8.クレイベリー?いいえ、これはサツマイモです
夏の暑さがようやく下火になり始めた頃、私とゼノ、カイルとナギはサツマイモ畑の前に立っていた。数ヶ月前に茎を植えた、サッカーコート約一面分のそこは、サツマイモの葉が茂っている。数日前までは青かったその葉も、今では黄色く変色し始めており、ついに収穫のときが来たのだと教えていた。
「さぁ、これから、収穫よ。」
気合を入れて言うと、横にいたゼノが呆れたように言った。
「収穫って言ったって、この量を、たった四人でか?」
「毎日世話をしていたから俺にはわかりますけど…かなりの量ですよ?」
「…今日中に終わるかどうか…。」
ゼノに続くように、カイルとナギも言葉を落とした。
「しょうがないでしょ。たとえ今日中に終わらなくても、また明日やればいいわ。とりあえず、今日は村の人達全員が食べる分だけでも掘り出せればいいのよ。」
「…なんで、手伝いもしねぇ奴らに分けてやらねえといけねえんだよ。」
ゼノはそう吐き捨てるように言って盛大に舌打ちをする。それに苦笑いをするしかなかった。
「今はそうでも…サツマイモを食べればたくさんの村人たちが作業を手伝ってくれると思うわ。…それに、少し考えもあるの。」
「考え?」
「まぁ、それは後でね。…さて、まずはこの蔓を全部切り取りましょう。切った蔓は家畜の餌になるから、ナギとカイルは切った蔓をまとめておいて。」
「「はい。」」
こうして、収穫作業が始まった。
数時間後。
私たちの前には大量のサツマイモが掘り起こされていた。その量の多さに誰もが声を失う。
「…まさか、こんなに取れるとは思わなかったわ…。」
この世界のサツマイモは発育が良いのか…。一株に前世のサツマイモの倍の身がついているのは計算外だったわ。
「…で、どうすんだよ。この大量の芋。」
「流石に、この量を村で全部消費するのには一年かかりますよ。」
「…それ以前に食べてくれる人がいるかどうか。」
不安なナギの声にフフッと笑う。
「すべての芋を村人に配るつもりはないわよ。半分は食料にするけど、もう半分は加工品にして村の外へ売りに出すから。」
「加工品?」
ゼノが訪ねたが、それに答える前にまずは収穫した芋を乾かさなくてはいけない。しっかり乾かさないと、サツマイモは保存に向かないのだ。更に、これから気温が下がると急速に痛みだす。それを防ぐ為にはゼノの魔法が不可欠だった。
「ゼノ、まずはこの芋の表面をしっかり乾燥させて。カイルとナギは乾いた芋の土をはらって、手押し車に載せられるだけ乗せていってちょうだい。」
3人は私の指示に従って作業を開始する。私も、カイルとナギを手伝い、土が払われた芋を次々に、慎重に手押し車に乗せていく。表面が傷めばカビなどが生えてくるため、なるべく傷をつけない様にするのが大切だ。
手押し車はあっという間にいっぱいになった。しかし、ゼノが乾燥させた芋はまだ、山のように積み上がっている。
「アイリス様…これ、どうするんですか?」
「まずは、この手押し車に積んだ芋を地下倉庫へ保管するわよ。」
私の言葉にカイルとナギはギョッと目を見開いた。
「え?地下倉庫って…あのカビだらけの半分崩れてる古い倉庫のことですか?」
「あんなところに芋を入れたら、すぐに食えなくなっちまうよ!」
二人の言葉にゼノが声を出して笑った。それにつられて思わず、笑ってしまう。
「確かに、あのままならそうでしょうね。…でも、今は全くの別物に生まれ変わったわ。」
「「えぇ?」」
「最新式の定温貯蔵庫にね。」
さつまいもの収穫の2日前。
私とゼノは今は使われていない村の地下倉庫に来ていた。村長に作物を保管で切る場所を確認したら、教えてもらったのがここだったのだが…。
「これは…中にはいったら落石で死ぬ可能性が高いな。」
ところどころ朽ちて崩れた土階段を降りてたどり着いたのは前世で言うところの防空壕のような場所だった。硬い岩盤に人工的に空間を開けたその場所は太い丸太で組まれた棚が並んでいたが、その殆どが崩れ、天井の岩盤にも大きな亀裂が入り、地下水が滴り落ちている。そして、何より鼻につくカビの匂いと生臭いなんとも言えない匂いが入室を拒ませた。
「これは…想像以上に酷かったわ。…でも、収穫したサツマイモはこの村で一番の特産物…この村でしか採れない名物になるわ。だから、人目につきにくく、村の奥にあるこの場所で保管するのが安全だと思うの。
」
サツマイモを栽培しているのはきっと私たちの村だけ。土塊の実として忌み嫌われているんだもの。…それが、これから加工品となって市場に出回れば、必ず莫大な利益を生み出すはず。そうなれば、必ずほかから狙われることになる。作物の盗難は前世でも大きな問題だった。鍵がかかるような建物がほとんどないこの村では盗難を防ぐには隠すしかないのだ。
はぁ…。隣のゼノから大きなため息がこぼれた。
「…で?ここで俺に何をさせたいんだ?」
もう慣れているとでも言わんばかりの表情に小さく頷いて見せる。
「あなたの魔法工兵としての、技術が必要なの。この倉庫をサツマイモの保存に適した、一定の温度を保つようになるような魔道具を作れる?」
「…なるほど。保存のための魔法か。難しいことはないが、少し複雑な魔法構築が必要だな。」
私の言葉にゼノはブツブツと何かを呟き、顎に手を当てて考え始める。きっと頭の中では複雑な術式が組み上がっているのだろう。しばらくして、ゼノは納得したように頷いた。
「できた。…俺の刻印術式で、真冬だろうが真夏だろうが芋が傷まない『定温貯蔵庫』を作ってやる。」
そう告げたゼノは、両手を朽ちた倉庫の前にかざして、ブツブツとなにかを唱え始めた。その直後、ゴゴゴ…という地震のような揺れとともに、今にも崩れそうだった地下倉庫が真新しい清潔感のある空間に生まれ変わっていく。剥き出しだったひび割れた天井の岩盤はきれいな板で覆われ、床には石畳が敷かれる。両壁と真ん中には木の棚が並び、最奥の壁に大きな空調システムのようなものが作られた。そして、今にも崩れそうな倉庫の入口は、歪みのない長方形へと変わり分厚いのぞき窓付きの木の扉がつけられた。
「…凄い…。」
目の前にみるみるできあがっていった倉庫にもわず声が漏れる。それを聞いたゼノが得意げに笑った。
「魔法をこんなことのために使うなんて、贅沢の極みだが…人殺しの武器になるよりは遥かに良い。…できたぜ、お嬢様。おそらく、この国で最も最新型の定温貯蔵庫だ。」
こうして、芋を保存する最高の環境を手に入れたのだった。
そして、現在。
カイルとナギは新しくなった地下倉庫、改定温貯蔵庫に腰を抜かすほど驚いた。それから、ひたすら手押し車で芋を倉庫に運ぶ作業を繰り返した。ようやく、大きな倉庫が満タンになっても、芋はまだ全体の1/3の量を残している。
「んで、残りはどうするんだよ?」
乾燥して土をはらった芋を片手にゼノが訪ねた。
さて、ここからが戦略開始だ。
「今から、村人たちにサツマイモを売り込みに行くわよ。」
「はぁ?」
「カイル、ナギ。残った芋は手押し車に乗る分だけ、広場に運んで。残ったのは加工に回すから、とりあえずこのままでいいでしょ。ゼノは大きな石板を持ってきてちょうだい。」
「…石板だ?何するんだよ?」
「…実演販売よ。村人達にこの芋がどれだけ美味しいのかを知ってもらうの。」
「うまいって言ったって…こんな見た目じゃ…誰も食わねぇだろ。」
確かにサツマイモの見た目は悪い。色は紫に近いし、ボコボコしていて形も歪だ。でも…。
「人間は食欲には勝てないわ。そして、それを刺激するのは嗅覚……私たちの販売戦略の鍵は極上の匂いよ。」
ふふふ…。
と笑えばゼノを初めとした三人が身を引くが、そんな事は気にならなかった。
今に見てなさいよ…。土塊の実なんて言って忌み嫌っていたこのサツマイモの魅力と旨味にどっぷりとはめてあげるわ。わがままな性悪令嬢の名に恥じない悪い笑みで手押し車に載せられる芋を見つめていた。
夕暮れの広場には焚き火が起こされた。そこに、ゼノが持ってきた岩板を熱する。その上に、収穫して水洗いした芋をのせた。私たちの一連の行動に村人たちは少しづつ広場に集まってくる。しかし、誰も声をかけることはしない。私たちが石板に乗せているのは、村人達が忌み嫌う土塊の実なのだから。
…そうしていられるのも今のうちよ。
そのうち、あたりに暴力的なまでに甘い香りが漂い始めた。
香ばしい皮の焼ける匂いと、蜜が溢れ出す濃厚な甘い香り。食の豊かな前世の人間でさえ、この匂いには勝てなかった。どこからとも無く漂うこの匂いと、独特な呼び声を追いかけて財布を握りしめ駆けるほどに…。
次第に私たちの周りに人が集まり、一人、また一人と家の中からも出てきた。
「…何だ…このいい匂いは…。」
「お腹空いたよぉ…。」
子どもたちが吸い寄せられるように親の手を離しやってくる。
程よく焼けた、芋を一つ取り半分に割った。ホクホクとした黄金色から、甘いたくさんの湯気が上がる。
「一緒に食べる?」
その半分を布で包んで一番小さな男の子に渡した。
「熱いから気をつけてね。」
そう告げて、一口頬張ってみる。
…甘い!前世のサツマイモの中でも、抜群に糖度が高いサツマイモだ!ホクホクとした見た目に反して一口食べるとねっとりと口の中で溶けるように柔らかくなり、甘みが広がる。
そんな私を見ていた男の子は恐る恐る一口、芋を頬張った。その瞬間、彼の顔がパット輝く。
「…甘い!すごく甘いよ!…こんなの食べたことない!母ちゃん、これ、毒なんかじゃないよ!すごく美味しい!」
その声を皮切りに、子どもたちが次々に手を伸ばす。
カイルとナギと一緒に芋を子どもたちに分けていると、スッと大人の手が何本か伸びてきた。その先にいたのは、ロイド達猟師とその妻達。そして、ハナにマーサを初めとした麻布作りをしている女性たちだった。
「俺達にもくれないか?」
「すごくいい匂いだね、お腹がなったよ。」
「息子が、あんなにうまいっていうんだ。クレイベリーだろうがなんだろうが、食べたやろうじゃないか。」
「私も食べます。だって、アイリス様はいつも私たちの為にたくさんの事をしてくれるもの。このクレイベリーもきっと毒なんかじゃないわ。美味しくて当然よ。」
じわり。
じわりじわりと彼らの言葉が胸に沁みる。私の考えに賛成してくれて、手伝ってくれただけではなく、今も私の為に手を伸ばしてくれている。
私は与えてきただけじゃない。この人たちにたくさんの物を与えられて、ここまで来たんだ。
「おい!アイリス様!まだ芋は残っているか?」
「くそ、魚釣りしてたら遅れちまったぜ。」
そこに釣りから戻った漁師達も加わった。そして、次々にカイルとナギから芋をもらって食べ始める。
「うまいな!」
「甘いわ!すごく美味しい!」
「何だこの食感は…?!まるで溶けちまった!」
「アイリス様、もう一本。もう一本だけもらってもいいかしら?」
次々に出る言葉についに他の村人たちも芋を手にし始めた。子どもが食し、身近な人間が食せば、自ずと自分も欲しくなる。そして、この強烈な匂い。きっと、常に空腹を感じている村人たちには我慢ができなかったのだろう。
「どうだ?うまいだろ?俺達が育てたんだ。」
「これはクレイベリーじゃない。俺達ナラク村のサツマイモだ。」
「サツマイモー!」
「さちちゅまッ!」
カイルとナギの言葉に子どもたちから歓声が上がった。
「皆さん、どうですか?これはもう、皆さんの知る土塊の実ではありません。サツマイモとして新しく生まれ変わりました。」
私の言葉に村人たちは芋を食べる手を止めた。多くの視線が向けられる中、震えを隠すようにグッと両手を握る。
「…私は、前もお伝えしたように、このサツマイモをこの村の特産にしてみなさんと育てていきたいと思っています。麦は今の土壌では育てることはできません。麦の代わりにサツマイモを加工した物を領主に収める計画をしています。…ですが、皆さんの協力がなくてはそれも叶いそうもありません。ですから、どうか、私に力を貸してください。サツマイモがあれば肉や魚では足りない栄養素も補えますし、たくさん収穫できるのでお腹いっぱい食べても無くなる心配はありません。」
静かな広場に、焚き火の爆せる音が響く。
「…もちろん、ただで手伝ってほしいとは言いません。」
その言葉に村人たちの表情が変わった。それはゼノもカイルもナギも同じだった。
今までは、村のためにしてくれた労働に対価を支払うことができなかった。でも、これからは違う。
「養鶏や家畜の世話、狩猟や漁業。麻布作りと機織り作業、石鹸作り、下水道管理、そして、サツマイモ栽培を含む農作業など村のための公共事業に携わっていただける人たちには、報酬としてサツマイモをお渡しします。」
その瞬間、村人たちの間にざわめきが広がる。
「さっきの『考え』っていうのはこれだったのか。」
ゼノは小さく言った。それに静かに頷いて見せる。
「…ちょっと待ってくれ。じゃあ、お嬢様の手伝いをしなかったら…サツマイモはもらえねぇのか?」
「そんなの、卑怯じゃないか!」
村人の中から声が上がる。でも、そう言われることは想定してきた。
「卑怯?どの口がそんな事を言えるんだよ。今までお嬢の手伝いもしねえでいい思いばっかりして来た奴らがよぉ?」
ゼノが村人達を睨みつける。それを制するようにゼノの前に出て話を続けた。
「…そう思われても仕方がありません。ですが、村の公共事業に参加していただければ今よりも生活は豊かになります。村が豊かになれば、生活が変わり、生活が変われば皆さんの心にゆとりが生まれ、将来に希望が持てる用になる。そうなれば、出稼ぎに行くだけだった若者が定着し、伝統や文化が次世代に引き継がれて、やがて大きな国へともなるでしょう。」
「そ、そんなふうになる…根拠があるのかよ?!」
村人の声にあえて笑みを作って見せる。
「…ありますよ。…あなたが、来ている服と手に持っている物が『根拠』です。」
「…ッ!!」
その村人は深い緑色の新しい服を着て、手には焼き立てのサツマイモを持っていた。その横の子どもは肌荒れも無く、美味しそうにサツマイモを頬張っていて、横にいる母親は石鹸の匂いのする綺麗に洗われた洗濯物を抱えている。
「…全部…お嬢様の…!」
「家の中が臭くなくなったのも、下水道のお陰だ。」
「毎日新鮮な水が飲めるのも…新しい手押しポンプの井戸のお陰…。」
次々に村人から声が上がる。そう、今の村人たちが当たり前に手にしているそれらはすべて私が発案し、協力してくれた村人たちによって実現されたものだ。
「…私が考えたものではありますが、私一人では何もできませんでした。こうやって皆さんの生活が少しずついい方向に変わっているのは、協力してくれた村の方々がいたからです。…私はもっとこの村を豊かにしたいです。村のどこにいても、活気があって笑顔が溢れてて、みなさんが幸せに暮らせる場所にしていきたいです。…ですから、どうか…私に力を貸してください。お願いします。」
しっかりと言い切って村人全員の目を見てから腰を深く折る。公務員時代に嫌というほど繰り返した「お辞儀」は何年経っても、たとえ世界が変わってもしっかりと身についていた。
「…協力していただける方は、明日、サツマイモ畑で待っています。」
私の言葉に誰も何も言わなかった。それでも、今は村人を信じるしかないのだ。
翌日。
昨日収穫されて、残されたサツマイモが山のように積み上がっている畑に私とゼノ、そしてカイルとナギが立っていた。ココに来てから暫く経つが、誰も村人の気配はない。
「…やっぱりダメだったか…。」
ナギの声にカイルが慌てて口を閉じる様に促す。その視線の先には型を落とす私がいた。
「いい考えだと思ったんだけどね…。」
「賃金の代わりに芋なんて…誰も考えつかねーわな。」
「働いてくれたら、食事は保証しますって意味だったんだけど…やっぱり硬貨のほうが良かったかしら。」
「この村の連中が金なんてもらったて、使う場所すらねえよ。だったら、サツマイモのほうがよっぽど喜ばれるだろうよ。」
「…じゃあ、なんで誰も来ないのよ。」
「チッ…知るかよ。」
どことなく不機嫌な様子のゼノに私も少しずつ苛立ちを感じ始める。
やっぱり、ダメだったのか……そう思ったときだった。
「!!あ!…アイリス様ッ!!」
「見て!見てください!!」
急にナギとカイルが大声で呼んだ。その声に促されて、彼らの視線を追うと…
「こりゃ…すげえな…。」
ゼノが驚いたように、それでも嬉しそうに言った。私とゼノの視線先。村の方からぞろぞろと村人たちがこちらに向かって歩いていた。皆、色とりどりの真新しい服に身を包み、木々の緑をバッグにまるで花畑のようだと思った。
「アイリス様〜!お待たせ!」
「来たよ〜!」
先頭を歩いていた子どもたちが畑の横をこちらに向かって一生懸命かけてくる。
子どもたちは皆、新しい服を着て、肌艶も良くて清潔で…笑顔だった。
あぁ…これがこの村の「未来」だ。
子どもたちの後ろに続く大人たちは、どこか恥ずかしそうで、でも誇らしげだ。もう、飢えてコケた頬はしていない。体も洗い清められ、それぞれにしっかりとした意思を持っている。
ザワリ…鳥肌が立って、手が震えた。
これは恐怖じゃない。武者震いだ。
「…だいぶ重てえもんを背負っちまったな。お嬢様?」
それに気がついているのか、ゼノが軽く笑う。その瞳をまっすぐに見て私は強い笑みを作った。
「望むところよ。…全部背負って、この『ナラク』の底から這い上がって見せるわ。」
ここから、本当の…村の創造再生が始まった。
第一部完結となります。
これから先のお話は、ただいま執筆中に付き、不定期で更新させていただければと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




