は、口から放つ火炎で幾度もこの街や周囲の森を焼き尽くし、どんな鳥より速く大空を飛び、逃げ惑う人間や生物たちをいたずらに食らい、山を崩し田畑を踏み荒らし、川に飛び込み氾濫させ、好き勝手に生きていたという。


西の雪山の奥深くに棲む強大な魔女に、この地域を治める領主が膨大な金品を支払い、何年もかけて頼み込んでようやく封印してもらった、という口頭伝承が残されている。


「封印の場所もまだ分かってない、西の山に行った連中も帰ってこない、ときたら、もうその精霊を手がかりにするしか」


「どうにかして精霊だけ盗ってこれねぇか?」


熱心に話し込む男たち。


隣の部屋から爆音と騒ぎ声がして、建屋が大きく揺れる。扉と周辺の壁が吹っ飛び、煙や光や、情けない悲鳴をあげた数人やらが、どっとなだれ込んでくる。


「おい、何だ?!」


「封印解放の呪符が! なんで勝手に!!」


誰かが叫んだ言葉に、痩せこけた男がずれた分厚いメガネを押し上げながら悲鳴をあげ、「あれには生贄が必要なのに!」と叫ぶなり書物や書きつけた紙類を放り出して真っ先に逃げ出す。


奥に座っていた一人が、度数の強い酒を舐めるように飲みながら、少年を顎で示した。


「『呪われ』、行け」


「……え?」


目を見開く少年の両肩を、男たちががっちりと押さえつける。そのままずるずると隣室のほうへ引きずっていく。


「離せよ、何言って、」


「何のために今まで置いてやったと」


「……なんのって、なかまじゃ……」


はは、と笑う男たちの間を引きずられた少年は、獰猛な魔力が延々とあふれでる部屋の中へと放り込まれた。


大きく見開かれた少年の眼球から、涙の粒が散った。



屋外からけたたましい半鐘の音が鳴る。人々の悲鳴と混乱の声。


銀の玉飾りが光る上等な杯を、骨張った男の手が揺らす。慌てて注がれる酒から、きつい発酵臭が立ちのぼる。壊れた壁材の隙間から、隣室の床に伏せたまま動かない少年とその周囲に変化がないのを見ると、男は杯を放り投げて、がすんとローテーブルを蹴り飛ばす。


部屋の入口近くで小刀を振り回していた軽薄そうな男が、へらへら笑いながら首をかしげる。「やっぱ、封印場所に近くないとダメなんすかねー」


行き場を無くした呪術文字が、うぞうぞと、虫のように床や壁を這い回る。


しばらく隣室の様子を伺っていた男たちが落胆の息を吐いて、片付けます、と言い置き隣室に足を踏み入れようとしてーー


ーーごう、と真っ赤な炎が吹き上がって彼らの全身を包んだ。悲鳴を上げる間もなく、黒焦げの死体になって次々と床に転がる。


部屋の中央に伏せている少年の背中から、黒い何かがゆっくりとこうべをもたげる。膨大な量の魔力が立ち上る。そのあまりの濃さに、蜃気楼のように周囲の空気が揺らぐ。

男の肩に乗っていた獣がぶるりと身震いして部屋から逃げ出す。


天井の隙間から差し込む日差しが、びっちりと並ぶ黒い鱗を照らし出す。黒い翼が大きく広がり、壁面と天井を壊し、見えた空に向かって鋭い咆哮を轟かせた。鋭く太い鉤爪が、床板をバリバリとえぐる。


「ーーりゅ、竜だ!!」


歓声をあげて喜んだ男たちが、次の瞬間、竜の鉤爪に切り裂かれて崩れ落ちた。

悲鳴を上げて逃げ出した数人が頭から丸呑みにされる。ゆっくりと振り向いた竜の縦長の瞳孔がじわりと開く。その眼に、奥に座ったまま剣を構える男が映り込んだ。鮮血まみれの牙の先が、一瞬で男の眼前に迫りーー


ぶわりと巻き上がる、異様な量の虹色の光ーー猛烈な勢いで展開された制御魔法が竜の全身を包み込む。竜の動きがぴたりと止まる。


「に、逃げて、くださいっ」


床からわずかに身を起こし、掠れた声で叫ぶ痩せぎすの少年。額から鮮血が流れる。


「ーーそのまま押さえていろ」


そんな声とともに、窓ガラスが割れる。


飛び込んできた人影の、黒いローブが二人の前で大きくひるがえった。


「精霊遣い……!」


黒いローブの下から飛び出した青い光のかたまりが、ぶわりと大きく膨張して、呻き声を上げてもがき続ける竜の前へと躍り出る。


詠唱を始めた男が、右手首に巻いていた革紐を引く。肩口までを覆っていた金属繊維の付け袖が床に落ちる。中指の付け根から肘の先へ螺旋状に描かれている呪術紋様に反応して、精霊がまとう青白い光が体積を増して強まる。鮮やかに燃えさかる青い炎が、男の右腕に一気に絡みつく。ぱちぱちと音を立てて火花がはぜる。


「堪えろよ。お前が気を抜くと、一瞬で街が滅ぶ」男が短く言う。


額に玉の汗を浮かべた少年が息を止め、顔をこわばらせる。


まばゆい虹色の光にがんじがらめにされた黒い竜が、苦しそうに首をよじり、大きく開けた口からごうごうと赤い火炎を吐き出す。天井の木材が黒く染まり、ボロボロと欠片が崩落する。


「『呪われ』、お前どこから、そんな」


先ほどまでこの場を支配していた派手な服装の男は、青ざめた顔で腰を抜かして壁に背中を引っ付けて、何もできないまま、なんとかそれだけ呟いた。彼の視線の先、痩せぎすの少年がとてつもない量の制御魔法を展開し、たった一人で竜を押さえつけているのを、呆然と見つめる。


騒ぎを聞きつけた街の人々が、通りの向こうから駆け寄ってくる。自警団の青年たちが部屋の惨状に怯みながらも勇しく突入してこようとするのを一言でとどまらせ、精霊遣いが詠唱を終えた。とたん、革靴の足元からどっと溢れ出るまばゆい光。


床に伏せたままの少年が、目を充血させ竜を睨みつけ、砕けそうなほど奥歯を食いしばる。


竜の口から溢れる赤い炎、精霊が放つ青い炎ーー2色の火炎が空中でぶつかり合う。


ドン、と大気が揺らぐ。


生命の熱を孕んだ風圧で、家屋全体が大きく軋む。渦を巻いて、風と炎と光が混じり合う。


「なんの騒ぎだ!」火掻き棒を構えた職人風の男が人々を押しのけて部屋を覗き込み、さっと表情を変えると、すぐさま屋外へ叫ぶ。「魔獣だ! 祓い師と魔術師を呼べ!!」


人々が悲鳴をあげて逃げていく。


竜の咆哮。

少年のかすかな息遣い。

精霊遣いの淡々とした詠唱が続く。


詠唱に導かれた火の精霊が、竜を焼きつくさんばかりに青白い炎を吹き出す。炎に舐められた黒い艶やかな鱗が、次第に白く乾いていきーー干上がった鱗が、白い岩のようにせりあがり、竜のアゴに迫る。


青い炎に絡めとられた竜から、湿度を帯びた生ぬるい空気が立ちのぼる。生命力が一斉に溶けていく気色の悪い感覚。なまあたたかい異様な蒸気が一気に室内に満ちる。


苦悶の声を上げて暴れる竜。大きな身体から、剥がれた細かな鱗が飛び散る。


断末魔の魔獣の悲鳴が、空気をビリビリと震わせる。


革靴が床板を蹴る。ところどころが焼け焦げた分厚いローブが、風をはらんで大きく広がる。


青い炎に包まれた男の右腕が、竜の喉元を貫いた。

赤い肉片が飛び散る。ぼたぼたと床を濡らす赤。


大きく開いた竜の口、鋭い牙の隙間から溢れていた炎が途切れる。

直後、青白い炎が一気に竜の全身をおおった。石像のように白く硬化した竜が、全身の動きの一切を止める。


おお、と野次馬たちが、瓦礫の向こうから小さな歓声。


右腕をだらりと下げ、片膝をついた精霊遣いの男が、竜を見上げて小さく息を吐いた。


「竜はどうなった?! 封印したのか?」


窓のすぐ外で状況を伺っていた自警団の男が息せききって尋ねるのに、精霊遣いの男は首を振る。


「生命力を完全に焼き尽くした。竜が復活することはもうない」


「そんなことが……」


男の右腕から離れた火の精霊が、興奮さめやらぬ様子で部屋のあちこちへ飛び回る。それを穏やかな詠唱で宥めたあと、黒いローブの男は少年の元へと歩み寄る。


数刻前は人の顔ほどもあった火の精霊が、指先でつまめるくらいに小さくなった自身の姿を誇るように男の周りを一周したあと、ローブの下へするりと潜り込んだ。


あたたかな治癒魔法の光が、ほっと息をついた少年の頭上に降り注ぐ。空咳を一つ、礼を言った少年がゆっくりと身を起こす。乾いた血が額からパラパラと落ちる。


街の人々が部屋に押し入ってきて、竜の石像を恐る恐る見上げつつも、まだ息のある者たちを即席の担架に乗せていく。


傷だらけの少年が片足を引きずって、死体の山の前に立つ。


「……俺が、殺した」


懺悔と祈りの言葉を唱え、うつむいて唇を噛んだ。


「お前じゃない、竜だ」陽気な人々が駆け寄ってくるのを鬱陶しそうに押しのけて、少年の元に歩み寄った精霊遣いの男が涼しげな顔で言った。ここで何が起きたのか見透かしきった目で、男は続ける。「なんで抵抗しなかった。こいつらがどんな危なっかしい呪術を試そうとも、お前さえここにいなければ、竜の封印が解かれることはなかった」


「そんな、そんなこと、知らなかったからだよ!!」両手の拳をにぎりしめ、少年は叫ぶ。「竜がまさかーー俺の中にいたなんて」


黒いローブのすそが揺れた。石化した竜の、気高く勇ましい姿を見上げながら、男は言う。


「……だが、お前が制御魔法を使えていなければ、ここで留められなければ、思う存分栄養補給した竜によって、今頃この街は滅んでいた」


少年は、目を見開く。

足元から立ち上る、かすかな白い煙。


目の前の民衆たちの大騒ぎを他人事のように眺めながら、黒いローブの男がぽつりと言った。「なぜ、お前の一族が竜の依り代に選ばれたか、知っているか」


「……どうなってもいいって、思われてたからだろ」


男は皮肉げに口角を上げる。「お前ら一族にしかできなかったからだよ。自らの生命力と繁殖力を維持したまま、つまり、次代にわたってその体内に竜を抑え込める。弊害として、街一番の才能を誇っていた魔法適性やなんやかんやをまとめて封じることにはなったが、それで街の暮らしを守れるのならと、お前の曽祖父は自ら申し出た」


周囲にいた街の者たちが手を止めて、少年の顔を見る。


少年は唇を震わせて、掠れた声でつぶやく。「嘘だ……」


「当時このあたりには文字もなかったし、きちんと語り継ぐ者がいなかったんだろう」と男。


「なら、アンタはなんで知ってる?」と少年。


「魔女と精霊遣いは昔から懇意でね。それと、一族のいく末を案じて魔女に弟子入りをした、お前の大叔母とも」


そう言って、男はローブの下から取り出したものを少年に放る。


象牙の根元に嵌め込まれた、青い菱形の宝石に刻まれているのは、精霊の残光を模した幾何学状の家紋。少年は目を見開く。


「ひいじいさんの形見だーーひいばあさんとの結納品だとよ。お前が持っておけ」


男は少年の名を呼んで、ゆっくりと歩み寄る。


「なぁ、俺と行くか」


***


翌日。

街の外れ、共同墓地から少し離れたーー訪れる者のほとんどいない、薄暗い茂みの中。

長い下草を掻き分けて進んでいた黒いローブの男が、朽ちかけている小さな木組みのほこらを見つけ、その中を覗き込んだ。


「待たせたな、ばあさん。昨日の見てたか。これでよく眠れるだろう?」


丸い石碑に刻まれた幾何学状の家紋をそっと撫でて、鎮魂の呪文を唱える。


「ようやく連れ出せそうだ、あんたの望み通り」


男の手が、石碑の前に空の瓶を置く。ローブの下から取り出した黒い鱗をその中に一枚落とし、その上から紫と白の小さな花を刺す。


「あんたの甥っ子、あっさり信じたぜ。……どんな時代であれ、俺たちみたいなのが社会に迎合されるわけないのにな」


口を閉じた男はゆっくりと顔を上げる。風に揺れる枝葉の隙間、微かに見える青空にそっと目を細める。



ーー数年後。

大陸を横断して旅をする竜遣いと精霊遣い、二人の活躍の噂が、王都までとどろくのは、また別のお話。


着想・構想・執筆:2020/5/11

加筆修正:2022/6/16〜18、23〜27

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ