女と竜人
仲の悪い二人が、なんだかんだ言いながら街を守る話。
#ファンタジーワンドロライ 参加作品
お題「毒薬」「竜人」
けわしい岩場に馬を止めて、曲刀を背負った男たちが小さな街を見下ろす。そこへ、街から駆け上がってくる男が一人。
「どうだ」
「いけますね。なんとも平和な街です。騒ぎといえば、そこの酒場で、1週間ずーっと喧嘩してるうるせぇ男女がいるくらいのもんです」
報告を聞くなり、一番大きな馬にまたがる男が、手綱を引いて低く言った。
「いくぞ。半日で落とす」
数十頭の馬が、前足を振り上げ勇ましくいなないた。
***
活気あふれる朝の酒場。うっすら残る昨夜の酒の匂いをかき消すように、焼きたてのパンとコーヒーの香りが広がる。
「ねぇさぁぁん」
真っ白でもこもこな羊毛のような髪をした少女が、牛乳瓶を抱えて、半泣きで厨房に飛び込んでくる。
ぐらぐらと煮立つ鍋の火加減を見ながらパイプをふかしていた羽根耳の女性が「今日もか」と呟いて顔を上げた。火を弱めて、白いもこもこを腰のあたりに引っ付けたまま、ホールに出る。
びち、と鱗に覆われた太い尻尾が、不満そうに床を叩いた。朝食の目玉焼きを食べていたその竜人の男は、あからさまに嫌そうな顔をして声を荒げた。
「おい、食事処で髪を梳かすな、爪を塗るな、不衛生だ」
そうだそうだ、と彼と同じ制服を着た男たちが、朝食を楽しみながら大きくうなずく。
窓辺の席で楽しげに話し込んでいた派手な女たちが、話をやめて各々の手を止める。その一人、艶やかでたっぷりとした黒髪に螺鈿細工の櫛を通していた物憂げな美女が振り返って、軽蔑しきった冷たい視線を竜人に返した。
「昨晩ここで大騒ぎして、この床に頬擦りしていた酔っ払いたちの言葉とは思えないね」
「夜は良いんだ。仕事終わりだから」
「あたしたちの仕事終わりは朝」
「そういうことはマトモな職に就いてから言うんだな」
「はー、古臭い価値観。前時代に脳味噌丸ごと置き忘れてきたの」
「悪いな、この時間だとまだ寝ぼけてるのか。不健全な」
「アンタそれ、街じゅうの夜行性種族を敵に回したよ」
女の細い手が空のグラスに伸びるのと、男の鱗まみれの手が空いた皿を掴むのが同時。
「食ったら出て行く! 何度も言うけど、弁償すればいーってもんじゃないんだからね」
歩み寄ってきた羽根耳の店員がぴしゃりと言った。
動きを止めたまま睨み合う男女。それぞれの後ろでヤジを飛ばす賛同者たち。
息を吐いて皿を置いた男が、腰の剣をこれみよがしに叩く。
「自警団をあまり舐めるなよ。街を守ってるのは俺たちだ」
グラスを置いた女がするりと自分の肢体に白い手を滑らせ、「そのあんたらがぐーすか寝こけてる夜の間に、静かな街を守ってるのはあたしたち」
どこからか銀色の針と黒い丸薬を取り出した。
白けた目をした竜人の男が、全身を覆う固い鱗を見せつけるように揺らす。「そんなもの効かん」
「あら、試してみる?」
女が妖艶に目配せしたところでーーわあああ、と屋外から声が上がった。馬のいななく声。何かが割れる音。
さっと表情をひきしめた男たちが、椅子を倒して勢いよく立ち上がり、剣を抜いて店の外に飛び出す。「なにがあった?!」という声が遠くで聞こえた。
黒髪の女は窓越しに朝日を眺めて大きなあくびをし、
「あー、寝よ」
騒ぎに背を向けて、自宅に向かった。からころと漆塗りの下駄を鳴らして。
***
沈みかけの夕日が、建物の影に消えてゆく。
息を荒げた肩幅の広い男が狭い路地裏に一人、人目を避けるように、物陰に身を隠している。表通りからかすかに差し込む光、それに照らされる腰の曲刀。わあわあと騒ぐ声、いくつもの慌ただしい足音、そして剣戟の音。
「ちくしょう、こんな街たやすく落とせるはずだろうが……」
緑色の頭巾を外し、腰の武器とともに服の下に隠して、男は苛立たしげに呟く。
統制のとれた動きで表通りを巡回する、男たちの足音が遠ざかっていくのを聞いてから、男はふらりと表通りに出て人混みに紛れる。先ほどの自警団との交戦で散り散りになった味方の姿はひとりも見えない。
適当な酒場に立ち寄り、軽い食前酒をオーダーした。艶やかな格好の女性がそっと注いだ一杯を、まずはぐいっと飲み干す。
「考え事?」
囁くような妖艶な声が、男の耳朶をくすぐる。
「ああ、ちょっとなーー」
男の思考と緊張が、不意に途切れた。
男がいきなり倒れた。割れたグラスと倒れた丸椅子、それから曲刀が床とぶつかる音。床に伸びてぴくりとも動かなくなったその口の端には、白い泡。
カウンターの向こう、手元のパイプからたちのぼる煙をぱたぱたと羽根耳であおぎつつ、女性が面倒臭そうに言う。「弁償すればいーってもんじゃないんだからね」
艶やかな黒髪を揺らした女性は答えず、残りの丸薬をしまいこみながら、男のブーツの外側に残る真新しい深めの傷を見下ろす。よく見覚えのある、独特の傷を。
***
活気あふれる朝の酒場。うっすら残る昨夜の酒の匂いをかき消すように、焼きたてのパンとコーヒーの香りが広がる。
寝不足の竜人の男と、稼ぎが少なかったと不機嫌な黒髪の女性が、今日も今日とて店の奥で騒がしく口論をしている。
窓の外、白み始めた空の下、一人残らず捕らえられて引きずられていく盗賊たちがうなだれた行列をつくる。彼らを連行していく警邏たちが、酒場の窓にたたずむもこもこの少女を見つけるなり、慌てて姿勢を正して一斉に敬礼。
「ふわぁ」とよくわからない声を発した白い毛玉は、彼らに笑顔と労いの言葉を向け、小さな両手をぱたぱたと振ってみせた。
そのやりとりを見、急に冷静になったらしい竜人の男と黒髪の女が慌てて駆け寄ってきて、神妙な顔で少女に朝の挨拶をする。
「あのう、ありがとうございます……」と竜人の男。
「あのう、とても助かりました……」と黒髪の女。
「いえいえこちらこそ」と深々頭を下げる白い少女。
厨房から食器を取りに現れた羽根耳の女性がその様子を見つけ、「で、今日は?」と少女に尋ねる。
「えーっと、壊れた建物の補修と、家屋が全損した住民の仮住まいの手配と、収監所の手配と、近隣の町や村に連絡して残党の捜査と捕縛、あと、消耗した武器や丸薬の追加です」
なおも続く3人の頭の下げ合いから目線を外し、皿を持って厨房に戻りながら、羽根耳の女性がのんびりと呟く。
「結局、毎日毎日こんだけ喧嘩しててもどっちもこの狭苦しい街を出てかないって、つまりどっちも、なんだかんだ言って、この街が大好きなのよねぇ」




