用務員と鳥使いの落とし物
魔法学校のしがない用務員と、赤銅鳥の飼い主の女が探し物をしている話。
#春の創作ワンライ 参加作品
第2回お題「新生活」「光差す」「落とし物」
「失礼、探し物をしてるんですが」
街の片隅に建つ小さな酒場。
薄汚れた作業着をまとった猫背の青年が、入ってくるなり言った。
「赤くて丸い金属のかたまりです。このくらいの大きさで、表面がイガグリみたいにごつごつしてて」
いつも通りの与太話に花を咲かせていた常連客たちが、グラスの氷をカラカラ鳴らしながら顔を見合わせる。
入口近くの席に座る職人風の男が、ふーむ、と、食べかけの器を置いて髭を撫でた。
「おれは長らく鍛冶屋をやってるが、見たことないな、そんなもの。何に使うものだ?」
青年の目が泳ぐ。「それはちょっと言えないんだけど」
「おお、さては値打ちものだな?」
異国の羽織りをまとった恰幅の良い商人が、目を輝かせて隣のテーブルから寄ってくる。
「いえ、そういうわけでは」
商人は青年の質素な身なりをじろじろと、値踏みするように見たあと、「そのようだね」とつまらなそうに去っていく。
「そんな話を聞いたら教えてください」
室内にいた全員に向かって一礼したあと、青年は足早に店を出ていく。
澄みきった青空の下、肩を落としてつぶやく。
「うーん、見つからないな」
***
「あー、見つからないな!」
岩肌をなでる山谷風。巨岩をくりぬいて作られた大きな鳥小屋の中、肩をいからせてそうわめくのは、愛鳥の『錆落とし』をしている一人の女。ぎいぎいと鳴く目の前の大型鳥の、その跗蹠の鱗とよく似た髪飾りで、艶やかな長い髪を一つに結いている。
「諦めろ。お前の不注意で自己責任」
隣で餌やりをしていた仲間の一人が呆れたように言うのに、女は首を振ってきっぱりと断言する。
「いーや、絶対に盗まれたんだ」
「えー?」
飼料袋を棚に戻してきた仲間が、女の手からブラシを奪うと自分の愛鳥の胸から上腹にかけて、丁寧に滑らせる。ひょいひょいと足を交互に上げる鳥の足元に、ざらざらと落ちてゆく緑青の粒。住み込みの下男がそれをせっせと拾い集めている。同じ大きさのものにまとめて、材料屋に売るのだ。
「なら、あれだ、『托卵』じゃね」
「たくらんー?」
お互い柄にもない御伽噺を持ち出されて、女はそう鼻で笑い飛ばした。
***
校舎から校門へと続く長い石畳の道の上、細かい泡を吐く四つ足の小型生物を、右手で持った細枝でつついてころころと転がす。そのすぐ後ろに続くように、左手で持った別の枝で毛むくじゃらの生物を追い回す。薄汚れた作業着を身にまとう青年の横を、綺麗なローブ姿の少年少女たちが楽しげに談笑しながら通り過ぎていく。
「さよーならー」
「ああ、はいよ」
そのすぐ近くでゴミを拾っていた青年の同僚に、ローブの下から手渡されるくしゃくしゃのビスケットの包み紙。「用務員さん、これも捨てといて」
優秀な魔法使いの卵たちが楽しげに下校していくのを羨ましそうに見送って、ゴミ袋をぶら下げた青年の同僚が、ぶちぶちと悪態をつく。
「おれらみたいな落ちこぼれは、一生こういう、食っていくのがやっとの下働きなんだろうなぁ」
細枝を持ったまま伸びをしたあと、青年も小さくうなずいた。
ギィギィ、とはるか頭上から軋むような声がする。二人がふと見上げれば、広い青空を切り裂くようにまっすぐ飛んでゆく、金属製の鳥たちがいる。
「いいなぁ」と同僚がつぶやいた。
鳥が、というより、その背に乗る人間に向けて、だ。
西の高山地帯に住んでいるという孤高の部族。空を渡ることのできる数少ない人間たちだ。
「そいやお前、今日も行ったのか、番屋めぐり」と同僚が青年に顔を向けた。
青年が眉を寄せる。「そんな、観光みたいに言われても」
街に点在する番屋と商人宿と旅籠と、その近くの飲食店に、毎日、落とし物を訪ね回っている。そんな青年の奇行の噂は、同僚の耳にも入っていた。
「ほどほどにしとけよ、職探しと勘違いされちゃ」
「そうなんじゃないのか?」
割り込んできた声に振り向けば、両手を背中に組んだ小太りの男性が立っていた。千鳥格子のダブルブレスト。ネクタイは深い緑色。
「こ、校長」と同僚が一歩下がる。
校長はじろりと青年を眺め。
「不審な者はこの学園にはいらんよ。今日付で辞めてもらう」
「そ、そんな急に、困ります」
言い募ろうとした青年の体が、ごう、と強い風で揺れる。彼らの足元で、小さな生物たちがころころと石畳の上を転がった。
校長と用務員二人が空を見上げ、
「うわ」
そして、硬直した。
先ほどまではるか頭上を飛んでいたはずの巨大な金属鳥が、一羽、彼らのすぐ真上にまで迫っていたのだ。くすんだ青銅色のサビの目立つごつごつした翼が、大きく上下するたび、太陽光を反射して鋭い光を地表に差す。
突然の事態に、周囲を歩いていた生徒たちが一斉にカバンから杖を出して、身構えた。
「赤い鉄の塊を探し歩いてる変なやつって、あんたか?」
大きな鳥の上から、女の声がした。
驚きに尻餅をついた青年が、慌ててうなずく。光の間から影が降ってくる。
すとん、と着地音。
鮮やかな色の外套が、孔雀のような模様の裾を広げる。鳥の背から地面へと降り立った女の、靴の爪先から濃い青色の風がぶわりと湧き出る。
「お前は、坑夫の雇いの狩人か?」
西の民族特有の淡い青の瞳が、青年の困惑顔を映す。
「え?」
キョトンとする青年を睨むように見て、女が目を細め。
「答えないならーー」
女が何事かつぶやくその言葉の羅列を聞きつけて、校長と生徒たちが一斉に青ざめた。
女の足元から湧き上がった青い風が、またたく間に青年の全身をつつみ、
その体を、バラバラに吹っ飛ばす。
「ーー中身を見るまでだ」
散り散りになった青年の服に紛れて、そこから赤い金属の塊がひとつ、飛び出した。
青年に駆け寄ろうとしていた蒼白な顔の同僚が、え、と驚きに目を見開く。
宙にあった青年の右手の一部がその金属塊を掴もうとして、空を掻く。太陽光を反射するその金属の深い色合いが、目の前にたたずむ大型鳥のそれとまったく同じことに気付いて、ああ、と青の口元がほっとしたようにゆるんで、
「よかった、やっぱり大事な物だった」
女に向けて穏やかにそう言って、そして意識を失った。
***
足元に転がった大事な『卵』を拾い上げ、ほらこいつが盗人だった、と女はまなじりを吊り上げる。向かってこようとする学生たちを威嚇しながら、禁じ手の魔法を使ってバラバラにした青年を見下ろし、さてどこの坑夫と刀工の悪巧みやら、と青年の『中』を文字通りに覗きこんでーー
見えたのは、空から落ちてきた『卵』を拾い上げる青年の視界。そしてそのとき青年が思い出した、ひとつの記憶。
青年が子どもだった頃に納屋でみつけた、亡き叔父の手記。そこに書かれていた、『悔い』の話だ。
*
ある年の晩冬、叔父の住む街の反対側の地区で、見知らぬ古物商の老夫婦が亡くなった。引越しの際に、大変価値のある家宝を失くしたとかで、自ら命を絶ったのだ。
失くしたのは、木箱に入った黒い人形。
風の噂にそれを知ったとき、叔父ははっとなった。少し前、それとよく似た物を拾って、大声で落とし主を聞き回って、持ち主だと名乗ってきた若い男に、何も考えずそれを返したのだ。
叔父は自分を責めた。自分が大声で触れ回ったせいで、持っていることを言ったせいで、と。
埃っぽい納屋の中。読み終えた手記を閉じて、薄暗い天井を見上げながら、子どもだった青年は、そのとき考えた。
自分だったらどうしただろう。どうすればいいのだろう。
正しい持ち主を見分ける目も、価値のあるものかどうかを判断する知識も、誰かの大切な物を守り抜けるほどの魔法の才もない。
それでも、どうすればいいのか、そのとき青年は考えたのだ。
***
青年が目を覚ますと、見慣れた用務員室の天井が見えた。
「悪かった」
女が深く頭を下げていた。かたわらには丸めた外套。小屋の外からは鳥の声。
ゆっくりと身を起こした青年に、「ここでよかったな」と疲れた顔の同僚が皮肉げに笑いかけた。「国の叡智が揃ってる」
彼が示す先、渾身の回復魔法を使ったらしい生徒たちが、くたびれた顔で座り込んでいる。
青年の服のすそが何かに引かれた。見下ろせば、ヒビの入った赤い金属の塊が、もそもそと左右に揺れている。亀裂の隙間から顔を突き出しているのは、小さな雛鳥。そのくちばしが青年の服をくわえていた。
ああ、と青年が顔をほころばせる。
「鳥の卵だったのか!」
ひとつうなずいて、女が言う。
「これが卵だと知っているのは、我ら部族の者と、それからこれを刀の材料にしたがる悪趣味な刀工と、彼らに雇われた者たちだけだ」
居住まいを正して、女が再び頭を下げた。
「だから誤解した。いくらでも詫びは払う。金品以外でもいい、できることならなんでもするから言ってくれ」
「いやそんな」
恐縮したようにへらっと笑って、視線をさまよわせた青年が、ああとつぶやく。殻ごと雛を持ち上げると、女の前に置いた。
「遅くなりましたけど、正しい持ち主が見つかってよかった。お返しします」
ぴいぴい鳴く雛鳥は、ほほえむ青年のほうを向いたまま。
それを見て、じっと何事か考えていた女が、ぽつりと言った。
「赤銅鳥の托卵、だ」
「は?」
「赤銅鳥の飼育は代々、我ら部族の中の、同じ世帯が受け継ぐものだが、稀に、親鳥があえて卵を地上に落とすことがある。部族以外の人間に自分の卵を託すことがある、と、そういう現象が、部族の言い伝えにはある」
言葉を止めて、女が目線を雛に落とす。きいきいと尾羽を揺らす小鳥を、みなが見た。
「この鳥は、お前をーー価値も分からない他人の持ち物を大事にできる、そんなあんたこそを飼い主に選んだんだ。その判断は正しいと思う。ーーなぁ、さっきクビと言われていたよな。空と鳥に興味はないか?」
「……え?」
小屋の中に吊られている大小様々な清掃用具を、古いが良く手入れされているそれらを見回し、女は言う。
「鳥小屋の掃除から始めて、筋が良さそうなら乗り方も教える。すぐに大きくなる、その雛のな」
周囲に座り込んでいた生徒たちが一斉に顔色をかえる。
空を飛べる、なんて、どんな優秀な魔法使いよりも有力な能力だ。はっとなった校長が揉み手をしながら慌てて割り込み、上ずった猫撫で声で、
「あのう、よろしければ本校にはもっと優秀な者が大勢ーー」
女がひと睨みで黙らせた。
雛をじっと見つめていた青年が、ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
曇った窓越しに晴れた青空をのんびりと見上げてから、
「ここ以外の暮らしなんて、想像もしてなかったなぁ」
ぽつりとつぶやいたあと、笑顔を浮かべて、女に向かって片手を差し出した。




