# 第三話 閉園した遊園地
シアンが目を覚ました時、ひび割れて汚れた窓の外は明るくなっていた。
「……朝ですカ」
どうやら自分は眠っていたらしい。
ダンジョンマスターは眠らないものだと思っていたが、そんなことはなかった。
眠気はない。
だが確かに昨夜の記憶はある。
遊園地を作ると決めたこと。
アドバイスバルーンを作ったこと。
ブロックリーンを作ったこと。
そして、廃墟の建物を少しだけ片付けたこと。
「オハヨウございます」
「おはようございます!」
元気な声が返ってくる。
アドバイスバルーンだった。
ふよふよと浮かびながら部屋の中へ戻ってくる。
「朝から外を見回っていたのです!」
「熱心ですネ」
「成果もあります!」
「オオ」
「錆びたパイプがありました!」
「いりませんネ」
「タイヤもありました!」
「いりませんネ」
「用途不明の鉄板も!」
「いりませんネ」
「そうですか!」
元気だけは良かった。
シアンは少しだけ笑う。
すると部屋の隅で四角い影が動いた。
ブロックリーンである。
朝から床を掃除していたらしい。
床の一角だけ妙に綺麗になっていた。
「ブロ」
「朝からお仕事ご苦労様ですヨ」
「ブロ」
短く鳴いた。
偉い。
とても偉い。
シアンはそう思った。
「さて」
立ち上がる。
やることは決まっている。
「遊園地作りですネ」
「おおー!」
「ブロ」
しかし現実問題として。
今のペールランドは遊園地どころではなかった。
建物は半壊。
周囲は瓦礫の山。
客を呼ぶ以前の問題である。
「まずは掃除ですヨ」
「おおー!」
「ブロ」
そうして三体は作業を始めた。
もっとも。
アドバイスバルーンは物を持てない。
なので周囲の探索担当である。
ブロックリーンは掃除と補強。
シアンは力仕事担当だった。
「重いですヨ……」
大きなコンクリート片を抱えながらシアンは呻いた。
ステータス上、素早さは高い。
しかし力は全然高くない。
むしろ低い。
「うぐぐ……」
よろよろ運ぶ。
人形なので筋肉痛にはならない。
だが重いものは重い。
そんなシアンの横でブロックリーンがアームを伸ばした。
「ブロ」
床へ薄い光を塗り広げる。
抗菌コーティング。
本来は清掃用らしい。
だが今は補強材として機能していた。
ひび割れた床が崩れない。
「助かりますネ」
「ブロ」
作業は順調だった。
工具箱。
救急箱。
充電器。
虫眼鏡。
使えそうな物も見つかる。
しかし。
大半は断熱材の破片や壁材だった。
「建物一つ掃除するだけでも大変ですネ」
そう呟きながら奥へ進む。
そして。
「あれ?」
シアンは足を止めた。
建物の一番奥。
そこだけ少し雰囲気が違った。
扉は外れている。
だが部屋そのものは比較的綺麗だった。
「立派ですネ」
机。
本棚。
革張りの椅子。
恐らく。
この建物で一番偉い人が使っていた部屋だ。
「支配人室とかでしょうカ」
シアンは机へ近づいた。
引き出しを開く。
中には紙束が入っていた。
「資料?」
取り出してみる。
表紙にはこう書かれていた。
『ファンシーランド収支報告書』
ファンシーランド。
シアンはその名前を知らない。
だが何故か少し気になった。
ページをめくる。
数字が並んでいる。
難しい内容だった。
それでも知識のおかげで意味は分かる。
「赤字」
ぽつりと呟く。
次の年を見る。
また赤字。
さらに次。
赤字。
その次も。
その次も。
「ずっとですネ……」
ページをめくる。
2013。
2014。
2015。
2016。
2017。
2018。
2019。
2020。
全部。
赤字だった。
静かな部屋。
風が吹く。
紙が揺れる。
シアンは最後のページを閉じた。
「頑張っていたんですネ」
誰に言うでもなく呟いた。
遊園地だったのだろう。
人を楽しませる場所だったのだろう。
それなのに。
ずっと苦しかったらしい。
ふと。
別の紙が目に入る。
新聞記事だった。
切り抜かれている。
見出しは大きい。
『ファンシーランド閉園』
シアンは記事を読む。
来園者数の減少。
設備の老朽化。
運営会社の財政悪化。
そして閉園。
2020年10月。
記事は淡々としていた。
だが。
シアンの胸の奥に何かが残った。
「終わったんですネ」
知らない遊園地。
知らない人達。
知らない思い出。
それなのに。
少しだけ寂しかった。
「シアン様?」
アドバイスバルーンが心配そうに聞く。
「大丈夫ですヨ」
シアンは記事を丁寧に引き出しへ戻した。
報告書も戻す。
紙は持ち出さない。
ここに置いておくことにした。
「思い出ですからネ」
「思い出?」
「たぶん」
シアン自身にもよく分からない。
だが。
捨ててはいけない気がした。
机を閉じる。
そして立ち上がる。
「でも」
シアンは笑った。
「終わったなら、また始めればいいんですヨ」
「おおー!」
アドバイスバルーンが歓声を上げる。
「私がやります」
「おおー!」
「もっと楽しい遊園地を作ります」
「おおー!」
元気な返事だった。
その後。
残りの引き出しも調べた。
文房具。
虫眼鏡。
充電器。
メモ帳。
使えそうな物がいくつか見つかる。
それらを回収して外へ運んだ。
すると。
ふと救急箱が目に入る。
工具箱もある。
中には大量のネジ。
ドライバー。
レンチ。
そして絆創膏。
「修理係が欲しいですネ」
シアンは呟いた。
ブロックリーンは掃除担当。
アドバイスバルーンは案内担当。
修理専門はいない。
「賛成です!」
アドバイスバルーンが即答した。
「では作りますカ」
素材をコアの前へ並べる。
救急箱。
工具箱。
ネジ。
ドライバー。
絆創膏。
青い光が伸びた。
素材が粒子へ変わる。
吸い込まれていく。
『素材登録完了』
コアが告げる。
「召喚」
光が渦巻いた。
回る。
回る。
回る。
そして。
工具箱が現れた。
だがただの工具箱ではない。
手足がある。
白衣を着ている。
正面にはカメラのような単眼。
妙に医者っぽい。
「起動確認」
低い声が響いた。
「オオー」
シアンは感心する。
なんだか格好いい。
「自己診断完了」
単眼が光る。
「作業可能です」
「お名前は?」
「未設定です」
「ナルホド」
シアンは考える。
医者。
工具。
修理。
「ドクター・カーペンターですネ」
「登録完了」
即座に受理された。
柔軟である。
「ステータス確認」
シアンが言う。
半透明の画面が現れた。
【ドクター・カーペンター】
Lv1
HP10/10
MP10/10
ATK1
DEF25
SPD1
スキル
【アイテムドクター】
物品修復用の特殊絆創膏を生成する。
貼付対象は一日かけて修復される。
「硬いですネ」
「戦闘向きではありません」
「正直ですネ」
「事実です」
即答だった。
シアンはますます気に入った。
「ではお仕事です。試しにこの椅子を直してみてください。」
「了解」
ドクター・カーペンターが絆創膏を取り出した。
壊れた椅子へ貼る。
ぺたり。
それだけだった。
「これで終わりですカ?」
「一日後に修復されます」
「オオー」
便利だった。
とても便利だった。
シアンは周囲を見回す。
壊れた棚。
壊れた机。
壊れた遊具。
壊れた建物。
仕事はいくらでもある。
「忙しくなりますネ」
「問題ありません」
ドクター・カーペンターが答える。
頼もしい。
夕日が差し込む。
アドバイスバルーン。
ブロックリーン。
ドクター・カーペンター。
三体のモンスターが並んでいた。
まだ遊園地ではない。
ただの廃墟だ。
だが昨日より確実に前へ進んでいる。
シアンは遠くに見える壊れた観覧車を見上げた。
「待っていてくださいネ」
誰に向けた言葉なのか。
自分でも分からなかった。
「ファンシーランド」
その名を初めて口にする。
そして静かに笑った。
「今度は失敗しませんヨ」
廃墟の遊園地に吹く風はまだ冷たかった。
けれど。
その場所には確かに、小さな開園準備の音が響き始めていた。




