第62話「終わらない歪み」
冷たい夜風が王立苦情処理局の古い窓ガラスを細かく揺らしていた。
エリシアは薄暗い執務室の机に向かい、山のように積まれた書類をただ静かに見つめている。
アルヴェイン伯をあの華やかな白百合の間で完全に失脚させてから、すでに数時間が経過していた。
しかしエリシアの胸の奥には、長年の過酷な戦いを終えた安堵感や達成感など微塵も存在していない。
ぽっかりと空いた決定的な空白だけが彼女の心をひどく冷たく支配し続けている。
そこへ、扉を叩く音がした。
使いの者が差し出したのは、今日届いたばかりの陳情書だった。
局の普通の窓口に、夕刻に持ち込まれたものだという。
エリシアは何気なく封を切った。
書かれていたのは、地方の小さな市場での問題だった。
ある商会が市場の場所代を不当に引き上げ、古くから商いをしていた小さな店が追い出されそうになっているという訴えだった。
文字は乱れており、書いた者がどれほど震える手でペンを握ったかが伝わってくる。
エリシアはその紙をしばらく、ただじっと見つめた。
アルヴェイン伯は今日、失脚した。
だがこの陳情書は、今日届いた。
「……疲れた」
声に出したつもりはなかった。しかしその言葉は、確かに彼女の唇からこぼれた。
それは嘆きではなく、自分でも驚くほど静かな確認だった。
巨悪を倒した今も、国の片隅では別の誰かが怯えながらペンを握っている。
自分の勝利など、この陳情書一枚の前では意味をなさない。
エリシアは小さく息を吸い、その陳情書を自分の前に広げた。
素手でページに触れると、紙のざらついた感触が直接指先に伝わってくる。
アルヴェイン伯という分かりやすい寄生者を切り落としても、宿主であるこの王宮の構造そのものは何一つ痛痒を感じていないのだ。
上座に座る高位の貴族たちは厄介な彼を切り捨てることで、自分たちの事勿れ主義を美しく漂白してしまったからだ。
エリシアはゆっくりと顔を上げて向かいに座る無骨な共犯者の目を真っ直ぐに見つめ返し、静かに言った。
「ユリウス様。アルヴェイン伯を失脚させた翌日に、もう次の陳情書が届きました」
彼女はその紙をユリウスの前に静かに置いた。
ユリウスは書類を一瞥し、短く鼻を鳴らした。
「ああ。そうだろうな」
「これが止まらない限り、私たちの戦いは終わらない」
「分かりやすい悪党を盤面から排除してようやく俺たちは本当の暗闇の前に立った。あの狸親父が調子に乗って私腹を肥やせたのも、この国に善意の黙殺という強固な土壌がすでにあったからだ」
エリシアは深く息を吸い込み、インクで汚れた冷え切った指先を強く握りしめた。
「ええ。本当にその通りですね。私は自分の有能さを手軽に証明するためだけに分かりやすい敵を必要としていた——かつての私と根本的には何も変わっていませんでした」
「ですがもう二度とそのような都合の良い見せかけの正しさには逃げ込みません。アルヴェイン伯という目障りな幕はすでに引きずり下ろされました。これからは私たちがこの国を覆う醜い舞台装置そのものを解体して、本当の痛みに向き合う番です」
ユリウスは凶暴な笑みを微かに浮かべて、机の上に積み上げられた古い書類の束を乱暴に叩いた。
「そうだ。ここからが苦情処理局の本当の厄介で泥臭い仕事の始まりだ。誰も見向きもしない名もなき悲鳴を一つずつ拾い集めて、この美しい国の分厚いガラスの天井を内側から完全に叩き割ってやるぞ」
二人の間にはもはや上司と部下という冷たい境界線はすでになく、強固な信頼と重い覚悟だけが存在していた。
エリシアは机の上の新しい陳情書を手にとり、丁寧に読み始めた。
古い窓ガラスを容赦なく打ち据える雨音が薄暗い執務室の中に重く響き渡る。
王宮の表面を覆う完璧で美しい死の静寂は、その荒々しい雨音によって微かに揺らぎ始めているように感じられた。
エリシアは古い羊皮紙の束をインクで汚れた素手で力強く握りしめたまま、目前に迫る果てしない戦いへと真っ直ぐに前を見据えた。




