目覚め
目が覚めたのは、次の日の昼過ぎだった。
「知らない天井だ...」
一度、言ってみたかっただけだ。深い意味はない。
隣のテーブルには花瓶と果物、それとデジタル時計があり、壁、ベッド、カーテンなどは全て白色だ。寒色で包まれた無機質な作りの部屋の中にはどこか暖かさを感じる。周りを見る限り、ここは病院らしい。俺はほぼ丸一日眠っていたようだ。それにしても身体が痛い。起きようとすると、身体中が悲鳴を上げる。頭など、怪我をした部位も痛むが、何より関節が痛い。しかもだるさもある。"代償"が来た。発動条件のいらない奇跡の使用には、多くの場合「代償」が伴うのだ。俺の場合、その代償というものがすごく馬鹿げている。どういうことかというと、俺は昨日奇跡を使い、今体調がすこぶる悪い。つまり、「風」を出したら「風邪」をひくのだ。全く、この世界の神様はくだらない親父ギャグが好きなのか?
そういえば、カーテンの向こうのベッドが空いているな。布団が捲れているので、人がいることは間違いなさそうなのだが...。
「お、ムツキ。起きたのか」
ドアを開け、ヨウが入ってくる。右手にはビニール袋を下げている。
「これ、お見舞いな。今日発売日だったから」
袋の中からガサガサと「週刊ヤングマガズン」を取り出し、横の机に置く。
「サンキュー、丁度暇してたんだ」
ヨウは少し照れくさそうに「へへ」と笑い、鼻をポリポリと搔いた。
「それより、昨日は大変だったな。怪物?に襲われたって聞いたぞ。」
「なに?知っているのか」
「ああ、もうニュースにもなってるぜ」
ヨウは病室の小さいテレビの電源をつけた。そこには、昨日俺が襲われたような怪物が大きく映し出されていた。
「昨日から、トーキョー都内7ヶ所にて、同時多発的に正体不明の怪物に襲われる事件が発生しています。現在までに16人の死亡が確認されており、加えて3人が重傷、12人が軽い怪我を負う被害が確認されています。また、現場付近にいたと思われる各地合計7人が行方不明となっている状況です。怪物は人を襲った後捕食する様子はなく、次々と人を襲う様子が確認されています。この怪物について、警察と専門家によって調査が進められている状況です。なお、現在までに出現した怪物は、全て警察や遭遇したミラクリオンによって退治されておりますが、今後も出現する恐れがありますので、外出はお控えください。ただいま、生物学に詳しい黄昏教授と中継がつながっております。...」
「ひでぇ...。なんだってこんな怪物が...。」
「俺も信じられねえ。ネットじゃ政府が裏で実験してた改造人間だとか、宇宙人だとか言われてたぜ」
「なんたって、未知の怪物が襲ってきてるんだもんな。今ならどんな話も信じちまいそうだ。...グッ...!」
突然、風邪か怪我か、頭がズキズキと響くように痛んだ。ヨウが、慌てているのか、少し大きめの声で心配を口にする。
「お前、大丈夫か!?ケガ人だし病人なんだから、少し安静にしてろ」
無理矢理、俺を横にさせ、布団を体にかけた。頭を枕に預けると、少し痛みが引いた。フゥ、と一息つく。しばらく沈黙が続いた。ヨウは気まずさを感じて目を閉じる俺に気付いたのか、話し始めた。
「お前、ラッキーだったな。お前の怪我だって結構酷かっただろ。心配だったんだぜ。特に頭、結構強く打ったみたいだしな...。もう...もう、目を覚まさないのかと...ウッ」
最初は笑いながら話していたヨウだったが、後半はもう、涙ぐんで何を言っているのかわからなかった。
「もう。大げさだ。寝てたのだって、多分半分は奇跡の代償のせいだ。明日には良くなるよ」
ヨウが頷きながら涙と鼻水を右腕で拭う。見てられないので、テーブルに置いてあったティッシュを3枚とって差し出すと、ヨウが小さな声で「ありがとな...」と言った。
「そういえば、そこのベッドで寝てた娘もお前のこと心配してたぞ」
「へぇ、ずいぶん優しい子なんだな」
「ああ。涙か鼻水かわかんないほど顔をぐしょぐしょにして泣いてたからな。『私のせいで、もう目を覚まさなかったらどうしよう』って。連絡したから、もうすぐ戻ってくると思うぞ」
『私のせい』?会ったことがある子なのだろうか。ああ、だめだ。頭痛のせいで思考が回らない。
「ヨウ、悪いんだが、氷とか買ってきてくれないか?頭を、冷やしたくて」
頼ったことが嬉しかったのか、ヨウは笑顔で答える。
「ああ!ちょっと、待ってろ」
ガタガタと急いで椅子から立ち、出口に向かう。そんなときだった。
「ちょっと、黒崎さん!あなたも軽い怪我ではないんだから、安静にしないと!」
突然、部屋の外から看護師と思わしき叫び声が響き渡った。直後、誰かがバタバタと走る音が次第に大きくなってくる。
「目を覚ましたって、本当ですの?!」
扉が「バターン!!」と音を立てて開いた。その勢いよく開いた扉にヨウが額をぶつける。
「あら、ごめんなさい!」
礼儀正しく、ヨウに深々と謝罪をする。俺が驚き固まっていると、その女性は、こちらに勢いよく走って、抱きついてきた。
「ご無事で本当に良かったですわ!私を守って亡くなってしまったらと思うと...!」
突然の出来事に俺の脳はオーバーヒートした。なぜって、今まさに俺に抱きついている女の子が、学校で一目惚れしたあの白衣の天使だからだ。甘い香りと微かな柔らかい感触に、脳がとろけてしまいそうだ。それにしてもこの娘、妙に力が強い。俺の首にがっちりと固定されている細い腕は、俺の力では解くことが難しいほどだ。少し苦しそうな俺の顔を見たのか、彼女がハッと手を離し頭を下げる。
「申し訳ありません。ご挨拶がまだでしたわね。私、お隣の美空ヶ丘大学に通っている、黒崎ダイヤと申しますわ!」
「あ、ああ。よろしく…」
なんというか、初めて見た時と印象が真逆だ。こんなに元気の良い子だとは思わなかった。だが、そのギャップも、すごく「良い」。
「あの、それで、目を覚まされて急に申し訳ないのですが、お願いがございまして…」
顔を赤くして、何やらモジモジしている。何か恥ずかしいお願いなのだろうか。想像するだけで口と股間の角度が上がってしまう。いや、感情と股間が盛り上がってしまうと言った方がいいか。…俺は何を考えているのだろうか。せっかく女の子が勇気を出して頼み事をしてくれるのだ。邪な気持ちなど捨てて、真摯に聴かなければ。
「はい、俺にできる事なら…」
彼女は大きく息を吸い、そして吐いた。緊張しているのだろうか。一体何をお願いされてしまうのか…
「私の、恋人になってくださりますか?」
二人の間にしばし沈黙が流れる。聞き間違いだろうか?そんな訳ないよな。きっと聞き間違いだ。
「......今、何て?俺の聞き間違いでなければ、恋人になってください、と…」
「はい、そのように申し上げましたわ!」
俺とヨウが目を見合わせる。
「え?」
「え?」
「「ええええええええええ???!!!」」
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