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10.連作被害を回避せよ!サスティナブル農業と泥まみれの賢者

芋焼酎の歓声に沸くナラク村。

その芋が植えられていた畑で私は土壌の状態を確認していた。


「アイリス様、来年もこのサツマイモをたくさん植えましょう!」


農作業に参加することになった、小柄な女性エテは未だに積み上げられている、サツマイモを見て目を輝かせた。


「いいから、お前は手を動かせよ。」

「オトンヌさん、鍬が逆ですよ。」


畑を耕していた農作業のリーダー・オトンヌをヘルプストが注意すれば、近くで作業していたメンバーたちから笑い声が上がった。


「ダメよ、エテさん。そんな事をしたら、来年にはこの村は全滅するわ。」

「えぇッ!?」


私の言葉とエテの声にオトンヌたちは手を止めた。


「…連作障害を知っているかしら?」

「レンサク…?いえ、聞いたこともありません。」

「同じ土地で同じものばかりを作るとね、土の中の栄養素が偏りその作物を好む病原菌や害虫だけが増殖するの。…もし、ここにサツマイモを植えても、今の半分も育たないでしょうね。」


エテやオトンヌたちの顔色がみるみる青くなる。公務員にとって「単一事業への集中投資」はリスクでしかない。私はエテに山で採集した野生の豆の種を差し出した。


「大豆よ。芋の隣にはこれを植えて。…この子は根っこに根粒菌という小さな味方を住まわせて、空気中の窒素…つまり土の栄養を自分で作ってくれるの。芋が奪った栄養を豆が補う。これが『輪作』という、サスティナブルな農業の基本よ。」

「サスティ…ナ?…名前はよくわからないですけど、輪作と連作障害はわかりました。」

「1年目はサツマイモ。2年目は大豆。3年目は菜種。そして…4年目は麦を植えられたら良いわね。」

「「麦!!??」」


私の言葉に多くの声が重なった。


「いいみんな。畑は使い捨ての道具じゃないのよ。未来から借りている資産なの。芋で土を疲れさせせたら、大豆で癒し、菜種で磨き、麦で整える。…このサイクルがうまく回れば、ナラク村は千年以上王都に頼らずに生きていけるわ。」


それを近くで聞いていたゼノは「…千年も生きねーよ、人は。」と毒づきながら、菜種の苗を作っていた。菜種は春には黄色の花を咲かせる。村が真っ黄色の絨毯に包まれれば、観光客も来るはずだ。それに菜種油は石鹸の材料になる。獣脂よりも遥かに肌に優しく、油を絞った絞りカスは家畜の餌となる。まさに一石二鳥、いや三鳥ものだ。そして、大豆もまた然り。


「アイリス様…本当に俺達の村で麦が育つんですか?」


村の青年オトーニは鍬を両手で握りしめながら言った。彼の家は代々、麦を作ってきたらしい。だから、この村で麦を作ることがどれだけ大変なのか、誰よりもよく知っていた。そんな彼を安心させるように私は大きく頷いた。


「…できるわ。あなた達の頑張り次第だけどね。」


できるのかしら?

と挑発的な笑みを見せれば、オトンヌやヘルプストを初めとしたメンバーたちの顔つきが変わった。


「…僕はやります!必ず、この村に黄金の麦畑を復活させるんだ。」


誰よりも強い思いを待ったオトーニの言葉に私は大きく頷いた。


「一緒に頑張りましょう。私の農業の知識をすべてあなた達に叩き込むわ。…この村を支える食料の大部分を占める作業をしているという、誇りと責任を持って作業に取り組んでね。」

「はい!」

「おしっ!」

「やるぞー!!」


様々な声が上がり、また鍬が土を耕していく。最初は四人で初めたサツマイモ畑に今はたくさんの若者の姿があった。





「…で、今度は村の外に畑を作るのか?」


オトンヌたちに作業を任せて、ゼノと一緒に村の外周を回る。4年サイクルの案はまとまっているが、どうしても今の村の土地だけでは、畑の面積が足りなかった。今後の事業拡大も視野に入れて大きな土地が必要だ。


「…のつもりだったんだけど。茂みや森ばかりで畑ができそうな場所はないのね。」


村は大きな山の裾にあり、近くには川が流れているがそれ以外の場所は殆どが雑木林や森になっていた。たまたま空いていた場所に村を作ったのか。開墾したのか。定かではないが、この分だと農地拡大のためには大きな開墾が必要になりそうだ。


「…ちょっと待て。」


突然横を歩いていたゼノからストップがかかり、足を止めた。そのせいで、わずかに前につんのめる。


「…なに?」

「シッ…。」


ゼノが口に人差し指を当てて、顎である方向を指す。そこには、茂みから靴を履いた足が飛び出ていた。しばらくゼノに従って様子を見るが、足はピクリとも動かない。ゼノは私にここ

にいるように指示を出すと、剣を抜いて足の出ている茂みに近づいた。


「…何者だ!」


ゼノが声を張るが、茂みからは何も聞こえず足も動かない。


「…3つ数えるまでに応答がなければ、貴殿を拘束する。」


ゼノがゆっくり数を数えながら、剣を握っていない手に魔力を込めていく。


「3,2,1,…拘束魔法!」


そして、魔法のロープによって体を拘束された男が茂みから引きずり出された。


「…死んでるか?」


ぼろぼろになっているが、人目で上質だとわかる衣装に身を包んでいる男はピクリとも動かなかった。かけているメガネのレンズは曇り、ひび割れて、灰色の長髪は絡まり固まっている。


「まだかろうじて息はあるようだな。…どうするよ?」

「…村に運んで手当をしましょう。唇も乾いているし、ずいぶん痩せているようだから…極度の栄養失調かもしれない。」

「…じゃあ、俺のねぐらでいいな。村の奴らに余計な恐怖や不安を与えたくねえ。」

「いいわ。行きましょう。」


こうして私たちは泥まみれの男を拾ったのだった。



ゼノのねぐらと称した場所は、村の近くの森の中に作られたこじんまりとした丸太小屋だった。私のあばら家とは違いしっかりとした作りのそこは、よく整理されていて居心地が良さそうだ。


「ちょっと。なんで私があばら家で、ゼノはログハウスなの?」

「ああ?…それはこの家は俺が作ったからだろうよ。…羨ましいか?」

「…全く、ムカつくわ。」


クククッ…!

ゼノは肩を揺らして笑う。それに、腹を立てながら男の体を清めていく。泥だらけの顔を拭い、メガネを外し、髪を丁寧にとかす。そうしているうち、ゼノが酒造所から芋粥を持ってきてくれた。


男が目を覚ましたのはそれから3日後だった。


「……ここは、冥府か?」

「違えよ…。」

「良かった、気がついたのね。」

「…貴殿らが、私を助けてくれたのですか?」

「まあな。」

「チッ…余計なことを…。」

「あぁ?なんだと?」


男が呟いた言葉にゼノが突っかかり、慌てて仲裁に入る。


「ちょっと、やめて。彼はまだ病人なんだから。」


私の顔を見た男は、ハッとしたようにメガネを掛け直した。


「あなたは…コンフォルト公爵令嬢?…ということはここは、アルテミア王国でしょうか?」

「…この男、知り合いなのか?」

「ご挨拶をしたことはないけれど、多分……隣国のマディラウド宮廷魔導師団長様よ。更に国家諮問委員だった気がするわ。新年祝賀の儀でお見かけしたことがあるの。」

「ゲッ…なんで隣国のお偉いさんが、こんな辺境の地にいるんだよ?」

「…私が知るわけ無いでしょ?」


ゼノとヒソヒソ話していると大きな咳払いが背中にかかった。


「ソロンで結構です。ある事情により祖国を出奔してきました。…あのような非合理的な考えを持つ王に…これ以上、忠誠を尽くすことはでなかった。」

「出奔!?」

「なんだ、お嬢様と同じか…。あ、いや、お嬢は身分剥奪の上追放だから…お嬢のほうがひでえな!」


笑い出したゼノをにらめば、ゼノの言葉を聞いたソロンが私をじっと見てきた。


「確か貴殿はこの国の第二王子と婚約されていたはずでは?」

「……まぁ、色々ありまして。私も今はただのアイリスです。」

「俺はゼノだ。」

「…ふむ…そうですかか。…それで、一体ここは?」

「ここはアルテミア王国の最果ての村、ナラク村よ。」

「…ナラク村?聞いたことがありませんね。最近できたのでしょうか?」

「いや、昔からあったさ。地図に載ることもないほど、小さな村だ。」

「それは…。やはり国を出てよかった。私にはまだ知らないことが多く残っているようです。」


そういったソロンの顔はどこか楽しげだった。



「なんだ、この水路の勾配はッ!こんな小さな村なのに下水道が完備されているのか!?信じられんッ!!」


ソロンが回復したあと、本人のたっての希望により村を案内したが、その途端、彼の目はギラギラと輝き出した。


「まて、あの貯蔵庫の魔力密度は何だ?!…蒸留器だと?!」


興奮したソロンは、その美形とも言える落ち着いた見た目とは裏腹に、目を見開き、鼻の穴を広げて、終始興奮して村中を見て回っていた。


「…この高度な都市計画、一体どこの賢者が設計した?」

「設計したのは私。動かしたのは、そこにいる口の悪い工兵よ。」

「…な、何だと!?…いえ、失礼しました。」

「…ところでソロン様。」

「ソロンで結構です。もはや私は貴族でもなんでもない。ただの人間ですから。」

「…じゃあ、ソロン。看病してあげたお礼として少し、働いてくれないかしら?」


私の提案に、ソロンはキッと目を吊り上げて睨んできた。


「お断りします。私は腐っても国家を導くものの端くれです。それを辺境の地で土いじりなど…ーーー」

「…教育よ。村の子供達に、読み書きと計算を教えてほしいの。もちろん、あなたが優秀だと思う人間がいればスカウトして助手にするのもいいわ。」

「なっ……子どもだと!?私をバカにしているのか!!」


憤慨するソロンの鼻先に、私は一枚の紙を突きつけた。芋レシピのために身銭を切って買った、大切な紙だ。


「これは、私が書いた『複式簿記による資産管理の概論』の導入部分よ。…資産を右と左に分けて、常に一致させることで不正と誤差を0にするこのシステム…興味ないかしら?」


村の管理のために、適当な村人に教えようと思って書いた資料だったが、ソロンは私の予想通りに複式簿記に食らいついた。ソロンが紙を奪う様に読み始めれば、彼の目が次第に血走っていった。


「複式簿記だと?…貸方……借方……?!…まて、これを使えば国家予算の使途不明金がすべてあぶりだせるではないか?アイリス、いや、アイリス様、これの続きは!?二章はどこに?!」


食らいついたどころじゃなくて、しっかりと飲み込んだわね。


「子どもたちが足し算と引き算を覚えたら、一章づつ公開してあげるわ。」


そうもったいぶって告げれば、ソロンはすぐに機織り小屋の井戸から立ち上がった。


「……ッ!今すぐ、子どもたちを集めます!今すぐに!整数論から叩き込んで…いえ、教えて差し上げましょう!!」


プライドの高い賢者が、一瞬にして鬼教師へと変わってしまった。

ゼノは、必死に子どもたちを追い回すソロンを眺めながら、呆れたように呟いた。


「お嬢さまは、悪役令嬢って言うより…たちの悪い詐欺しかなんかだろ?」

「…失礼ね。適材適所の人事配置と言ってほしいわ。」


子どもたちを追いかけ回すソロンを眺めていると、下水道の掃除を終えたカイルとナギがやってきた。当初は彼らに任せていた下水道の管理も、今は村人が当番制で行うことになったためだいぶ負担が減っているようで安心する。


「アイリス様、俺達になにか仕事をください。」

「みんなにある程度教えたら、あとはやることが亡くなってしまって。」


そう言って、眉を下げる二人に思わず笑ってしまう。前は忙しすぎて休みが欲しいと嘆いていたのに…。けど、良いことだわ。


「じゃあ、二人にそれぞれ指示を出すわね。」

「え?」

「俺達別々にですか?」


今まで二人で一緒の作業や指示が多かったせいか、カイルもナギも不思議そうに顔を見合わせる。


「そうよ。そろそろ、二人とも次のステップに進むべきだと思うの。」


そう言って、まずはカイルに視線を向ける。


「カイルにはお金について学んでもらうわ。」

「お金?それって、出稼ぎに行ってもらうやつですよね?今まで触ったこともないですけど…。」


この貧しい村では、今までお金に価値がなかった。村人たちはお金よりも明日を生きるための食料を重視していたからだ。未だに、買い付けは村の外部に行く一部の人間のみが行い、村の中では物々交換が主流だ。


「今まではそうかもね。でも、これからは違う。…私はこれからこの村に外貨を入れるわ。」

「外貨?」

「村の外のお金のことよ。村の外にあるお金をこの村にも流通させる。そして、この村にどんどんお金が入る仕組みを作るつもり。」

「……?」


私の言葉は難しいようでカイルは考え込んでいる。その姿にフフッと笑った。


「カイルには…金庫番として村の経理…お金の管理を任せたいの。」

「えぇッ!?…でも、俺…字も書けないし、計算だってできません。」


驚いてのけぞったカイルの肩越しに、子どもたちに逃げられているソロンの姿が写った。


「だから、私がこれからみっちり教えてあげるわ。…ソロンと一緒にね。」


ソロンは私なんかとは比べもにならないほどの知識と知恵を持った大賢者だ。王都にいるときには「隣国の懐刀」「知略の怪物」なんて異名を時々耳にしたくらいなのだから。だからこそ、彼に簿記や経理を教えることで、私の前世の知識をよりこの世界に適したものに変えてくれると確信している。そして、カイルは一番はじめに私を信じてくれた村人。この村の為にと味方がいない中で声をあげてくれた、カイルなら不正を行わずに村の為に、公正に働いてくれると信じている。

未だに不安げな表情をカイルの方にそっと手をおいた。


「…カイルだから、任せたいの。この村のお金、財産を守ってくれると信じているから。」


そう静かに告げれは、カイルはブルッと一度身震いした後、グッと背筋を伸ばした。出会った頃は同じ背丈だったはずのカイルはいつの間にか見上げるほど大きくなっていた。


「わかりました!俺、一生懸命勉強します。…村のお金は絶対に守ってみせます。」


力強く言い切ったカイルに頷いて、今度はナギに向き直る。


「ナギにはこの村の防衛をしてもらいたいの。」

「…防衛?守るってことですか?」

「そうよ。この村はいずれ、他の村や盗賊から狙われることになる。…そのときに村人をこの村を守る人間が必要よ。」

「…それが…俺…?」


ナギに頷いて返せば、まだ幼さの残る瞳に小さな炎が宿った。


「ナギ一人では無理があるから、興味がありそうな同年代の男の子たちを数人集めて。…後はゼノが教えてくれるわ。」


チロリと視線をゼノに向ければ「ゲッ!」と心底嫌そうな顔が返ってきた。


「…なんで俺が…。」

「この村で、本格的な戦闘訓練をしているのは、ゼノしかいないでしょ。それに…実戦経験者の指導はどんな教科書よりも、正確で的確だもの。……お願いできるわよね?」

「…チッ…。俺がお嬢様に協力するのは魔法技術のはずだろ?……人に終えるなんて、柄じゃねーよ…。」


そう言って、そっぽを向いたゼノ。それでも私は話を続けた。


「…人を傷つける技を教えるわけじゃないわ。人を守るすべを教えるのよ。ナギたちが大切なものを守れる力を…ゼノに教えてほしいのよ。」


私の声を聞いてもゼノの顔はこちらを向かなかった。ゼノの態度にナギもカイルも次第に落ち着かない様子を見せる。


「…軍を作るわけじゃない。自分の村を自分たちで守る集団…「自警団」を作る手伝いをしてくれないかしら?」

「…ゼノさん、お願いします。俺にこの村と家族を守る方法を教えてくださいッ!」


私の言葉のダメ押しと言わんばかりに、ナギが深々と頭を下げた。ナギだって自分の大切なものを守りたいと思っている。

それからしばらくの沈黙が流れた後、大きなため息とともに、ゼノがゆっくりとこちらに顔を向けた。


「…しかたねーな。やれば良いんだろ、やれば。」


嫌そうな顔をしながらもその瞳はどこか優しさを感じさせるゼノの言葉にナギは大きくガッツポーズをする。


「ただし、人を殺すようなことは絶対にするな。俺が教えるのは守るための術であって、誰かを傷つけるもんじゃねえ。…それが約束できるなら、明日から稽古付けてやるよ。」


ゼノの言葉にナギの顔がどんどん輝いて、いつしか満面の笑みとなった。


「はい!よろしくお願いします!」



カイルにはこの村の経済を。ナギにはこの村の安全を。

この村の人間だからこそ…与えられる、重要な役割だった。


「…これで良いのか?お嬢様。」


カイルとナギの去っていく背中を見ながら、ゼノがため息まじりに言った。それに、ニヤリと口角をあげて答える。


「ええ。あの二人に関してはね。…でも、まだ、ゼノにはやってもらいたいことがあるわよ?」


そう告げれば、苦虫を噛み潰したような顔のゼノが少し私から遠ざかった。


「冬が来る前に…村人たちのために、家を作るわ。」

「…はぁ?!」


ゼノの声は天高くもゆる秋晴れの空に静かに響いたのだった。

こうして、ソロンは子どもたちに読み書きを教えながら、その後はカイルと一緒に私の「簿記及び行政学ゼミ」に没頭することになった。




数日後の昼下がり、子どもたちへの授業を終えたソロンも呼んで、足元の地面にいつもの木の枝でざっくりと今後の都市計画図を描いた。


「私は、この村を商業と観光の都市にしたいと考えているけど、今のままの村の大きさだと色々と難しいと思うの。」


今の村の図を書いた周りに新しい建物や農地、牧場などを書き足していく。


「なるほど。村の拡張ですか…。」


ソロンは図を見てしばらく考えた後、近くに落ちていた木の枝を取って、私の図に新しい区画を書き足していく。


「…村全体を静・動・緑の3つのゾーンに分けるのはどうでしょうか?静は行政や住居区、動は産業や商業、緑は農業や家畜で設定します。」


ソロンはスラスラと説明しながら村の新しい全体図を描いていく。その鮮やかさに、ゼノと二人で目を見張った。


「中央は、村の中枢と居住エリアにします。下水道の水の流れも考えて、清潔で静かな場所です。次に村の入り口付近は商業と観光エリアにします。外部の人間を村の奥の生活圏に入れすぎないための防衛線も兼ねます。そして、水の流れの最下流で風下を工業や倉庫エリアにすれば、居住区から離しているため音や匂いも気になりません。かつ、倉庫と隣接させることで直接商業区や村の外へ出荷できる物流ルートを確保できるでしょう。」


…これが、「知略の怪物」…。

ソロンの提案に言葉を飲み込んでしまう。今までは私がざっくり考えたアイディアをゼノに魔法で実現してもらっていたけど…。これは…すごい人を巻き込んでしまったみたい。


「…すげぇな。…ソロンの計画通りに進めたら、本当に村が大都市になっちまうかもな…。」


ゼノも驚いているようで、足元の図面を見ながら目を見開いている。


「…アイリス様はどう考えますか?もし、こうしたいなど意見があれば、可能な限り実現できるように柵を練りますが…?」


これ以上何をどう改善するのよ!?

もはや、何も言うことのない私は首を横に振った。


「何もないわ。ソロンの考えで村の整備を始めましょう。」

「…お役に立てたようで良かった。」

「んで、まずは何から始めるんだ?」


どこか安心したようなソロンを横目にゼノが言う。


「…まずは村の拡大と農地の確保を目的に、大規模な開墾を行うわよ。」

「やっぱり、そうなるか。」


ゼノは村の周囲を歩いていた時から、私の考えを感じていたのかもしれない。特に驚いた様子もなく、下を向いてコリ固まった体をほぐすように、グッと両手を上に伸ばした。


「じゃあ、俺がサクッと開墾してやるよ。」

「…今回は村人にも手伝ってもらう予定よ。」

「何だと?」


いつもならゼノにお願いして、作業を完了させてしまうところだ。しかし、私は今回の村の拡張工事については村人にも参加してもらうつもりでいた。それにはちゃんと理由があるのだが、ゼノは納得いかないような顔で私を見下ろしてくる。


「アイツらがやるより、俺がやった方が早いだろう?」

「それはそうだけど。…でも、私はこの開墾によって切り出された木材を使って、村人たちの家も作り直したいと考えているのよ。それには、ゼノの魔法に頼るだけじゃなくて、この村の大工の力も借りないとダメよ。公共事業によって、雇用…仕事を与えて、報酬としてサツマイモを与える。今は芋だけど…今後は報酬としてお金を渡して、それを村で使ってもらうことでお金は回り、村の経済は潤うの。」


外貨を入れても、村人たちが使えなければ意味がない。公共事業の報酬として金銭を渡し、それが村で使われることで、村のお金は減ることはなくなる。経済の仕組みは難しいようで実は単純なのだ。しかし、ゼノは私の言葉の意味を理解しきれないのか、未だに険しい顔のままだった。


「軍人に経済の仕組みなど解くだけ無駄ですよ、アイリス様。」

「ッ!なんだと?」

「私は事実を言ったまでだ。頭の中まで筋肉でできているような軍人に、雇用と利益について解いたとて時間の無駄ということ。」

「てめえ、ぶっ飛ばすぞ!」

「ほら。そうやってすぐに武力で解決しようとするところが頭の悪いやつの極みだと言っているのですよ。…まぁ、私も魔導師団にいた人間なので、知略でも魔法でもゼノに負けることはありませんが?」


バチバチと二人の手に魔力の火花が飛び散るのを見て、慌てて二人の間に入った。


「やめて!…今は言い争っている場合じゃないでしょ?もうすぐ冬になるんだから、それまでに村のあばら家をなんとかしないとみんな凍え死ぬわ。もちろん、ソロンの住む家畜小屋も直さないとね。」


ソロンは私の言葉に素直に魔法を収めた。しかし、ゼノはまだソロンに睨みを効かせている。

この村に滞在することになったソロンは、最初こそゼノの小屋に寝泊まりしていたが2日も経たずに彼は、ゼノのログハウスを飛び出して村にある家畜小屋の一角で寝泊まりをするようになっていた。二人の間に何があったのかは知らないけど、事あるごとに衝突しているようだ。

どうして、二人はこうなのかしら?

村のためにやることはたくさんあるのに。二人の関係まで考えることになっては私もキャパオーバーになりそうだ。


「とにかく、今回の開墾はゼノに指揮をとってもらって村人たちと共に進めましょう。そして、建物建築は村の大工たちにお願いするわ。村長にお願いして、出稼ぎに行っているの人たちも呼び戻してもらわないと。」

「チッ…。」

「…ところで、住居などの建築は木の家ですか?失礼ですが、それでは住居の断熱性や可燃性の問題があるかと思いますが。」


ソロンの質問に、私はフフッと笑って見せる。


「木材は使うけど、ただの木の家じゃないわよ。私が作るのは、おそらくこの国のどこにもない「木組みの家」なの。」


ふふん。と得意げに言った私に、ゼノもソロンも揃って不思議そうな顔をして私を見ていた。

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