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云々蒐集短譚  作者: 里崎
23/30

辺境の街と山の怪物

#ファンタジーワンドロライ 参加作品

お題「魔法使い」、「辺境の祭」、「紙一重」


#メイドの日


お祭りの日、辺境の街では領主の城さえもが無防備に開放される。それを心配した子どもが鍋かぶってお城に駆け込んでくる話。


四方を高い山脈に囲まれた、辺境の小さな街。赤い煉瓦造りの屋根が続くその上を、滑るように滑らかに、鐘と笛の音が鳴り響く。


カゴいっぱいの果物を抱えて、割れた石畳を楽しげに駆けてゆく娘たち。その後ろに、昨年生まれたばかりの小ヤギがトコトコと小走りで続く。家々の軒先で、赤と白の旗がはためく。



年に一度のお祭りの日。

街じゅうの誰もが仕事を休むこの日は、領主の城さえもが自由に開放される。



門番不在の開け放たれた城門を、小さな子どもが駆け抜けた。逆さにした真鍮の古鍋を頭にかぶり、錆び付いた剣を細い両腕で抱えている。


白い飛沫を上げる三段の噴水を物珍しそうに見上げながら、子どもは綺麗に整備された芝生の庭園を駆け抜ける。慌ただしい足音に、芝の上に座り談笑していた人々が不思議そうに振り向く。


二匹の龍と大蛇が勇しく絡み合う青銅色の正面扉。その前の石段に座り込み、街の名産である果実酒をのんびりと飲んでいた非番の兵士二人が、近づいてくる小鍋を見つけてげらげらと笑った。

頬を膨らませた赤い顔の子どもは、彼らの横を抜けて城に入り、豪華な絨毯敷きの階段をぜぇはぁ言いながらのぼりきったところで、

「おや、ようこそいらっしゃいました」

ティーセット一式を銀盆に載せて廊下を進んでいたメイドが、とびきり嬉しそうな笑顔で声をかけた。


「りょ、領主さまのお部屋は、どこですかっ」


ふらふらと左右に揺れる小鍋を見下ろし、ふふと笑ったメイドが廊下の先を示す。「可愛らしい討ち入りですねぇ。どうぞ、こちらですよ」


「ちーーちがう!」ハッとなった子どもが慌てて叫んだ。「その逆!」


「逆?」


子どもは泣きそうな顔でメイドを見上げた。「みんなおやすみなんでしょ? お城、だれでも入れちゃうんでしょ?」


ああ、と微笑んだ女性は、紺色のロングスカートを折って子どもの前にしゃがみこむ。


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。お休みですけど、領主さまも兵士も、みんなこちらに居りますから」


「でっでも山の怪物がせめてきたら」


「怪物?」


と、子どもの頭から鍋が滑り落ちる。床のタイルに大きな音を響かせた。


近くの扉がいくつか開いて、軽装の兵士が飛び出してきた。


「ほらね?」


子どもの表情は晴れない。


「では、」メイドがゆっくりと立ち上がった。「よく見ててくださいね」


左手にティーセットの載ったお盆を持ったまま、右手をまっすぐに廊下の先へ伸ばす。白い手袋に包まれた手のひらを兵士たちに向け。



『ーー排除スプロクステマキリア



どぉん、と破壊音。


メイドの手から放たれたまばゆい光が、屈強そうな兵士たちを長い廊下の先へと吹っ飛ばす。ひえええと情けない悲鳴が遠ざかる。


「わあああ……ま、魔法使いだ!」剣を放り出し、目を爛々と輝かせて子どもが叫ぶ。


「みんなには秘密ですよ?」


口元に人差し指を立てて微笑むメイドに、何度もうなずく子ども。何事かと周囲の扉から人々が顔を覗かせる。吹っ飛ばされた兵士の一人が、壁に打ち付けた後頭部を押さえながら、子どもに聞こえないように小さく呟く。「バレバレでは?」


カンカン、と鍋の打ち鳴らされる音が窓の外から聞こえてくる。


「食事の支度ができたようです。一緒に食べに行きましょう」


メイドが子どもの手を引いた。紺色のスカートのすそがひらりとはためく。



***



三段の噴水を囲むように点々と置かれた焚き木が、パチパチと火花を上げながら燃えている。


白いコック帽をかぶった料理人たちが運んでくる鍋にわいわいと人が集まり、持参した器に好き勝手によそっては食べ始める。自宅から持ってきたパンや果物をふるまう女性。お手製のデザートを自慢げに持って回る貴族の男。


紅茶のおかわりをたずねて回るメイドに続いて、素焼きのカップを配っていた子どもが、石碑の台座に腰かけて羊肉の串焼きにかじりつく少年を見て目を輝かせる。


「食う?」視線に気づいた少年が食べかけの串を差し出し、


「う、うん」礼を言って、一番端の肉にかじりつく子ども。


幸せそうに頬を押さえる見慣れない子どもを見下ろして、少年が首をかしげる。


「お前、どこの子?」


子どもが肉を飲みこみ、


「最近新しく越してきた農場の子ですよ」


両手に料理の皿をいくつも持って近寄ってきたメイドが、子どもの頭上から答えた。


メイドはその場にしゃがみこむと、少年にも「どうぞ」と声をかけながら芝の上に料理の皿を並べて、子どもを手招いた。


「お手伝いありがとうございました。私たちも食事にしましょう」


歓声をあげた子どもが、色鮮やかなカナッペを次々とつまんで口の中に放りこむ。大きな丸パンにかじりつき、頬に白い粉をつけたまま、豆のスープを飲み、ぷはぁと満足そうな息を吐いた。


メイドと街の大人たちが談笑する横で、子どもの丸い瞳が石碑の装飾柱を見上げる。白亜の円柱に螺旋状に彫られた精緻な飛竜の、黒玉の瞳が日差しに煌めく。太陽を遮るように上空で羽ばたくのは、くちばしから細く炎を吐きながら西の空へと向かう、濡れ羽色の渡り鳥。


ドドン、と遠くの山のほうから重低音がとどろいた。


「ひっ」短く悲鳴をあげた子どもが食べかけのフリットを放り出してメイドの背中にしがみつく。「あれだよあれ、怪物だ、退治しないと!」


ああ、と美味しそうに紅茶を飲んでいたメイドがゆっくりとうなずいて。


「山の民の太鼓だよ、あれ」二本目の串焼きにかじりついていた少年がこともなげに言った。


「……やまのたみの、たいこ?」


メイドの白い手袋が、沈みかけの夕陽に染まる西の山脈を指す。


「あちらの山奥に昔から住む少数民族ですよ。いくら声をかけても下りてきてはくれないんですが、こうして毎年、お祭りには加わってくれるんです」


メイドの背中でぷるぷる震えていた子どもが、涙をたっぷりとためた丸い瞳で、女性の笑顔をそうっと見上げる。


「怪物じゃ、ないの?」


ええ、とうなずくメイド。

黄色く熟れた果実をかじっていた少年が呟く。「攻めてはきてたけどね」


「……え?」


「数年前までの話です」涼しい顔でメイドが答える。「きちんと制圧してきちんと和解して、きちんと和平協定を結びましたからもう安心ですよ。この街の兵士は強いんです」


ほぅ、と息を吐く子ども。


「いや、当代の領主さまがべらぼうに強いからじゃ」少年がぼやく。


ドドン、と再び音がした。近くに座って菓子を頬張る赤ら顔の男女が、歓声を上げて、山に向かって何やら楽しげに叫び返す。


教会の鐘がガランと鳴る。日没の合図だ。


空の皿を集めていたメイドが、さて、と立ち上がって子どもに言った。


「そろそろ帰ったほうがいいですよ。お一人で帰れますか?」


「うんっ、大丈夫っ」


「忘れ物です」近寄ってきた兵士が、鍋と剣を子どもにさしだす。元気よく礼を言って受けとった子どもが鍋をかぶり直し、剣を抱えて手を振って城門を飛び出していく。


「またいつでもいらしてくださいねー」


手を振りながら小さくつぶやいたメイドは、少年にも別れの挨拶をすると、空の皿を給仕に預けて兵士と連れ立って城に入った。階段をのぼり、一番奥の部屋に入ってバルコニーに出る。


「ああ、まだいた」


ふふ、と笑ってメイドが指さした先。城門から少し離れたところに建つ古い民家の軒先に、そうっと鍋を吊るしている子どもの姿がある。

脇の掘っ建て小屋に錆びた剣を立てかけ、敷地から出る。周囲をきょろきょろと見回したかと思うと、やわらかな草の上で身軽な前転を一回。髪の間からぴんと立った獣の耳が生え、尻尾が生えーーあっという間に茶色い毛玉になったそれが、茂みの中に消えていく。


城の東側に飛び出た一番広いバルコニーからそれを楽しげに眺めていた女性に、二人分のグラスを持ってきた兵士が声をかける。


「今年の祭りもご満足いただけましたか、領主さま・・・・


「ええ、とっても」


白いヘッドドレスとエプロンを外した女性が、晴れやかな笑顔を浮かべてグラスを受け取る。


二人は星空を見上げながら、労いの杯を打ち鳴らした。


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