9.この村に加工革命を起こします
集まった村人たちをそれぞれの作業に割り当てたあと、サツマイモの加工作業を担当してもらう村人たちを集めて私は積み上げられた芋を前にこれからの計画を説明した。
「ただ、食べるだけでは、冬は越せても村は潤いません。これからは、この芋を価値のある『商品』に変えていきます。」
「商品?」
「この芋を?このままでも十分に美味しいのに…。」
「お前達、静かにしろ。アイリス様が説明しているだろう。」
ヘルツとベルデが口を開けばそれをメランがたしなめた。彼らはこの村の三兄弟で、最近まで出稼ぎに行っていたらしいが昨日のサツマイモの収穫祭(カイルが勝手に名付けた)で出稼ぎをやめて、公共事業を手伝うことにしたらしい。
「まずは、最もシンプルで確実な保存食を作ります。」
まず作るのは簡単な保存食『干し芋』だ。蒸した芋を薄く切って、網に並べれば、天日に干された芋は水分が抜けて透明感が増して飴色の宝石のように輝き始める。
「これは子どものやつにもなるし、軽くて栄養価が高いから、旅人や兵士の携帯食としても高く売れるはずよ。」
「そりゃ良いね。網ならうちに何個かあるよ。」
「おや、うちは蒸し器があったねえ。」
「ぞれじゃ、アイリス様。その干し芋作りは、私たちに任せておくれよ。」
そう言って名乗り出てくれたのは、サージュ、グラン、リストのお婆さん達だった。その姿に、前世で、よく干し芋を作っていた田舎の祖母を思い出し、笑顔で頷いた。
「では、次はサツマイモから取れる魔法の粉を作ります。」
「魔法の粉だって?」
「私たちは魔法を使えないよ?」
「やっぱり、畑作業に回った方が良かったんじゃない?」
「いいえ。この魔法の粉は出法がなくても作れますよ。」
私の言葉にチーク、ゲナ、シエカーは揃って首をかしげた。
「傷が着いたり小さすぎる芋は、すりつぶします。それを水にさらして沈殿した白い粉は『デンプン』という魔法の粉になるんです。」
デンプンを作れれば、それを用いたお菓子や料理を作ることができる。この世界にはない『わらび餅』や『芋餅』は、きっとこの村を訪れる観光客や商人の目に止まるはずだ。
「デンプンができたら、私が教えるので実際に料理を作ってみましょう。このデンプンは料理を美味しくして新食感をもたらしてくれる魔法の粉よ。使い方のレシピを添えて、近隣の村や街の料理屋に売り込むこともできるわ。」
デンプンづくりは、普段から料理をしている、チーク達3人に任せることにした。
そして、残ったのはメラン達三兄弟だ。
「…で、俺達は何をすれば良いんですか?」
「力仕事か?」
「えー…あんまり力仕事はしたくないんだけど…。」
「ふふ…あなた達三兄弟には、この村の一番の特産品を作ってもらうわ。」
3人は私の言葉を聞いても、まだ理解できていないようだった。
「あなた達に作ってもらうのは『芋焼酎』よ。」
「いもじょうちゅう?」
「まずは、私に着いてきて。」
石けん作り小屋の近くの風上にゼノは大きな建物を作って私たちを待っていてくれた。
「お待たせ。」
「いや、ちょうど今できたところだ。」
「…なんだコレ…すげえな。」
「こんな大きな建物、この村に今までなかったぞ。」
ゼノの作った建物を見上げて、ほうけている三人を私は中に促した。中は窓があるだけで何もない空間が広がっている。
「で?…次は何をすれば良いんだお嬢様?」
ゼノは私が次に何をさせるのか楽しみな様子で地面を覗き込んだ。地面には私が書いた解く不格好なひょうたん型の装置の図が書いてある。
「…毎回思うが、お嬢様の画力はある意味表彰もんだな。」
「どういう意味かしら?」
鋭くゼノを睨んだが、怯む様子もなくゼノは片眉をあげて鼻で笑った。
「おいおいなんだよこのいびつな壺は?…これじゃあ、魔法回路を刻むスペースもありゃしないぞ?」
「見た目は良いのよ。大事なのは『温度差』を利用すること。」
私は木の枝で図の底を叩いた。
「この中に、発酵させた芋の粥を入れるわ。火にかけて熱すると、水よりも先に『酒の精』だけが我慢できずに上記になって立ち上がる。それをこの上の冷たい管に通して、もう一度雫に戻すのよ。…そうすれば、ただの芋の汁が喉を焼くような強いお酒に化けるわ。」
ゼノの目がスッと鋭くなった。
彼は図解の上に無骨な手をかざし、頭の中で立体的な魔法回路を組み立て始める。
「…なるほどな。水と酒の『沸き立つ温度』が違う事を利用して、純度の高い成分だけを抜き出すわけか。あんたの発想は合理的すぎて、時々怖いくらいだ。」
私の考えたことじゃないんだけどね…。前世の知識だと言えずに口を閉ざした私を一瞥したゼノは、不格好な図解をなぞり、そこに魔法の精密制御の理論を上書きしていく。
「ただの焚き火じゃ、火力が安定しねえ。だが、俺の『恒温術式』を銅製の釜に刻めば話は別だ。酒が蒸発し、水が踏みとどまるギリギリの温度を俺の魔力で完璧にキープしてやる。…これなから、素人が適当に火を焚くより、十倍はマシな酒が滴り落ちてくるぜ。」
生き生きとしているゼノ。その肩越しに、ぽかんと立ち尽くす三兄弟が見えた。
「ゼノ、今はあなたの魔力が必要だけど、いずれは薪の火加減だけでこの温度を再現できるように、彼らを訓練してほしいの。…魔法がなくても、お酒を作り続けられるようにならないと…。」
メランは私の言葉にグッと背筋を伸ばした。
「ゼノさん。俺達に教えてください。…魔法は使えないし難しい術式もわからないけど、村のためになるなら俺たちは絶対にできるようになります!」
「俺もだ。」
「俺も!」
メランに続いてベルデとヘルツもゼノに頼み込む。その姿にゼノはちらりとこちらを見て、フッと柔らかく笑った。そして、三兄弟に向き直る。
「…わかった。ただし、俺の訓練は厳しいぞ。弱音を吐いたらすぐにココから放り出すからな。」
ゼノの言葉に威勢のいい声が上がった。ゼノだって本当は知っているのだ。自分の魔法に頼りきりでは村が本当の意味で再生できないと。もしかしたら、彼なりに魔法以外で自分が村のためにできることを探しているのかもしれない。
こうして、ナラク村の加工革命が始まった。
「こうやって水に解いたデンプンをスープに入れると…とろみが付くのよ。」
「あ!ホントだ!」
「凄いわ!」
チークの家の竈門で出来上がったばかりのデンプンを使って料理を教える。
「パンやあげた魚にかけてあんかけにするのもいいわね。」
「すごく美味しそう。」
「あとは芋餅よ。サツマイモを柔らかく茹でて、温かいうちに潰して調味料を加えてよく混ぜたら、デンプン粉を少しづつ混ぜて、一口大の大きさに丸めて薄く潰して焼けば完成よ。」
実際に出来上がった芋餅を下なが一口食べれば、もちもちとした食感に目を見開いた。それに釣られるようにシエカーとチークも食べる。
「なにこれ!?」
「もちもちしてて、不思議ね。」
「あの白い粉が、こんなことになるなんて。…すごく美味しいわ。」
「フフ…このレシピをデンプン粉といっしょに売るのよ。」
この村では識字率が著しく低く、ほとんどの村人が字をかけなかった。文字を学ぶ場所もなければ使う機会もなかった彼女たちにレシピを書かせるのは困難で、結局すべて私が書くことになった。更に紙もインクもないため、初期投資として、ドレスに付いていた宝石を切り取り売ったお金で紙とペンを買った。
レシピの販売はチークたちの旦那さんに任せて、私は他の加工場へと向かった。
「やーい、こっちだぞー!」
「くそう!待てよ!」
村のあちこちでは子どもたちが駆け回っている。今まで子どもたちの面倒を見ていた母親たちは、ほとんどが作業に出ているため、子どもたちの面倒を見る人間がいなくなったこともこの村の大きな課題だった。
作業を手伝わせるにはまだ幼いし。家でじっとしているにはもう大きい。…小さいうちに文字や計算を学べば、それだけ将来の職の幅が広がるが、この村で教師をできそうな人間はいないし、学校もない。今はそれよりも優先しなければいけないことがあるから。…私はそう勝手に結論づけて次の加工場へと足を進めた。
村の端、苔むした岩肌に張り付くように立つ古い焼き竈門の前に立つと炭の焼けた匂いが鼻腔をくすぐった。ここは、偏屈で知られる村の唯一の陶工、ボム爺さんの領地だった。
「…ボム爺さん、頼んでいた瓶はできましたか?」
声をかけると、すすで汚れた顔の老人が釜の残り火の中から無骨な陶器をいくつか取り出した。
「うるせえお嬢様だ。…麦も育たねぇこの村で、酒瓶なんぞ焼かせて何にするつもりだか…。」
口では毒つきながらもボム爺さんが差し出した酒瓶は、私の要求を完璧に満たしていた。
それは、深い森の奥にある湖のような、落ち着いた深緑色。無骨で、手に馴染む厚みがありながら、光を帯びるとかすかに透明感を孕む。
「……素晴らしいわ。これなら、村の『新しい誇り』を収めるのにふさわしい。」
瓶を撫でると、ボム爺さんはフンッと鼻を鳴らして
「…中身がその瓶に見合うもんなら、の話だがな。」
と吐き捨てるように言って陶芸小屋へ入っていった。その、腰の曲がった背中を見送りながら小さくつぶやく。
「驚いて、腰抜かさないでよね。」
それは誰に聞かれる事無く、風に乗って消えていった。
そして、急いで酒造所へ向かう。もうそろそろ、芋焼酎が出来上がる頃だ。
酒造所に入ると独特の匂いと暑さの中、蒸留器が力強く稼働していた。メラン達三兄弟も汗を流しながら作業に励んでいる。ゼノは、蒸留釜に刻まれた魔法陣の光を調整しながら、不敵に笑った。
「温度は完璧だ。……さぁ、お嬢様。あんたの描いた村の発展の大きな一歩が、形になる瞬間だぜ。」
私とゼノ、メラン、ベルデ、ヘルツが見守る中、蒸留管の先から透明な液体の雫がゆっくりと、しかし確実に形成され始めた。作業場を、芋の焼ける甘い匂いと喉を約ような強烈なアルコールの香りが支配する。
チリンーーーーーー
静寂の中、最初の一滴がゼノが用意した小さなグラスの底に落ちた。それは、泥の中から生まれたとは感じさせないほど、純粋で透き通った琥珀色の輝きを放っている。
そっと小指の先をつけて唇に含む。その瞬間、カッと喉を焼くようなアルコールが喉を滑り落ちた。
「ッ…強い!でも、その奥に芋の甘みが、鼻の奥から抜けるわね。」
「ハッ!こいつは、美味めえな!」
ゼノも試飲し、満足げに喉を鳴らす。
「ほら、お前たちも飲んでみろよ。」
「待ってくれ、ヘルツとベルデは酒を飲んだことがないから、取り合えず、俺だけ。」
そう言ってメランが恐る恐る指先を付けて、唇に含んだ。
「ッ!…ゴホッ!強い…。」
「ハハハッ…!まだまだ、メランもガキだなあ。」
笑うゼノにメランは首まで赤くしながら反論した。
「し、仕方ないだろ!?この村じゃ、酒なんてほとんど飲む機会がなかったんだ。出稼ぎに行った先でたまに飲んだけど、こんなに度数が強いのは初めてだったんだよ!」
ムキになるメランをベルデがなだめるが、ゼノはまだからかっている。それを横目にヘルツを呼んでボム爺さんから預かった瓶を渡した。
「ヘルツ。これからはあなたが出来上がったこの芋焼酎をこの瓶に詰めるのよ。」
「え?俺が?」
「ええそうよ。…あなたが、この蒸留器の温度管理に一番熱心に取り組んでいたってゼノが褒めていたの。だから、あなたにこの芋焼酎がナラク村の特産品『新緑のパタット・ドゥース』になる瞬間を任せたいのよ。」
「新緑のパタット・ドゥース…。」
芋焼酎の名前はフランス語から取った。森の中で育った土塊の実から作ったお酒。この深緑の瓶に入れた瞬間から、これはただの芋焼酎ではなく、この村の誇りに変わるのだ。
ヘルツは私を見て大きく頷いた。そして、しっかりと握りしめた酒瓶に出来上がったばかりの焼酎を詰めていく。その横顔は、誇りと自信に満ちていた。
そっして、その日の夕暮れ。
ヘルツは完成したばかりの芋焼酎をかかえ、広場へ向かった。ヘルツの後ろに二人の兄が続き、その後ろに私とゼノが並ぶ。前を歩く三人の背中はとても誇らしげに見えた。
「みんな!聞いてくれ!サツマイモから、凄い酒ができたんだ!」
ヘルツの声に集まってきた村人はまだ半信半疑だった。
麦の酒しか知らない彼らにとって、泥の中の芋から酒ができるなど魔法を通し越して、おとぎ話の世界だろう。
ヘルツは、戸惑う村長とロイドの前に、貼ぬ爺さんの深緑の瓶をおいた。
「まずは、村長とロイドさんからだ。」
村長が震える手で瓶の栓を抜く。
その瞬間、広場にこれま嗅いだことのない、強烈で甘美な香りが広がった。それをロイドが持ってきたグラスに少し注ぎ、村長がゆっくりと酒を口に含んだ。
「……ッ!!!!」
その目がカッと見開かれる。
麦の酒よりも遥かに強く、喉を焼くような酒精。しかし、その後に口いっぱいに広がる、濃厚でどこか懐かしい芋の甘み。
「……これが…あのクレイベリーか……?!」
「親父、ちょっと俺にも飲ませてくれ。」
村長からグラスを受け取ったロイドも残りの酒を飲む。すると同じ様に目を見開いた。
「…強いッ…。だが…どんでもなく、上手いな。」
「これほどの酒が、我々の村で…信じられんッ…!」
村長の叫びは、歓喜の渦となって広場を包んだ。
村人たちは競って酒を求め、ボム爺さんの深緑の瓶は、またたく間に空になっていった。
「アイリス様……あなたは、本当に…!」
ロイドが感極まった様子でアイリスに膝をついた。
「違いますよ。私は方法を教えただけで、この芋焼酎を作り出したのは、メラン、ヘルツ、ベルデの三人です。村長、ロイドさん、私はこれからこの芋焼酎『深緑のパタット・ドゥース』を使ってこの村に外貨を持ってきます。…きっと、村の様子も大きく変わり、村人の生活も更に変化するでしょう。…それを、許していただけますか?」
これからの展望を考えると村は大きく生まれ変わる。その他名は、この村の長とその次代であるロイドに許可を取るのが、公務員時代に学んだ『筋をとおす』事だ。
村長は一瞬、あっけにとられたあと、カカカット笑い出した。どこかの黄門様を思い出させるような姿に、唖然とすれば、ロイドも口を覆って肩を震わせている。
「…今更、何をおっしゃるかと思えば…そんなことでしたか。」
ひとしきり笑ったあと村長は穏やかな笑顔で告げた。
「アイリス様は、事あるごとに儂に許可を取りに来てくださりますが、今後はしなくて結構ですぞ。」
「…え?」
「このナラク村の全件は…アイリス様にあるのですから…。」
そういった村長は、ロイドに視線を向ける。彼はその意味をしっかりと理解したように頷いて懐から、今p村には存在しない羊皮紙を取り出した。丸められたそれには蜜蝋が付いていて、そこには王家の紋が押されていた。
「…今まで黙っていて申し訳ありませんでした。アイリス様が到着する前、王室から早馬が届きこの書状を受け取っていたのです。」
ロイドはそう言って膝を付き、書状を両手で高々と掲げた。
「…これには…なんて…?」
「…お読みにならないのですか?」
ロイドの問に、小さく頷いた。
王都から追放されたあと、あちらと連絡を取る手段はなかった。ただ、身分剥奪の上、辺境への追放だと思っていたのに…こんなところにまで、王家の手が伸びていたなんて。権力の大きさに、指先から血の気が引いていく。とてもじゃないが、書状を受け取るようなことはできない。
「…この書状には、『アイリス・コンフォルトは公爵家から除籍し、貴族身分と権利を剥奪する。一切の支援を断つ代わりに、この土地の全権をコンフォルト公爵家よりアイリスに譲渡する。』と書かれていました。」
「……そう、…でしたか…。」
うまく言葉が出なかった。
私はもう、公爵令嬢ではない。あんな家族と屋敷に未練なんて、これっぽちもないが「アイリス・コンフォルト」として育った、前世のキヲクを取り戻すまでの『私』が寂しさを訴えてくる。
…家族と呼べる人はいなくなった。
もともと、家族らしいことをしてもらった記憶なんてないが、それでも、心が傷んで淋しくて、泣き出しそうになった。気がつけば両手で自分の肩を必死に抱いていた。
「…申し訳ありませんでした。この書状が来た時点で、この村はアイリス様の所有物になっていたのに…王都から追放されてきた、貴女を儂は信じることができませんでした。」
ひどい惨状の私を見て、申し訳なさそうに村長が頭を下げた。
違います、村長のせいじゃないんです。そう言いたいが、言葉がうまく吐き出せない。
「アイリス様を試すような真似をしたのは…こんな村でも儂にとっては大切な宝だったからです。…曾祖父から始まった小さな村だったが、儂の家族が大切にみんなで守ってきた場所を…よく知りもしない貴族の令嬢に踏みにじられるのが…嫌だったのです。」
「…親父だけが悪いわけじゃない。俺もこの事を知っていたのにアイリス様に何も言わなかった。…貴女が村人からどのよう扱われているかを知りながら何もせずに、ただ、黙って見ていた。」
村長を庇うようにロイドが口を開いた。そこにはしっかりとした親子の絆が見えて、それが、すごく羨ましいと思ってしまった。でも、私は前世の記憶を取り戻した。もう、アイリス・コンフォルトではない。
ただの「アイリス」なのだ。これから、この村を世界一幸福度が高い村にするという新たな使命を持って、歩き出した今、こんな事を気にしていられない。
「…気にしないでください。…村長の判断も、ロイドさんのしたこともすべて正しかったと思います。」
ゆっくりと深呼吸をして口を拓けば、今度ははっきりと声を出すことができた。
「お二人は、本当にこの村が大切なんですよ。…だから、私にしたことも当然のことです。私は気にいsていませんよ。…それに、私はこれからも村の長として、村長には現役でいてもらいたいですし、村のリーダーとして時期村長のロイドさんにも色々やっていただきたいと考えています。」
「!!」
二人が弾かれたように顔を上げる。その評定は二人ともよく似ていて、思わず頬が緩んだ。
「ぜひ、これからも村長として私にこの村のことをご享受ください。ロイドさんも村のリーダーとして私の至らない点を補ってもらいたいです。…お給金も出しますし、福利厚生も手厚くするつもりですが…いかがですか?」
私のようなよそ者がこの地を治めるのだとしても、この地で生まれ育ったこの二人がいてくれれば、村人たちも安心できるはず。二人は、まぶたがなくなるほど目を見開いたかと思うと、次の瞬間、ほうけたような笑顔を見せてくれた。
「…かしこまりました。先行き短い、老いぼれですが、これからはアイリス様とこの村のさらなる発展のために…尽くしましょう。」
「俺も、村のためにできることは何でもやりますので、よろしくお願いします。」
「…私はもう貴族ではないですよ。ただの平民です。二人よりも年下ですし、敬称も敬語もいりませんよ?」
平民になったのだから…ろう思って二人に告げたが、二人は笑顔でそれを制するだけで、結局様付けも敬語もなくなることはなかった。
ボム爺さんは、遠巻きにその光景を見ながらニヤリと笑った。そして、隣りにいたゼノに最後の芋焼酎を渡す。
「…何だよ、爺さん。もう飲まねえのか?」
「フンッ…明日から、またあのお嬢さんの無理な注文が入るだろうからな。…今日はもう酒は終わりだ。」
ボム爺さんの言葉にゼノは片眉をあげて器用に笑った。
「…お互いに苦労するな。…お嬢様のお願いを叶えるのは。」
「…抜かせ、小僧。お前は、好きであのお嬢さんの願いを聞いてやってるんだろうが。」
「なッ…!変なこと言ってんなよクソジジい!」
「ケッ…色気づきよって。…まぁ、せいぜい仲良くやるこった。」
ボム爺さんは言うだけ言って、陶芸窯の方へ行ってしまった。残されたゼノは、手元の芋焼酎を意味深に見つめたあと、一気に飲み干したのだった。
「クソっ……熱いな…。」
そうして、村の夜は更けていった。




