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婚約破棄された令嬢は、修道院ではなく王立苦情処理局で真実を拾う  作者: 早野 茂


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第27話「ミレーユとの再会」

匿名の噂紙の出所を追う調査の過程で、エリシアは王宮の奥深くにある古い資料室へと向かっていた。


大理石の廊下に響く自分の規則正しい足音は、彼女が王宮を追放されたあの夜と同じ冷たさを持っている。


かつての彼女にとってこの輝かしい王宮は、将来の王妃として完璧に振る舞うことだけを生きがいとしていた美しい世界だった。

王国の未来を背負うという重責を誇りに思い、自分から感情を完全に切り離してでもその役割を全うしようとしていたのだ。


しかし今の彼女にとってこの広大な空間は、権力と醜い欲望が複雑に絡み合う冷酷な盤面にしか見えなかった。


先日解決した持参金問題で、伯爵夫人は傷ついた人間関係は二度と元には戻らないという悲痛な事実を突きつけてきた。

さらに王都の安酒場で噂紙の卑劣な記者と対峙した彼女は、大衆の暗い快楽の前に「正しさの限界」をはっきりと知らされたばかりだ。


自分が信じてきた冷徹な正義は、本当にこの国の人々を救うための刃として正しく機能しているのだろうか。

その重く冷たい無力感が、インクの染みがついた純白の手袋の奥で今もなお静かにうずき続けている。


一人でその冷酷な現実を深く噛み締めながら歩く彼女の前に、突如として華やかな香水の匂いが漂ってきた。

長い回廊の向こうから、数人の着飾った侍女たちを従えた豪奢な一行がゆっくりと近づいてきたのだ。


きらびやかな装飾が施されたその中心で、柔らかなパステルカラーの美しいドレスに身を包んでいるのはミレーユである。

あの夜にエリシアから王太子の婚約者の座を奪い、今は次期王太子妃としてこの王宮に住まう少女だ。


侍女たちはかつての王太子妃候補であったエリシアの姿を認めると、あからさまな軽蔑と嘲笑の視線を向けてきた。


エリシアは無言のまま静かに足を止め、冷たい壁際に寄って臣下としての完璧な礼の姿勢をとって深く頭を下げた。


ただ静かにその場をやり過ごそうとする彼女の前で、不意に一行の足音がピタリと止まる。


「ごきげんよう、エリシア様」


高く澄んだ鈴を転がすような美しい声が、静まり返った冷たい大理石の重厚な回廊に不意に響き渡った。


ゆっくりと顔を上げたエリシアの目に映ったのは、以前と変わらぬ可憐さを完璧に保ったミレーユの姿だ。

ふわりとした亜麻色の髪や透き通るような白い肌は、誰の目にも眩しいほどの圧倒的な美しさに映る。


しかし冷徹な観察眼を持つ今のエリシアには、その美しい姿に奇妙で決定的な違和感がはっきりと感じられた。


ミレーユの視線の置き方や微笑みの角度が、人間離れして不自然なほどに一寸の狂いもなく整いすぎているのだ。

かつての彼女はもっと感情豊かで、人を傷つけることすら厭わないような無邪気で残酷な生気に満ち溢れていたはずである。

だが今の彼女の表情は、あらかじめ計算された角度で表情の筋肉を動かすためだけに作られた精密な人形のようだった。


よく見れば柔らかなドレスの陰で、彼女の小さな手が微かに震えながら上質な布地を強く握りしめているのがわかる。

その揺れる瞳の奥には恋の勝者としての優越感など全くなく、はっきりとした切実な怯えが浮かんでいた。


「苦情処理局という泥まみれの場所でのお仕事は、さぞかし毎日大変でございましょうね」


言葉そのものは相手への思いやりに満ちているように聞こえるが、声のトーンには感情の自然な抑揚が全く欠落していた。


あの卒業舞踏会の夜、自分がどれほど冷徹に正しく振る舞おうとも、彼女のその無邪気な涙一つに負け、あっけなく全てを奪われた。

こうして再び相まみえ、彼女の顔を直視すれば、もっと激しい怒りや生々しい憎悪が真っ直ぐに湧き上がるものだと思っていた。


しかし今のエリシアの胸に広がったのは、怒りや憎しみといった単純な感情ではなく、底知れぬ奇妙な違和感だった。


目の前にいる少女は、自分が望んだはずの王太子妃という輝かしい座を手に入れた、疑いようのない圧倒的な勝者のはずだ。

それなのに彼女が全身から放っているのは、幸福の絶頂にいる人間のオーラではなく、追い詰められた敗者のようなひどく張り詰めた空気だった。


ふとエリシアは、ある問いが浮かぶのを感じた。


——なぜ、彼女は泣けるのに、私は泣けないのだろうか。


あの夜、ミレーユは涙を流して庇護を求め、周囲の同情を一身に集めた。

自分は泣かなかった。いや——正確には、泣けなかったのだ。

泣くことは敗北だと信じていたから。感情を見せることは武器を手放すことだと学んでいたから。


しかしミレーユはその涙で何かを守り、そして今また違う重圧の下で別の何かを守ろうとしている。

自分はどうだろうか——何かを守るために、何かを諦めてきたのではないか。


その問いは答えが出ないまま、しかし確かに胸の奥に刺さった。


「お気遣い痛み入ります。次期王太子妃殿下におかれましてもお変わりないようで、何よりでございます」


エリシアは一切の個人的な感情を交えずに、定規で測ったかのように真っ直ぐな姿勢のままで淡々とそう返した。


その無機質で冷徹な実務官としての声を聞いて、ミレーユの華奢な肩が微かにびくっと跳ね上がる。


彼女はそれ以上取り繕った言葉を続けることができず、ひきつった美しい笑顔を浮かべたまま足早に立ち去っていった。

取り巻きの侍女たちも慌ててその後を追い、回廊には再び重苦しい静寂と冷たい空気だけが残された。


急ぎ足で遠ざかる一行の小さな後ろ姿を見送りながら、エリシアは冷たい大理石の壁に寄りかかって静かに目を伏せた。


王宮という伏魔殿の中で、今の彼女は周囲から求められる可憐で無垢な笑顔を、ただ必死に守っているだけの脆い存在に見えた。

その過剰に不自然な姿は、見えない巨大な圧力によって徐々に精神を摩耗しつつあるように思える。


アルヴェイン伯のような狡猾な権力者が暗躍し、匿名の噂紙が人々の悪意を底無しに煽り立てるこの王都の深い闇。

その巨大な悪意の波は、末端の平民や貴族たちだけでなく、王宮の中枢にいるはずの王太子妃候補の心までも静かに蝕んでいるのではないか。


ミレーユという少女もまた、この国を覆う強大な悪意の構造の中で、ただ絡め取られているだけなのかもしれない。


自分が激しく憎むべき相手すらも正体不明の闇に怯えているという事実が、エリシアにはひどく恐ろしく感じられた。

そして、なぜ彼女は泣けるのに自分は泣けないのか——その問いがまだ、胸の奥で静かに響いていた。


冷徹な正しさだけで人を救うことはできないと思い知った直後に、このあまりにも不可解で静かな再会である。


彼女の心に生まれた新たな濁りは、やがて王都全体を飲み込む大きな事件の不吉な前兆のように静かに広がっていく。

だが彼女は立ち止まることなく、事実の断片を拾い上げて冷酷な真実を暴き出すという自分の職務を最後まで全うするしかない。


エリシアは小さく深呼吸をして再び真っ直ぐに背筋を伸ばし、書類の詰まった鞄を手に資料室へと力強い歩みを進めた。


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