「どうだっていいんだろ」
[飄々系大学生♂×直情型社会人♂]
地学系の大学生が社会人の先輩をからかう話。
#一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負 参加作品
お題「母」、「勝負あり」、「どうだっていいんだろ」
長い廊下を近づいてくる足音。からりと横開きのドアが開く。
「あ、また石増えてる」
真新しいスーツに身を包んだ男が、ガラス棚を覗きこんで陽気に言う。部屋の奥、うずたかく積まれた本の間から、平坦な声が返ってくる。
「それは雲母結晶です」
「ふぅん」
革靴を鳴らしてその声に歩み寄った男は、パソコンに向かう白衣姿の丸い背中を見つけて近くの椅子を引いた。
カチャカチャとキーボードを打つ音。画面には、男には全く理解できない数字や記号やらがびっしりと並ぶ。
「教授は?」
「帰りました」
ふーん、と軽い相槌を打って、男は書類カバンと一緒に持っていたコンビニ袋から、湯気のたつ肉まんを取り出してかぶりつく。ちらりと振り返った白衣が言う。
「相変わらず七五三ですね、よくお似合いで」
「……せめて学生服と言えよ」ふてくされた声。
薄い肩を揺らして笑った白衣の青年が、読みかけの論文と器具類に埋もれているデジタル時計を覗き込む。
「ホワイト企業で良かったですね、先輩」
「そうでもねーよ。お前がぜんぜん既読付けねぇからだわ」さいごのひとかけらを口の中に放り込んで、男は立ち上がる。「じゃ俺帰るから」
「あぁ、はい、おつかれさまです」
カチャカチャとキーボードが鳴る。
白衣の上にある後頭部をじっと見てから、男はカバンを手にドアの前まで戻る。
年季の入ったドアの取っ手を睨みつけながら、息を吸って、ぽつりと言った。
「……どうせ、どうだっていいんだろ」
風で窓枠が鳴る。
「そんなことは、ないですけどね」白衣を脱いで本の上に放った青年が、カバンと上着を抱えて男の元に歩み寄る。「夕飯、何か食ってきます?」
ぎこちなく振り向いたスーツの男は、いつもどおりの飄々とした顔を睨むように見ながら、喉の奥から搾り出すような声を出した。「いーよ、忙しいんだろ」
「いえ、全く」
どこかの本の下から、唸るような冷蔵庫のモーター音。
「……」
「……」
「いそが、しんだろ?」
「いえ?」
カバンから研究室のカギを取り出した青年は、一歳上の男の顔を楽しそうにーーもとい、愛おしそうに見つめ返して、にっこりと微笑む。
重そうな書類カバンが、男の手からどさりと落ちた。
「はあああ?! お前! またかよ!!」
青年のシャツの胸ぐらを引っつかんでガラス棚に押し付ける。がしゃん、と不穏な音がして背後の棚が大きく揺れるのに、青年の手が咄嗟にガラス扉を押さえる。
「先輩、これ耐荷重ギリギリなんで、危ない」
真新しい革靴が、床を乱暴に踏み鳴らす。
「ーーお前、ほんと、ほんっと、性格わるい!!」
去年の冬、『先輩がわたわたしてるの見るの好きなんですよねぇ』という根性のひん曲がった言葉を愛の告白だと臆面なく言ってのけた青年はーー目の前にある上気した頬とほのかに赤く染まる目尻をなだめるように撫でて、鼻先が触れ合いそうなほどの至近距離でささやく。
「先輩がだまされや……素直で助かってま、痛って」




