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婚約破棄された令嬢は、修道院ではなく王立苦情処理局で真実を拾う  作者: 早野 茂


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第63話「旧陳情制度の記録」

王立苦情処理局の地下深くにある旧保管庫はひどくカビ臭く、底冷えのする重い空気に満ちていた。

窓一つない石造りの部屋には長い年月を経て堆積した埃が分厚い層を作って息苦しいほどに静まり返っている。


エリシアは薄暗いランプの頼りない光だけを頼りに、山のように積まれた古い書類の束を一つずつ丁寧に紐解いていた。


廃止された旧陳情制度の記録は誰の目にも触れることなく、何十年もこの深い暗闇の中でただ静かに眠り続けていたのだ。

アルヴェイン伯という分かりやすい悪を完全に失脚させた今となっては、もう調べる必要のない過去の遺物かもしれない。


しかし彼女は得体の知れない強迫観念に突き動かされるように、古い羊皮紙の山と孤独に向き合い続けていた。


触れるだけで崩れ落ちそうなほど劣化した麻紐を慎重にほどいて中身を開くと、そこに綴られているのは名もなき人々の切実な声なき悲鳴ばかりであった。


地方の貧しい村への冬の支援物資が不自然に遅れているという村長からの悲痛な訴えや、力のない辺境の男爵が上位貴族から領地の過剰な徴発を長年にわたって強要されているという怒りに満ちた告発状がある。


インクの深い染みや不規則な涙の痕が残る文字の乱れからは、彼らがどれほどの恐怖と絶望の中でこの陳情書を震える手で書き上げたのかが痛いほどに伝わってくる。


エリシアはふと手を止め、自分が数えていることに気づいた。


自分がこの局に来たのはいつだったか——そこから今日まで、自分が関わった案件は何件あったか。

そして今この木箱の中にある陳情書は、何十年分にわたって積み重ねられているか。


「私が来る前に……何人が見捨てられたのだろうか」


声に出したつもりはなかったが、その問いは暗闇の中にひっそりと落ちた。


それは自己嫌悪ではなく、静かな確認だった。

自分がこの局に来る以前から、この国は何十年も声なき悲鳴を積み上げてきた。

自分が処理できた案件など、その山のほんのひとかけらにすぎない。


しかしだからこそ、この仕事は終わらない。

だからこそ、一件ずつ積み上げていくことに意味がある。


エリシアはその問いを心の中に刻み、再び書類をめくり始めた。


それぞれの書類のどこを見ても、却下や差し戻しや調査開始といった正式な処理が行われた公的な印は一切押されていない。

ただ書類の余白部分に、歴代の担当の事務官たちが書き残したと思われる短く無責任なメモが殴り書きされているだけだ。


『影響力のある大商会ゆえ一旦保留』『教会支部との関係悪化を懸念して後日判断』『領主の機嫌を損ねるため塩漬け』。


それらの言い訳がましい言葉の羅列を目にした瞬間、エリシアの頭の中でバラバラだった謎が一つの恐ろしい形を結んだ。


この国を根底から深く腐らせている怪物の正体は、強大な権力を持った一人の邪悪な天才などではなかったのである。

それは日々の面倒な揉め事を避けたいという、どこにでもいる平凡な役人たちの凡庸な保身の積み重ねにすぎなかった。

誰の代でも波風を立てず、ただ見ないふりをして厄介な訴えを奥へ奥へと積み上げ続けてきた結果。

見ないこと、後に回すこと、揉めさせないことが、数十年の間に誰も逆らえない暗黙の強固な制度として深く定着してしまっていたのだ。


あの優雅で冷酷なアルヴェイン伯のような権力者でさえ、この淀んで腐りきった事勿れ主義の巨大な土壌を利用していたにすぎない。

入り口の段階で民の切実な声が自動的に殺されるこの狂ったシステムこそが、王国を蝕む本当の病巣だったのである。


「私は一体何と戦って、何を正そうとしていたのでしょうか」


エリシアの血の気のない唇からこぼれ落ちた呟きは、湿った黴の匂いのする暗い部屋の空気に虚しく吸い込まれて消えた。


しかしその問いは、以前のような絶望の問いではなかった。

それは使命感の更新だった。

自分が来る前に何人が見捨てられたか——その問いが、これからの自分が何をすべきかを静かに指し示していた。


重い足音とともにユリウスが旧保管庫の古びた分厚い木の扉を押し開けてゆっくりと入ってきた。

彼はひどく埃っぽい地下の空気にわずかに顔をしかめながら、エリシアの足元に散乱する書類の山を冷徹な瞳で見下ろした。


「どうやらお前もようやくこの美しい国の本当の悍ましい姿に気づいたようだな」


「ええ。私たちは特定の悪人を倒せばすべてが解決すると傲慢にも信じ込んでいました。秩序を守るという善意の仮面を被ったこのシステムそのものが私たちの真の敵だったのですね」


「お前が触れているその古い記録の山は、かつて誰かが大局のために平然と握り潰した無力な犠牲者たちの血塗られた墓標だ。あの狸親父はその便利なシステムに乗っかって甘い汁を吸っていた寄生虫にすぎない。これから俺たちが相手にするのはこの国を隅々まで支配する善意という名の果てしない狂気だ」


二人の間には言葉による浅い確認など一切必要のない盤石な信頼が構築されていた。


「ええ。かつての私は純白の手袋で汚れを遠ざけて自分だけの美しい世界を守ろうとしていました。でも今の私にはどんな汚れをも恐れないこの素手があります。何十年も前に暗闇に葬られたこの声なき悲鳴を、今度こそ私たちの手で光の当たる場所へと完全に引きずり出してみせます」


地下の旧保管庫にはカビと埃の不快な匂いがどこまでも重く立ち込めている。

エリシアは古い羊皮紙の束を素手で力強く握りしめ、本当の意味での終わりのない戦いへと静かに歩みを進め始めたのである。


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