極夜祭
暗くて怖い、お祭りの日の話。
#ファンタジーワンドロライ 参加作品
お題「明けない夜」「海」
月も星もない、見渡す限り一面、ただひたすらに仄暗い空。街灯に火を入れてもなお、視界不良の街並みが続く。
闇の中、教会の高い塔の先から、正午を示す鐘の音が降り注ぐ。
市場にいた家族連れや旅人が急に足早に路地を進み、次々と家に入っていく。商人が手早く店じまいを始める。ばたばたとドアが閉まる音。
明けない夜を繰り返す日々ーー極夜の季節が始まるのだ。
この深い闇は、大昔、深い海の底からぞわぞわと這い上がってきた邪悪なものだ、と言われている。のみこまれて引きずり込まれることのないよう、人間たちは家にこもって、ただこの季節が過ぎるのを待つ。
*
とある民家の中。
膝を抱えた少年が、嗚咽を鳴らしながら全身をぶるぶると震わせている。たった一人でいるには広すぎるリビングで、端の擦り切れた古い毛布をかぶって。
彼の両親は教会に勤めていて、この期間はひたすら祈りの儀式を繰り返すため、家を空けるのだ。
ばらばら、と屋外から謎の重い音。
ひ、と少年の甲高い悲鳴。真っ青な顔で窓のほうに目をやるとーー閉め忘れたカーテンの隙間から、庭のケヤキの木にくくりつけられたブランコが揺れているのが見えた。
去年の誕生日に少年がねだって父親に作ってもらったものだ。かすかな灯りに照らされて、それをぐいぐいとこいでいる赤い晴れ着の少女が見えた。楽しげな笑い声。額に生えているのは、二本の小さな茶色いツノ。『鬼』と呼ばれる人外の種族だ。
人間と同じこの街に、人間と同数ほど住んでいるが、お互いが関わらないようにして暮らしている。街を歩いていても目を合わせず無言ですれちがうのが当たり前。
少年も両親に『鬼と話してはいけないよ』と教わったし、言いつけを守って、ずっとそうしてきた。
だけどこの間、一度だけ。
庭のブランコで遊んでいたとき、生垣の影にひっそり隠れていた鬼の少女があまりにも熱心に、目を輝かせてブランコを眺めていたから、つい声をかけたのだ。
「僕と両親がいないときは、コレで遊んでいいよ」と。
火曜と木曜は礼拝の日だから朝から晩まで両親はいない。だからそこが狙い目だよ、と言い添えて。
その少女が、窓の外、いまぐんぐんと、いきおいよくブランコを漕いでいる。真っ暗な世界で、ただ一人とびっきり楽しげに。
しばらく茫然を口を開けていた少年は、はっとなって毛布を跳ね除けて窓を開けた。身を乗り出して少女を呼ぶ。
「あぶないから、早く中に!」
こぐ足を止めて、それでもなお前後に揺れるブランコの上、鬼の少女がきょとんと目を丸くする。「あぶない?」
「そうだよっ、闇にのまれて、海にのみこまれちゃうんだ」
「あー、だから人間はいなくなるのかぁ」のんびり言った少女がぴょいとブランコから飛び降りて駆け寄ってくると、少年の腕をつかんだ。「行こっ、お祭りだよ!」
***
等間隔に並んだ狐火が、洗濯物のように、路地の高いところで揺れている。
「人間がいないから、極夜の季節は鬼のお祭りの季節」道ゆくたくさんの鬼たちとすれちがいながら、石畳の上、鬼の少女は軽やかにターンして、こともなげに少年に言った。「海なんて、あの山脈のずうっと向こう。あのね、むかーし、私のひいじいさんがね、海が大好きで、ずーっと海を眺めてたんだって。何年もね。白夜のときも、極夜のときも。だから、極夜に海が来るなんて、そんなの真っ赤なウソ」
その手には露天で買ったばかりの、できたての砂糖菓子。
その後ろにおそるおそるついて歩く、同じ砂糖菓子を持った少年。すれ違う鬼たちから隠れるようにハンチング帽の端を押さえる。
「なら、この空はなんなの?」
「ただの天気だって、長老と学者せんせいは言うよ。太陽がでない季節なの。ただそれだけ」
「……それだけ」ぽかんと口を開ける少年。ひょいとのぞきこんで、その口に揚げ菓子を放り込み、少女はからからと笑う。
夜空高くに爆音。少年の肩がびくっとなる。
二人のすぐ真後ろ、空に浮かぶ色とりどりの花火を見上げて楽しげに笑い合う、老若男女の鬼たちがいた。
***
教会の塔の上から、正午の鐘の音。
続いて、ばらばら、と重い音が屋外から聞こえてくる。
暗い窓の外、庭に立てたこの時期限りの簡素な竹のブランコが揺れている。
「はやくはやく! 花火はじまっちゃったっ」
赤い晴れ着を着た少女が、甲高い声を上げて玄関で飛び跳ねる。その額の右側には小さなツノが一本。
「まってぇえ」
そこへ、泣きそうな声で、少し幼い少年がとびついた。額の左側に一本のツノ。
「気をつけて行ってこいよー」
パジャマ姿の男性が、眠たげな声で玄関ドアを開けてやる。
「おとーさんは?」
二つのそっくりな顔が、男を見上げる。
大きなあくびをした男はひらひらと手を振り、
「俺は寝る。この時期、人間は冬眠するようにできてるんだよ。冬じゃないけど」
そう言いながら寝室に向かい、ふと振り返る。
「楽しんでこいよ。これはお前ら混血児の祭りなんだから」




