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自分の娘に転生したので息子を当主にするべく暗躍します。  作者: あとりえむ


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第六帖

翌朝、私たち兄妹は本邸の最も広く豪華な大広間へと引きずり出された。


私がこの本邸の敷居を跨ぐのは、あの冷たい秋の日に粗末な離れへと追いやられて以来、実に五年ぶりのことだった。


磨き上げられた板の間の冷たさが、薄い単衣しか着ていない足の裏からひしひしと伝わってくる。周囲には、名門の姫である鈿芽に媚びへつらう家臣たちや使用人たちがずらりと並び、私たちを汚物でも見るかのような冷ややかな視線で見下ろしていた。


広間の一段高くなった上座には、豪華な直衣を身に纏い、相変わらず誰もが息を呑むほどに美しい私の父親、葛城景冬が気怠げに座っている。


その隣には、燃えるような紅色の装束を着こなした鈿芽が、扇で口元を隠しながらも隠しきれない憎悪と優越感を滲ませて座っていた。昨夜の激怒の余韻か、彼女から漂う重たい香の匂いは、いつも以上に鼻をつくほど強烈だった。


「旦那様! この卑しい血の子供たちを、一刻も早くこの屋敷から叩き出してくださいませ!」


鈿芽の金切り声が、しんと静まり返った広間に響き渡った。


「私の忠実な手足となる者たちを陥れるような、狡猾で忌まわしいネズミです。名門である私の実家への侮辱にも等しい振る舞い、到底看過できるものではございません。このような身の程知らずの子供たちなど、葛城の家の恥。即刻、都の外へ追放すべきですわ!」


特権階級の誇りを傷つけられた彼女の要求は、有無を言わさぬほどの剣幕だった。


家の繁栄のために鈿芽の実家の後ろ盾を必要としている景冬は、面倒くさそうに溜息をつきながら、今まで見向きもしなかった私たちの方へと初めて視線を落とした。


香香丸は私を庇うように少し前に立ち、景冬と鈿芽を鋭い眼光で睨みつけている。

私は兄の背中に半分隠れるようにして、静かに、そして計算し尽くした完璧な角度で顔を上げ、実の父親と真っ向から視線を合わせた。



その瞬間だった。

気怠げだった景冬の表情が、雷に打たれたように完全に硬直した。

彼の切れ長の瞳が限界まで見開かれ、手の中で弄んでいた扇が音を立てて畳の上に滑り落ちる。


五年ぶりに見る実の娘の姿に、彼は言葉を失っていたのだ。

無理もない。七歳になった私の容姿は、彼がかつてその美しさゆえに見初め、そして美しさが衰えたからとあっさりと見捨てた前世の私、すなわち彼の亡き正妻の面影を、残酷なまでに色濃く受け継いでいたのだから。


いや、ただ似ているだけではない。

過酷な環境で育ったゆえの透き通るような白い肌、夜の闇を溶かしたような艶やかな黒髪。そして何より、七歳の子供とは思えない、底知れぬ知性と冷ややかな大人の色気を宿した私の瞳は、前世の私のような儚いだけの美しさとは次元の違う、完成された芸術品のような圧倒的な器量の良さを放っていた。


景冬の頭の中で、彼自身の傲慢な合理主義と、無自覚な美への依存が激しく火花を散らす音が聞こえるようだった。


「お前は……沙羅、なのか……?」


景冬は上座から立ち上がり、何かに取り憑かれたようにふらふらと私の前まで歩み寄ってきた。


私は子供らしい無邪気さと、名家の姫としての完璧な気品を同時に演じながら、流れるような動作で深く叩頭した。


「はい、お父様。長らくお目にかかることも叶わず、申し訳ございません。お父様のご健勝を、離れより毎日祈っておりました」


私が紡ぎ出した言葉の響き、その抑揚、そして寸分の狂いもない優雅な所作。

それは、大した身分でもない下級貴族の娘が独学で身につけられるようなものではない。宮中の奥深くで最高の教育を受けた姫君にしか許されないような、完璧な教養の証だった。


景冬の瞳の奥に、暗く、そして熱狂的な欲望の炎がボッと燃え上がるのを私は確かに見た。


この男は理解したのだ。

自分の目の前にいる、ぼろを纏った七歳の娘が、鈿芽の実家の権力など容易く凌駕するほどの「至高の道具」であることを。


この並外れた美貌と、神がかり的な才覚を持つ娘を磨き上げ、帝の後宮へと送り込めば、葛城の家は間違いなく帝の寵愛を独占し、天下の権力をその手に握ることができる。

彼にとって、これほど利用価値の高い手駒は他になかった。


「素晴らしい……。なんという美しさ、なんという教養だ。私の血を引く娘が、これほどの宝に育っていたとは!」


景冬はひざまずき、私の小さな両手を彼自身の大きな手で包み込んだ。

その声は歓喜に震え、まるでこの世のすべての奇跡を目の当たりにしたかのような熱を帯びていた。


「旦那様!? 何を仰っているのですか! その娘は私を陥れた忌々しい……!」


上座で激昂する鈿芽に向かって、景冬はかつて私を切り捨てた時と同じ、氷のように冷酷な一瞥を向けた。


「黙れ、鈿芽。この娘は葛城の家の至宝だ。お前のくだらない嫉妬で、この家最大の利益を損なうつもりか」


「な……っ!」


名門の姫である自分が、あろうことか身の程知らずの卑しい娘のせいで夫から叱責された。


鈿芽は信じられないものを見るように目を見開き、わなわなと震えながらその場にへたり込んだ。彼女の特権階級としての高いプライドが、音を立てて粉々に砕け散った瞬間だった。


私は景冬の温かい手に包まれながら、泣き崩れる鈿芽を冷ややかな視線で見下ろした。

ざまあみなさい。あなたの薄っぺらい権力など、この男の底知れぬ強欲の前では何の役にも立たないのだから。



その日から、私の待遇は劇的に変わった。

景冬は打算からくる過剰な特別扱い、すなわち偽装溺愛を突如として始めたのだ。

私は北外れの離れから、本邸の最も日当たりの良い、豪華な調度品で飾られた部屋へと移された。


景冬は私の機嫌を取るために、都で一番の職人に誂えさせた色鮮やかな絹織物や、異国から取り寄せた目も眩むような宝飾品を、毎日のように山のように運び込ませた。


私の美しさをさらに引き立てるため、最高の化粧道具が与えられ、私の身の回りの世話をするために数十人もの優秀な使用人がつけられた。


景冬が満足げに私を眺めるたびに、私は最高の娘のフリをして愛らしい笑顔を振り撒いた。


「お父様、こんなに素晴らしいお着物、本当に私に着てよろしいの? とっても嬉しいです」


「ああ、沙羅。お前にはこの世の最高のものがふさわしい。お前は私にとって、何よりも大切な娘なのだから」


心にもない愛情劇を演じながら、私は景冬が部屋を退出した瞬間に、その笑顔を氷のように冷たく消し去った。


この男が私に注いでいるのは愛情ではない。いつか高く売るための、道具への手入れだ。

ならば、その投資を最大限に利用させてもらうまで。


私は景冬から与えられた高価な絹や宝飾品を、登代を通じて信頼できる商人へ横流しし、すべて裏で金に換えていった。

その莫大な資金の行き先は、ただ一つ。私の最愛の兄、香香丸の未来のためだ。


香香丸が元服した後に朝廷で確固たる地位を築けるよう、私は優秀な家庭教師を裏で雇い、彼を支援してくれる有力な貴族たちへの賄賂として、景冬の財産を惜しみなく注ぎ込んだ。


景冬は自分の娘が贅沢を楽しんでいると信じ込み、着実に自分の資産が削られ、私と香香丸の盤石な基盤へとすり替わっていることにまったく気づいていなかった。



私の価値をさらに高め、宮中への影響力を確固たるものにするため、景冬はついに最大の賭けに出た。


年の近い若き帝の遊び相手として、私を宮中へ推挙したのだ。


右近衛大将の愛娘であり、比類なき美貌と才覚を持つ神童。そんな噂は瞬く間に宮中に広がり、私は景冬に連れられて、帝の御所へと足を踏み入れた。




春の陽光が降り注ぐ、息を呑むほどに美しい宮中の庭園。

そこには十歳という年齢でありながら、人間離れした、神仏の造形物のように完璧で冷たい美貌を持つ若き最高権力者がいた。

帝であった。


最高級の装束を身に纏い、庭園の奥に座る彼の周囲には、彼のご機嫌を取ろうと必死に媚びへつらう大人たちが群がっていた。

しかし、帝の瞳には、何の感情も宿っていなかった。


彼に見つめられた大人は皆、本能的な恐怖を覚えるという。その瞳の奥には、年齢にそぐわない深い虚無と、この世のすべてを退屈な盤上遊戯だと見下すサイコパス気質が潜んでいた。


彼にとって、自分に平伏す大人たちは皆、等しく愚かで退屈な駒に過ぎないのだ。


「帝、我が娘、沙羅をお連れいたしました。どうか、お遊びのお相手としてお見知りおきを」


景冬が恭しく頭を下げ、私を前へ促す。

私は優雅に一歩前へ進み出ると、完璧な所作で深く礼をした。

そして、ゆっくりと顔を上げ、十歳の若き覇王と正面から視線を合わせた。


その瞬間、時間が止まったかのような錯覚に陥った。


感情の抜け落ちた帝の冷たい瞳が、私を真っ直ぐに捉える。

私もまた、子供の無邪気な仮面の下に隠した、大人たちを冷酷に手玉に取る私の本性を、わずかにその瞳の奥に覗かせた。



沈黙が流れる。


周囲の大人たちが息を詰めて見守る中、帝の虚無に満ちた瞳の奥で、何かがパチンと弾けるような音がした気がした。


初めて見る、自分と同じ冷たい目をした少女。

退屈な世界の中で、彼が初めて見つけた「異常な同類」。


帝の完璧な唇の端が、ほんのわずかに、しかし明確な歓喜を帯びて弧を描いた。



甘く、危険で、狂気的な執着の始まりの瞬間だった。

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