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云々蒐集短譚  作者: 里崎
22/30

軍靴の靴紐、白磁の子猫

[素行の悪い優男♂×硬派な軍人♂]

求愛の贈り物を繰り返す青年が、軍人の靴紐をこっそりと切る話。


#一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負 参加作品

お題「考え直して」、「平穏」、「靴ひも」

朝の日差しが差し込むオープンカフェ。二頭立ての馬車が石畳の上を走り去る。


人の行き交う大通りに面したテーブルに、足を組み新聞を広げている大柄な男がいる。羽織ったままの外套の胸には、狼とよもぎの葉を組み合わせた金刺繍のエンブレムが光る。『勝利と平穏』ーー軍の創設理念を模しているそれの横、いくつかの階級章が並ぶ。


男の飲みかけのカップの横に、コトリと置かれる白磁の子犬の置き物。

軍人の男は朝刊から目を離さずに言った。


「考え直せ」


「こっちのセリフー」


空を見上げる白い犬のつやつやとした鼻先を、テーブルの端から現れた指が大切そうになでる。


軍人は読み終えた新聞を折りたたんで、すぐ脇の通路を歩く給仕に返した。それから、テーブルの端にひっついて顔を出しへらへらと笑っている、白シャツの青年を見下ろす。


「盗品じゃないだろうな」


「うわひど」


目元を押さえる仕草をして見せる青年に、白けた目を向ける仏頂面の軍人。屈託のない笑みを浮かべるこの優男は、ともにこの街で生まれ育ち、子どものころから顔見知りではあるのだがーーお世辞にも治安が良いとは言えないこの街の中でも、特に厄介ごとの絶えない繁華街に頻繁に出入りし、ゴロツキや密売人たちと連れ立って歩いているのを、軍人は見回りのたび頻繁に見かけている。


「あ、靴紐またゆるんでたよ」と青年。


気付かぬうちに結び直されていた自身の靴紐を見下ろし、本来、人の気配に聡いはずの武人は渋い顔をする。


青年の涼しげな碧い瞳が、大男の足元を心配そうに見つめる。「そろそろ最新式のにしたらどう」


「俺の勝手だ」


「そうだけど」


青年は唇を尖らせながら、軍人の、相変わらずの凛々しい顔ときっちりと伸びた背を眺め、そっと目を細める。


給仕が差し出す伝票に、流れるような筆記体をしたためる軍人。


道ゆく老婆がテーブルの上の置き物を見て、おやまぁと目尻を下げた。


「お幸せにねぇ」


青年が顔をほころばせる。「ありがとう!」


「……考え直せ」


「こっちのセリフー」


白磁の動物の置き物ーー求愛の贈り物の鉄板アイテムだ。


***


ーー数日後。


昼下がりの風に、木々の枝葉と厚手のカーテンが揺れる。


自身の執務室前にある小さな庭園のベンチに腰かけて、書類に目を通していた軍人の男は、塀の外から聞こえた騎馬警官の緊急召集の声にいきおいよく立ち上がった。続いて聞こえてきた軍令に駆け出そうとしーー急に足が軽くなるような感覚。制帽に手を当てつつ見下ろせば、刃物で切り裂かれたようなぼろぼろの靴紐。


男の眉間に、ぐっと、深いシワが寄る。


開けたままの窓から執務室に飛び込むと、使い物にならないブーツを脱ぎ捨ててクローゼットを開けーーそこに置いておいた、真新しいベルト式のブーツを取り出す。


脳裏によぎるあの軽薄な声音を振り払うように、男は盛大な舌打ちをひとつ。廊下の外を行き来する慌ただしい足音に掻き消される。



「ぶじで、よかっ、たあああ!」


腕いっぱいに抱えた大きな花束を天井に放り投げ、青年は窓枠を蹴って、室内に飛び込んだ。

ベッドに横たわる男の上に、影。


額に青筋を浮かべた男は横たわった状態のまま、包帯を巻いていない方の足でーー青年の腹に、しっかりと腰の入った回し蹴り。


子犬のような悲鳴を上げて床に転がった青年の上に、色とりどりの花弁がばらばらと落ちる。


ゆっくりと身を起こした男が口を開く前に、廊下からノックの音。


「おおい、なんかすごい音したけど……まさか落ちた?」


そう言って軍医が外からドアを開ける前、軍人の男はぴしゃりと「大事ありません、のぼりました」と答えた。


青年の丸まった背中が先ほどとは違う意味で震えているのを、鋭い目で睨みつけながら。


「筋トレもほどほどにな、まだ骨つながってないんだから」納得したらしい軍医の足音が去っていく。


青年がぱっと顔を上げるのと、男の手がかたわらに置いてある軍刀に伸びるのが同時。はっとなった青年が慌てて両手を挙げる。


「か、関わってないよ偶然聞いただけ、通報したのもおれだしっ」


男がじろりと青年を見た。青年の鼻の頭に散らばるニキビの跡を数え、相変わらずへらへらと笑うそのしまりのない顔を睨みながら言う。


「あの靴紐は」


「あれはだからヤバそうだったから死んだりしたら嫌だなって、はいっすんませんでしたっ」


鞘の隙間から見える銀光に、早口で言い終えた青年が壁にべたんと貼りついた。


数秒間の沈黙ののち、軍刀から手を離す男。ほっと息をついた青年が、すぐにいつものヘラヘラとした笑みを浮かべるなり、椅子を引いて素早くベッドサイドに寄る。


「そういうトコが好きなんだけどねー」


軍人の、相変わらずの凛々しい顔ときっちりと伸びた背を眺め、臆面もなく言った青年が碧い目をそっと細める。下がり気味の目尻が更に下がる。

数年前、仲間内で流行っていた無謀な度胸試しのせいで、タチの悪い密売人に殺されかけた青年を助けてくれたときとーー青年を見捨てて仲間たち全員が逃げたところに、真っ先に駆け込んできてくれたときと全く変わらない姿を、飽きもせず熱心に見つめ。


「そうだ、これお見舞いの品。もしかして猫派だったかなって」


青年の手が、服の下から小さな白磁の子猫の・・・置き物を取り出す。


疲れた顔をした軍人が、鼻から長い長い息を吐いて再びベッドに身を横たえ、


「考え直せ、」鎮痛剤と貧血でいつもより少しだけーーほんの少しだけ朦朧とした意識が、少しだけ彼を饒舌にさせた。「軍の領地に侵入するような奴とはーー」


「えっそれって悪いことやめたらおれにも可能性あるってこと? ーーぶっ」


にわかに目を輝かせた青年の顔面に、枕が激突した。


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