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6.母親たちの小さな勇気

翌日から、私とゼノは麻の収穫へ乗り出した。

背中に村長の家で借りた麻かごを背負い、群生地に向かって歩き出す。サツマイモが収穫できたら荷車や麻かごも必要になるかもしれないな。でもサツマイモが収穫される前に貯蔵庫も作らないといけない。

頭の中で今後のことを考えながら足を進める。

ちょうど村の出口に差し掛かったところで、一人の若い母親が、ボロボロの布を体に巻き付けただけの幼い我が子を抱きしめ立っていた。


「あ、あの。」

「どうしました?」


控えめにかかった声に答える。


「……本当に、柔らかくてきれいな布を作れるんですか?」

「え…?」

「昨日、あなたが言っていたこと…。この子、今の布が肌に合わないのかよく肌が赤くなるんです。」


若い母親に言われて腕の中の幼子を見れば、布がこすれたのかところどころ皮膚が赤くなっているのが見えた。


「…本当に、作れるんですか?」


私と話すことをママ友たちから禁じられているのか、緊張しているのか。その震える声に、私は真っ直ぐ彼女の目を見て答える。


「ええ。子どもたちの肌を傷つけない、涼しくて、吸水性の良い布を作れます。…最初は大変かもしれない。でも、私が効率的なやり方を教えます。少しづつ、作業の手が空いたときでもいいので手伝ってもらいたいんです。」


私の言葉に彼女は何かを決意したように頷いた。


「…私、やります。この子に、まともな服を……一度でいいから、きれいな格好をさせてあげたいんです。」

「ま、待って!…私も、私も手伝うわ。」


その時、村の方から幼児の手を引いて別の女性がやってきた。


「うちの息子のズボンももうお尻が突き出そうなの。…新しい服ができるなら、私も息子に着せてやりたい。」

「…昨日はみんなの前で、言う勇気がなくて…。でも、この子の生活が少しでも良くなるなら、やらせてください。」


彼女たちの思いがひしひしと伝わってくる。

「生活」を守るための義務感ではなく、「愛する者のために」という強い思い。


「ありがとうございます。ぜひ、力を貸してください。」

「「はい!」」

「あぁ~?」

「母ちゃ、なにしゅる?」


母親たちの返事に子どもたちが不思議そうに声を上げる。私はそれを見て笑顔で答えた。


「君たちが幸せになれる服を作ってくれるんだよ。お母さんたちのこと応援してあげてね。」


私の言葉はまだわからないのかもしれない。でも、子どもたちの真っ直ぐな瞳に私は絶対に成功させることを静かに誓った。




「いい?マーサさん、ハナさん。麻は狩るんじゃなくて、根っこから引き抜くの。そうすることで、繊維を一番長く、無駄なく取れるから。種になる実は捨てないで持って帰りましょう。」


私は自ら泥に膝をつき、麻の抜き方を実演した。農業を学んでおいてよかったとつくづく思う。幼児を連れた中年の恰幅の良い女性マーサさんは子供と一緒に作業をしてくれて、幼子を連れた若い女性ハナさんは幼子を私の持ってきた麻かごに入れて作業に取り組んでいた。


「アイリス様!できました。たくさん抜けたわ!」

「私もだよ!うちの息子もよく手伝ってくれる。こりゃ才能があるかもしれないね!」


女子が集まれば会話が弾むものだ。私は久しぶりの賑やかな作業に楽しみながら没頭した。


抜いた麻は、数日間水に浸して発酵させる。茎のしんと繊維をつなぐ「かわにわ」を分解させるためだ。

サツマイモ畑に増設した井戸のほど近くに放置されていた朽ちた納屋の前でハナは水槽を覗き込んだ。


「……うう、アイリス様。これすごく臭いですね。」


ハナは鼻をつまみながら水槽から麻を引き上げる。


「ごめんなさいね。でも、この腐れが後の柔らかさを生むんです。これをしっかりやらないと、後で芯がきれいに剥がれないんです。」


私が言った柔らかさという言葉に反応したのか、ハナは鼻をつまむ手を離し両手でザッパザッパと真剣に麻を引き上げ始めた。…誰のために始めたのか…それをちゃんとわかってるのだ。


ドロドロの麻を水洗いし、天日に干す。これだけで丸一日を費やした。ハナの手はふやけて泥にまみれているが、その顔は晴れやかだった。


「明日は私が来れないんですけど、代わりにマーサが来ますから。」

「わかりました。今日はお疲れ様でした。」


労働をねぎらって頭を下げれば、ハナは子どもを抱き上げて村に戻っていった。本当は労働対価を支払いたいけど…。そこまで考えてふうとため息が出る。今の村にはそんな余裕はないか。…でも、この布がうまく行けば…。少しづつ形を帯びてきた繊維産業に私はさらなる展望を計画していた。


翌日、乾燥した麻を次の工程へ回そうとした時、ゼノが背負い袋をドサリと目の前においた。中には見慣れない木製の道具が入っていて、マーサが目を丸くしている。


「……おい、持ってきたぞ。魔法は使ってねえ。村の廃材と、そこらに転がってたくず鉄を叩き直して作った麻打木だ。」


ゼノに作ってもらったのは、てこの原理を利用して麻の芯を砕く大きな木製のハサミのような道具だった。


「何でも魔法でやっちまえば簡単だが…それじゃあ、俺が居ねえときに誰も直せねえだろ。これなら村の大工でも修理できる。」

「ありがとう…ゼノ。」


ゼノも少しずつ村人のためにできる魔法を使わない事を理解しているようで安心する。私は、早速、不思議なものを見て目を丸くしているマーサに使い方を教えた。

そして、ここからが本当の地獄だった。

乾燥した麻を打木に挟み、ガチャン、ガチャンと力任せに砕いていく。芯が粉々になったら、次は木の板で叩いてゴミを落とすそぎ取りだ。


「はぁ、はぁ、アイリス様、こりゃダメだ。もう腕が上がんないよ。」


マーサが汗だくで座り込む。砕くたびに舞う細かい塵で、みんなの髪は真っ白だ。


「力が入りすぎよマーサさん。手首のスナップを効かせて。」


最初はなかなかきれいな繊維が出てこず、ボロボロにちぎれてしまうこともあった。


「せっかく抜いたのに、これじゃ、ゴミじゃないか。」


弱音を吐くマーサだったが、私は折れた麻の中から輝く一筋の繊維を見逃さなかった。


「見てください!ここ、この透き通った糸!…これが私たちが探している宝物ですよ。さぁ、諦めないで、一緒にやりましょう。」


私もマーサといっしょに打木で麻を打つ。正直、二の腕はパンパンで限界に近かったがここで諦めたくはない。必ず、繊維を取り出して、布を作ってやるんだから!


数日後。納屋から響く「ガチャン、ガチャン」という奇妙な音に興味を惹かれたのか、一人、また一人と村の女性達が覗きに来るようになった。


「何してるんだい、お嬢様たちは。」

「ほら見て。あんなに汚い草から、あんなにきれいな毛が出てきたよ。」


覗いている女性たちの声に私はもっとよく見えるようにと、静かに体制を変える。

その横では、ハナがゼノが作り直した鉄くしで繊維を何度も何度も梳かし上げていた。すると、さっきまで泥臭い茎だったものが、まるで「美女の髪」のような、滑らかですべらかな銀色の繊維へと変わっていった。


「綺麗…。」


窓から覗いていた女性の一人が思わず呟いた。


「良ければあなたもやってみませんか?手を貸してくれたら、次はあなたの子どもの服を織りますよ。」


ここにいる女性たちの殆どが子を持つ母親なのだ。だとしたら、子どものためと謳えばきっと手を貸してくれるはず。もう、最初に提案したときとは違う。ハナやマーサと言った同じ村人が作業しているんだから、ハードルも下がっているだろう。


「…す、少しだけ…。」


少し照れくさそうに納屋に入ってきた女性にマーサーが明るく声をかける。


「なんだい、メグ!今頃来たのかい?」

「ちょっ、マーサ!…だってマーサとハナが毎日服作りの話をするから…気になって…。」

「メグ、やってみてよ!この糸ができる瞬間ってすごく、気持ちいいのよ。」


そこにハナも加わって、鉄ぐしの使い方を教えていた。その光景に思わず頬が緩む。こうやって最初は私から始まったことも、少しずつ村人から村人へ伝わっていけばいい。


それから、手伝う女性は日を追うごとに増えていき、ゼノは文句を言いながらも、増えた女性の分だけ必要な道具を魔法無しで作ってくれた。ここまできたら、ついに麻を布にする最終工程だ。


村の古い倉庫にある数台の機織り機の話を村長に聞いていた私は作業の合間を見て、ゼノと様子を確認しに来たが、思わず絶句した。


「…嘘でしょ…?」

「こりゃ…ひでぇな。」


倉庫に眠っていた機織り機は、倉庫が朽ちて屋根が抜けたこともあり、埃と雨水を被って腐食し、部品は欠け、土台は腐り落ちていた。


「これじゃ、使い物にならないじゃない。」

「新しいのを用意したほうが早いかもしれねえな。」

「そんなお金あるわけ無いでしょ?……ゼノ…お願いがあるんだけど?」

「まて、その先にお嬢様が何を言うのか、想像できるぞ。」


ズイっと近づいた私と離れるようにゼノがグッと下がる。


「わかっているなら、話は早い。ゼノ、お願い。これらを修理してほしいの。あなたの精密な魔力制御なら、新品同様になおせるはずよ。」

「……チっ…予想はしていたが…。芋の次は魔法なしの道具作り、そして次は機織り機だと?俺は軍人だっつーの。」


ゼノは心底嫌そうな顔で盛大に毒づいた。


「軍人なんて関係ないわ。あなたもこの村の関係者よ。それに彼女たちの家族への思いもずっと見てきたからわかるでしょ?」

「…クソっ!」


ゼノは吐き捨てるように言うと朽ちた機織り機に視線を向ける。


「…わかった。俺が完璧に蘇生させてやる。ただし、壊れたときの修理は女どもがするんだぞ。それが条件だ。」


ゆるく睨んできたゼノに私は満面の笑みで返す。


「ついでに今作業している納屋を拡張して、作業場と機織り部屋と作ってくれないかしら?」

「!!……おまえなぁッ!!」


ゼノが私に魔法を放つ構えを取ったので私は笑いながら納屋を出た。

そして、翌日。新しく拡張修理された納屋に数台の新品同様の機織り機が並んでいた。

驚くハナやマーサを初めとした女性陣にゼノが面倒くさそうに、仕組みを説明して、修理の方法まで板に書いてレクチャーしている。その光景を見た、カイルとナギは「ゼノが善人になったと」口を滑らし、雷魔法でしばらく追い回されていた。


納屋にはガチャン、ガチャンという音に重なってカタン、カタンという心地いい音が響き始めた。

ハナがなれない手つきでシャトルを動かし、少しずつ白い布が織り上がっていく。


「アイリス様!できた!できました…私たちの手で…布ができました!」


感極まったハナの声に涙が滲み、横に居たマーサはそっと目頭を拭った。

その布は、まだ少しゴワゴワしていて私の知っている麻布とは程遠い。売り物にもならないだろう。けれど、泥に塗れ、筋肉痛に耐え、みんなで汗を流して作り上げたその『白』は、どんなに高級な絹織物よりも眩しく見えた。


「さあ、次はこの布を染めましょう。皆さんのお子さんが好きな色に。」


私の言葉に女性たちの顔に達成感の笑みが浮かぶ。愛する者のために、みんな、ここまでやってきた。この布は、母親たちの愛情の塊なのだ。


こうして、ナラク村に新しい産業となる糸が紡がれた。

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