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婚約破棄された令嬢は、修道院ではなく王立苦情処理局で真実を拾う  作者: 早野 茂


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第36話「告発」

王宮の深部にある査問委員会の会議室は、重厚なマホガニーの壁と空高くそびえるアーチ状の天井に囲まれ、常に威圧的で冷たい空気が張り詰めていた。


円形に配置されたひな壇の席には王国の司法と監査を司る高位の貴族や特任委員たちがずらりと並び、その中心に設けられた証言台に立つただ一人の実務官を値踏みするような冷ややかな視線で見下ろしていた。


彼らの多くは王都の華やかな夜会で交わされる噂話や権力者同士の腹の探り合いには長けていても、泥臭い数字の矛盾や地方の裏帳簿などに興味を持つ者などほとんどいない。


だが無数の厳しい視線と重苦しい空気に晒されながらも、エリシアの背筋は定規で測ったかのように真っ直ぐに伸び、その姿勢には一ミリの揺らぎもなかった。

彼女のすぐ背後には次席監察官であるユリウスが腕を組み、壁に寄りかかるようにして無言で立ち会っている。


「これより地方駐屯騎士団、近隣礼拝堂、および王都の物流業者による、大規模かつ組織的な物資の横流しと資金洗浄の手口を立証いたします」


エリシアの声は感情を完全に排し、ただ事実だけを切り出す鋭い氷の刃となって、広い会議室に静かに響き渡った。


彼女は黒いインクの染みがいくつもついた純白の絹の手袋で、机の上に高く積まれた証拠書類の束から数枚の紙を抜き出し委員たちの前へと滑らせる。


「まずはこの駐屯騎士団の補給簿と、周辺の村からの徴発記録をご覧ください。先月、吹雪による遭難者の救護活動という名目で大量の越冬用毛布と携帯食料が消費されたことになっています。しかし同日の周辺地域からの救護要請の記録は一切存在しません。さらにこの日出立した騎士団の馬車が通過した街道の関所における重量通行税の支払い記録を照らし合わせれば、出発時よりも帰還時のほうが積載重量が明らかに軽くなっていることが証明できます。彼らは騎士団内部の帳簿は偽装できても、別組織である街道管理者の徴税記録までは改竄できなかったのです」


ひな壇の席に座っていた一人の年配の貴族が、不快げに顔をしかめて口を挟んだ。


「実務官殿。それはただの書類上の記載ミスか、あるいは現場の騎士たちが過酷な環境に耐えかねて行った、ささやかな小遣い稼ぎにすぎないのではないか。それを一々、王都の査問委員会で取り上げるなど大袈裟すぎる」


「単なる末端の横領であれば私が出る幕はありません。問題は、これが巧妙に計算された資金洗浄の構造の一部であるという点です」


エリシアは瞬き一つせず、相手の苦し紛れの反論を冷徹に封殺し、さらに別の書類を提示した。


「次に、こちらの教会の修繕費請求書と先ほどの商会の輸送伝票をご確認ください。騎士団の物資が消えたのと全く同じ日、同じ商会から近隣礼拝堂へ向けて大量の大理石と屋根用木材が納品されたことになっています。代金は王都から全額支払われています。ですが私が現地を査察した結果、教会の屋根には未だに穴が空いたままであり、大理石など欠片も存在していませんでした」


エリシアの論理は、一切の逃げ場を許さない完璧な罠のように、徐々にその包囲網を狭めていく。


「騎士団は遭難者の救護という大義名分で物資を商会へ横流しし、教会は礼拝堂の修繕という名目で同じ商会へ架空の発注を行いました。商会はただ書類の上で横流し品を修繕資材にすり替え、莫大な差額を利益として吸い上げていたのです。これが地方の現場だけで完結する小遣い稼ぎだとは到底言えません」


会議室の空気が、微かにざわめき始めた。


「そして、この巧妙なシステムを根底で支え、最終的に利益を王都へと還流させている存在こそが、この事件の真の黒幕です」


エリシアは最後の一手として、分厚い調書の束の中から最も重要な数枚の許可証の写しを引き抜き、高く掲げた。


「記載ミスではありません。これらすべての不正な消費と架空の修繕を適正な処理として最終的に承認した人物は、すべて同一の事務ラインに属しています。王室林野局、地方監査室次長。全く別の部署の責任者たちのサインが記されていますが、書類の末尾には共通して、この小さな許認可の印が押されています」


エリシアが提示したその印を見た瞬間、ひな壇の委員たちの間に、ごくりと息を呑むような重く緊迫した沈黙が落ちた。


「これらの印は、王宮の奥深くに陣取る王弟派の中枢、アルヴェイン伯の事務方から下賜されたものです。点在するすべての不正は、この印を媒介にして太い一本の線へと繋がり、王宮へと至る腐敗の連鎖を形成しています。彼らは治安維持や慈善といったもっともらしい大義名分を隠れ蓑にして王国の資金を吸い上げ、自らの権力を維持するための資金源としていたのです」


決定的な名前が会議室に響き渡った。


アルヴェイン伯。誰もが恐れ触れることすら避けてきた巨大な黒幕の尻尾を、一介の実務官にすぎないエリシアが完全に逃げ場のない論理の檻の中に押さえ込んだのだ。


会議室には、不正を暴いたことに対する称賛の拍手など一切起こらない。

現場の貴族たちはただ、自分たちの足元にまで及ぶかもしれない冷たい論理の刃の鋭さに戦慄し、気味の悪い化け物でも見るような目で銀髪の娘を凝視しているだけだった。


沈黙だけが、彼女の完全なる勝利を証明している。

背後の壁に寄りかかっていたユリウスが、小さく、しかし確かな感嘆の息を吐き出したのが聞こえた。


エリシアは純白の絹の手袋の指先を一つずつ丁寧に整え直し、静かに一礼して証言台を降りた。


(ついに……彼を引きずり出しました。私の正しさが、この腐敗の連鎖を完全に破壊したのです)


席へと戻る彼女の胸の奥では、これまでに味わったことのない確かな手応えと高揚感が燃え上がっていた。


だがその完璧で美しい勝利は、彼女がこれまで見て見ぬふりをしてきた「正しさの副作用」が残酷に破裂するための前触れにすぎなかった。

自分が振るった冷酷な正義の刃が、制度では救えない一番弱い場所へ致命的なしわ寄せをもたらすことなど、歓喜に包まれた今の彼女はまだ微塵も気づいていなかったのである。


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