大切なこと
俺は今、なぜかパトカーに乗せられている。最悪な気分だ。なぜ俺がこんなことになったのかーー
「ムツキ君、君に話がある。署までご同行願おう」
「...は?」
病室の時間が止まったように感じた。警察?なぜ?ここ最近の行いを思い出してみるが、もちろん罪を犯した覚えもない。
ダメだ、頭がぼーっとして思考が回らない。
そんな静寂を破ったのは、ヨウだった。
「おいおい、ムツキが何したってんだよ。それに見ろ。こいつは怪我人だし病人だ。常識のある大人なら話をするタイミングというものを見計らえよ」
珍しく怒っている。普段温厚なヨウが、俺のために。感動で泣きそうだが、今はそれどころではない。
「残念だが、そういうわけにもいかないんだよ。俺だってこんな状態の彼を連れて行きたくはないが、仕方ないんだ。大人の事情ってやつなんだ、わかってくれ」
警官はヨウを諭すように話すと、突然俺を抱え始めた。そして、俺たちの抵抗虚しく、病院から連れ出されてしまったのだ。
数分後、キッという音と共に停車した。何とか重い体を起こして外を見る。ああ、本当に警察署に連れてかれてしまったらしい。
「歩けるか?」
警官が運転席からこちらを振り向き、声をかけてきた。俺はゆっくり首を縦に振った。頭は相変わらず痛いが、歩けないほどではなかった。なにしろこの警官の腕を借りることが嫌だった。
車を降りた俺は、取調室に案内された。中はドラマで見た部屋、そのまんまだった。コンクリートの壁に、一つの机。
俺の脳内では、冤罪で捕まり、容疑を否認する人物を怒鳴りつける警察官の様子が延々と繰り返され、人生の終わりを感じていた。
「まずは、これを食べてくれ」
警官から差し出されたのは、枝豆と空豆の中間くらいの大きさをした緑色の豆のような物だった。
自白剤が何かか…?
「これは…?」
「別に、変なものじゃないさ。それは『神豆』。中国の山奥に住むミラクリオンが奇跡の力で作った食べ物だ。食べるとある程度の怪我や病気はすぐに治ってしまう、優れ物だよ」
妙に聞き覚えのある設定だ。
あまりにも嘘臭いが、未だに襲ってくる頭痛にもいい加減耐えられない。
警官の様子を伺うと、「安心しろ」と言っているかのような表情をしていた。まあ、俺なんか殺そうと思えばいつでも殺せるだろうし、嘘ではないだろう。
「…いただきます...っ!!」
口に放り込んだ瞬間、さっきまでの具合が嘘のように、傷が治り、頭もスッキリしていた。驚いている俺を見て、警官が初めてその笑顔を見せた。なに笑ってるんだ、もっと早くよこせや。
「驚かせてすまないね。別に君を逮捕しようだなんて思っていないよ。今日君をここに連れてきたのは、もっと別の…大事な話をするためだ」
「大事な話...ですか?」
喉がゴクリと音を鳴らした。
「ああ。君は昨日起きた事件を知っているね?」
「...はい。あの、怪物の事ですよね」
昨日襲われた怪物と、先ほど見たニュースの画面が脳裏に映る。
「そうだ。この事件で、残念なことに多数の被害者が出てしまった。そこで政府は、今緊急でこの怪物に対抗するべく、組織を設立する計画を立てている」
「組織、ですか」
「そう。その名も、対怪物特殊部隊『ミラクル・ステラ』だ。ところで、昨日は7地点で、怪物の被害が確認された。内6地点は警察が討伐を行ったが、1地点だけは、警察が到着した時には怪物が討伐されていて、君ともう一人女の子が倒れていた。ムツキ君、その怪物を討伐したのは君で間違いないね」
そういえば、そんな話をヨウから聞いた気がする。
俺は黙って頷いた。
「なるほど…とは言っても、近くの防犯カメラの映像を見せてもらったから、知ってはいたんだけどね。…さて、ここからが本題なのだが。ムツキ君、その能力を見込んで、君をミラクル・ステラにスカウトしたい」
確かに俺は、怪物を倒した。しかしそれは、実力ではない。偶然、怪物が転んだところに岩が落ちてきただけだ。彼が言う「能力」は、本当の俺の力ではないのだ。入ってからガッカリさせてしまうのも気まずいし、ここはハッキリと断ってしまおう。
「その、気持ちは嬉しいのですが...残念ながら、あの怪物を倒せたのは、俺の実力じゃありません。あの時は、彼女...ダイヤを助けようと必死でしたが、思い出してみれば、あの状況は全くの偶然です。それに...」
言葉が詰まる。思わず俯いた。再び、俺の脳裏にあの怪物の姿がよぎった。
俺の頭の中には、まだあの怪物が巣食っている。
おもむろに、警察官が口を開いた。
「知っているよ」
驚いて、顔をあげた。
「君の実力では、到底あの怪物には敵わない」
「じゃあ、なんで…」
「でも、倒した。それだけの力の差がありながら、君はその身一つで立ち向かい、怪物を討伐した。僕はね、偶然だけでは説明できない、『ナニか』が君の中にあると思っている。ただの勘だけどね…僕の勘は、よく当たるんだ。僕はその力が欲しいし、君もその正体を知りたいだろう?もし僕について来てくれれば、必ず見せてあげると、約束するよ」
ピンと来ない。それはあまりにも曖昧で不確かだ。しかし、その曖昧さ故に、もしかしたらと期待をさせる、そんな言葉だった。
また、あの怪物がよぎった。あいつは俺の選択の時でさえ邪魔をするのか。まるで、お前には無理だと言っているかのようだ。
「すぐに決めろとは言わないさ。返答は後日でいい。まだ、ミラクル・ステラについて決めなくちゃいけないこともたくさんあるし。今日はもう遅いし、疲れてるだろうから帰って休んでくれ。家まで送ろう」
立ち上がった警察官は、思い出したように、懐から一枚の紙切れを取り出した。
「何かあったら、ここに連絡してくれ」
差し出された名刺には、電話番号、メールアドレス、部署、そして「銀河 超人」と書いてある。名前だろうか。ぎんがちょうじん…?そんな名前をつける親がいるのか?
「...これ、何で読むんですか?」
途端、警官の顔色が変わった。
「き、気にするな。少し特殊な読み方をするから、教えてもみんな忘れてしまうんだ。僕のことは、銀河と呼んでくれたらいい。さあ、帰ろう」
特殊な読み方なら、余計に忘れないとは思うが…。 警官は明らかに慌てて出口へ向かおうとする。
その慌てぶりに、思わず右の口角が上がってしまった。
そういえば今日は、病人である俺をここまで拉致ってくれたな。礼だ。面白そうだし、とことんほじくってやるぜ。
「しかし…俺がもし、その組織に入ると言ったら、俺はあなたの部下になる可能性があるわけです。偉大なる上司様の名前を知らないのも、失礼な話ではないですか?」
「い、いいんだよ。気にするな。僕も気にしないから」
「いや、俺は気にします。俺は、上司の名前も知らないような失礼な部下になるくらいなら、死んだ方がマシです!」
「くっ...そ、そこまで言うか…」
警官は諦めたように項垂れ、恥ずかしそうに口を開いた。
「ウ…ウルトラマン………」
「……え?」
「だから、ウルトラマンだ!僕の名前!超人と書いてウルトラマンと読むんだ!わかったら、さっさと帰るぞ!」
ウ、ウルトラマン?超人と書いて、ウルトラマ…
「あっはははははははは!!!ウ、ウルトラ…wマン…wっははははは!!」
失礼ながら、大爆笑をかましてしまった。い、息ができない。苦しい。死ぬ。
「……!だから言いたくなかったんだ…」
警官…ウルトラマンが泣きそうな顔になっている。いくら何でも失礼すぎたか。とりあえずフォローを入れておこう。
「で、でもっw…警察官らしくてwいい名前だと思いますよっ…ww」
ここで途中で笑いが堪えられなくて煽った感じになってしまったのがいけなかった。
「……お前やっぱ、徒歩で帰れ」
「えぇ、そんなぁ!ここから俺の家まで、どれぐらいあると思ってるんですか!?」
「うるさい!」
ウルトラマンは、病院から連れてきた時のように俺を抱え、ドアの外に放り出した。軽そうなドアが、力任せに勢いよく閉ざされる。ドアノブを捻ろうとしたが、中から押さえられているのだろうか、ビクともしなかった。本当に、家まで歩いて帰す気なのか!?
「ちょっ、銀河さん!?開けて!仮にも病み上がりですよ!開けてくださあああい!!」




