第74話「ミレーユの証言」
大公謁見の間はレオンハルト王太子の失墜によって誰一人として言葉を発することのできない果てしなく重い沈黙の底に沈み込んでいた。
王国の最高権力者たちが己の無自覚な罪を突きつけられただ息を殺して下を向く中、エリシアは次なる証言者を静かに呼び寄せる。
重厚な木製の扉が低い音を立てて開かれ、騎士に先導されて広間に入ってきたのはミレーユ・フォン・アルトワ男爵令嬢であった。
彼女が証言台の前に立った瞬間、議席に座る権力者たちの間に微かなさざ波のようなざわめきが広がった。
彼らはこのか弱く愛らしい令嬢がまたいつものように涙を流し、王太子を庇うために必死に情に訴えかけるのだろうと高を括っていた。
しかし証言台に立ったミレーユの姿は彼らの薄っぺらい期待を静かに裏切るものであった。
彼女は過剰な装飾を省いた質素なドレスを身に纏い、その顔にはかつて王宮の大人たちを喜ばせていたような愛らしく儚げな微笑みは浮かんでいない。
庇護欲をそそるような怯えた涙もそこには存在しなかった。
「私が本日この場でお話ししたいのは王宮という美しい場所で感情というものがどのように消費され利用されてきたかという真実についてです」
ミレーユの透き通るような声が大理石の床に静かに響き渡る。
「私は後ろ盾のない下位貴族の娘としてこの王宮へ上がりました。そこで私が生き残るために大人たちから求められたのは決して有能さや知性などではありません。私が怯えて可哀想な少女として涙を流せば不都合な追及は有耶無耶になり誰かが正義の味方として動いてくれる。皆様は複雑で泥臭い現実に向き合う代わりに分かりやすくて愛らしい感情というお芝居を私に求め続けたのです」
ミレーユはただ自分を悲劇の被害者として美化するようなことは決してしなかった。
「私は大人たちが望む通りの愛らしくて可哀想な少女という役割を演じ続けることで自分自身の安全な居場所を確保しようとしました。そして私もまたその甘い特権に溺れ、結果としてエリシア様からすべてを理不尽に奪い去るという残酷な暴力の一部を自ら喜んで担ってしまったのです」
彼女の細い肩は過去の過ちを口にするたびに微かに震えていたが、その声が途切れることはなかった。
エリシアは証言台に真っ直ぐに立つミレーユの姿を静かに見つめ続けていた。
自分が何故この場に証言者として立てたのか——ミレーユはそれを分かっていた。
貧民街の慈善行事が崩壊しかけた時、エリシアは自分を公衆の前で叱りつけることなく、ただ現実を突きつけた。
雨の中でうずくまっていた時も、エリシアは優しい嘘を言わなかった。
嘘の涙で誰かを操ることに慣れた自分に対して、エリシアだけは正面から向き合ってくれた。
それが信頼と呼べるものかどうか、ミレーユにはまだ分からない。
しかし少なくともエリシアは、自分の「本当の姿」を見ていた。可哀想な少女としてではなく。
「私はここに立つことを、長い間迷いました」
ミレーユは声のトーンをわずかに変えた。
「しかしエリシア様が泥にまみれながらも真実から目を逸らさずに戦っておられる姿を見て——私にも同じことができるかもしれないと思いました。私は長い間、誰かの都合のいい感情の道具として生きてきた。しかし今日ここでは、私自身の言葉で話すことができます」
「私はもう二度と誰かの都合の良いお飾りとして微笑んだり涙を流したりはいたしません。私が犯した罪は決して消えることはありませんがせめてこの場で真実を語ることでこれまで握り潰されてきた無数の声なき声に報いたいのです」
ミレーユの最後の言葉が静かに広間の空気に溶け込んでいく。
エリシアは無言のまま真っ直ぐにミレーユを見つめ返した。
ミレーユもまた顔を上げ、逃げることなく真っ直ぐにエリシアを見つめ返す。
二人の視線が静かに交錯した瞬間、そこには言葉を飾る必要のない確かな理解だけが宿っていた。
過去の残酷な事実が消えるわけではないが、同じ痛みを経て自らの足で立った者同士の静かな結びつきがその視線には込められている。
二人は決して分かり合えるはずのない対極の存在だったが、今はこの果てしない戦いの中で誰よりも深く理解し合える戦友となっていた。
議席に座る権力者たちは誰一人として言葉を発することができず、息苦しい沈黙だけが大公謁見の間を重く支配していた。
背後に控えるユリウスは無言のまま腕を組み、二人の作り出したその圧倒的な空間をただ静かに見守り続けている。
彼の瞳にはこの国を覆っていたシステムが音を立てて崩れていくのを確かめるような静かな光が宿っていた。




