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5.実演販売と荒れ地に眠る「繊維の倉庫」

狩猟の問題を解決してから、村では安定的に肉が手に入るようになっていた。しかし、肉だけでは健康に偏りが出てしまう。なんとか野菜を入手したいけど…野草取りの女性たちはグループ意識が強く、余所者の私を同行させてはくれなかった。


「なんとかならんもんかねー。」


しっかりと根づき、すくすくと育っているサツマイモ畑を見ながら一人愚痴る。畑の奥ではカイルとナギがせっせと水やりに精を出している。


「よお、お嬢様。サボりか?」


ゼノはだるそうに歩きながらやってくると、私の隣にドサッと腰を下ろした。


「サボっているように見えたなら、あなたの目は節穴ね。」

「ハハッ!…ずいぶんな言いようだな。俺はあんたの指示通り新しい井戸を作ってきたのによ。」


ゼノには今後の畑の拡大を考えて、新しい井戸の建設をお願いしていた。畑のすぐとなりにできた井戸は、もちろん手押しポンプ付きで、水やりも楽なるだろう。本当は自動散水機をお願いしようかとも思ったが、便利にしすぎるのは良くない。今後の展開と作業量を考えれば村人たちに楽をすることに慣れてしまっては困るのだ。マンパワーはどこの現場でも必ず必要になるのだから。


「……なぁ、お嬢様。」


ゼノは水の入った筒を私に手渡しながら尋ねる。


「お前、本当はもっと楽な生き方があっただろ?公爵家に戻れるように頭を下げるとか、他国へ逃げるとかさ。…なんでこの泥だらけの貧しい村に執着するんだ?」


私は泥だらけの手を見て思わず笑みがこぼれた。


「楽な道は退屈なのよ、ゼノ。それに……描いちゃったのよね。この村が、世界で一番豊かな場所になる未来図面を。…私のとなりで、不器用な魔導技師が不貞腐れながらこき使われてる姿も一緒にね。」

「…不器用は余計だ。」


ゼノは顔をそむけたが、その耳はかすかに赤く染まってるのを私は見逃さなかった。


「お前のその図面…俺がいなきゃ形にならないんだろ。なら、最後まで付き合ってやるよ。その代わり…今よりもこの村の連中を幸せにしなかったら承知しねぇからな。」

「ふふ…。馬車馬のように働いてもらうからそっちこそ覚悟しなさいよね。」


どちらともなく笑い合う私たちに夏の香りを乗せた風が吹いた。もうすぐ春が終わり夏がやってくる。この世界にも前世と同じ様に四季があることを喜ぶべきなのか…。ただ、夏が来るのであればその前にやらなくてはいけないことがたくさんあった。


「さてと、じゃあ、早速お付き合い願いましょうか?」

「なに?」


水を飲んでいたゼノに言って、彼を待つことなく歩き出した。


「おい、待てよ!…どこに行くんだよ?」

「川よ。魚の収穫量を上げるために漁師たちに会いに行くの。その後は、西の草原に野草を探しに行くわ。」


この村から少し歩いたところに川が流れている。山の滝から流れ落ちる水は量も多く澄んでいるが、流れが早いため、村人たちはあまり使用していない。井戸の水があれなら、川の水を飲んだほうがまだマシだと思うけれど、ナギの話ではまわから水をくんで村に何往復もできる大人がいないそうだ。カイルたち若者は早朝にやっていたこともあるが、あまりの重労働と空腹で続けることができなかったそうだ。もちろん、子どもたちも危ないから近づくことを禁止されているという。

唯一、漁師たちが毎日川に行って魚を釣るついでに水を汲んでくるというがその量はたかが知れていた。

今は川から水を組むことをやめて、井戸水を主な生活用水として使用しているが、井戸の数は少ないし今後の発展を考えると川の近くは開発しておきたい。


「魚釣り小屋と燻製小屋を作りたいの。」


歩きながらゼノに告げる。


「燻製小屋はまぁ、わかるが。なんで、魚釣り小屋なんて必要なんだ?」

「理由は2つあるわ。一つ、防寒と悪天候対策。雨や雪、風を遮断して保温性を保つことで釣り人の安全性を確保できる。一つ、釣りの効率化と快適性。小屋があることで長時間の作業が可能になり釣果につながりやすくなる。さらには休憩や食事スペースも確保できるし、釣り道具や仕掛けなんかも保管できるから、わざわざ、道具を持って歩かなくて良くなるのよ。」

「ほー。さすがお嬢様、考えることが違うな。」

「ありがとう。でも、私の提案を漁師たちが取り入れてくれるのかが問題よ。」

「…何か策があるのか?」

「あるわよ…ゼノっていう策がね。」

「は?」


私の言葉にゼノが首をかしげる。


「おい、まさかッ…!」

「…察しが良くて助かるわ。…くれぐれも、よろしくね、魔法工兵様。」


顔をひきつらせているゼノを尻目に私は足を進め、川辺に向かった。




「魚釣り小屋?」

「そんなもん必要ねえよ。」

「俺達は今のままで構わねえんだ。」


案の定、漁師たちは私の提案に反対した。もはや、この反対はデフォルトなのかとも思えてくる私は疲れているのだろうか?


「まぁ、そう言わずにまずは実際に使ってみてください。…ゼノ、お願い。」

「チっ…!」


公務員時代の営業スマイルを貼り付けて、合図をすれば、盛大な舌打ちをしたゼノが両手を川の水面に向ける。すると、森から複数の木の枝や葉が飛んできて、みるみる間に水上コテージのような、素朴な小屋が出来上がった。


「な、なんだ、こりゃ!」

「家が…できちまった!!」


漁師たちが驚くのも無理はない。いま自分たちが寝起きしているあばら家よりもしっかりした小屋が出来上がったのだから。


「戦場で簡易基地を作るときにやっていた作業だが、水上は勝手が違うな。少し、歪になっちまった。」


完成した小屋に納得がいかなかったゼノは、もう少し改良をしようとしていたが私はそれを止めた。


「あんまり立派にしないで。今後は漁師たちが作業しやすいように改良していくんだから。少し不便さがあったほうがいいのよ。」


こそっと耳打ちすれば、ゼノは納得いかない様子は変わらないが黙って引き下がってくれた。


「…よければ、どうぞ中に入ってください。」


驚愕している漁師たちに入室を促す。初めは怖がっていた彼らも、リーダー格と思われる一人が入るとそれに続くように、中に入ってくれた。


「こりゃ…すげぇな。」


室内は小さな作りながらも、火を起こせるミニ囲炉裏や換気のための窓もあり、大人二人が横になれるスペースもあった。更に小屋の入り口から一番離れた奥の床は三箇所抜けていて、そのまま釣り糸をたらせる作りになっている。

漁師たちは皆キョロキョロしながら、小屋の作りに興奮していた。さて、ここでもう一押し。


「中の快適さは想像以上ではないですか?ここなら、休憩も食事もできるし、雨風に打たれることもない。寒さや日差しも遮って、快適な作業空間がありますよ。」


私はそっとおいてあった釣り竿を手に取った。


「もし、興味があるなら実際にここで釣りをしてみるのはどうですか?」


竿を差し出された漁師は戸惑いながら受け取り。床の抜かれた孔に糸を垂らす。


「そのまま座ることもできるので、体の負担も減ると思います。」


私の言葉に促されるまま、漁師は腰をおろした。今までは足場の不安定な岩場で釣りをしていた彼れらには衝撃的な快適さだろう。ここなら、濡れて滑る危険な石を渡り歩くこともないし、天候に左右されずに毎日釣りができるのだから。

程なくして、一匹の魚が釣り上げられた。


「釣った魚はそのまま、その台で締めて内蔵を取り除いていただいて燻製室へ入れてください。そうすれば日持ちもするし、持って帰る重量も半分以下になるはずです。もちろん生身持ち帰っても構いませんが。…それに燻製にする作業は魚が食いつくまでの時間の有効活用になりますよ。」


私の言葉に漁師たちの目が輝いた。

私が彼らに行ったのはいわいる実演販売だ。前世では実演販売士という家電量販店や百貨店などで実演を交え、商品の魅力を伝えて販売するプロフェッショナルの有名人もいたほど販売戦略としては有効な一手だ。約15分で集客、商品説明、購買誘導を完結させ、巧みな話術とパフォーマンスで高い販売力を叩き出す。元公務員の私にはそれほどまでの高い技術はないが、納得できない住民を納得させる交渉は腐るほどやってきた。その経験値とゼノの魔法が加われば、相当な販売力になるはずだ。


じゃあ、そろそろ最後の仕上げをしようかしら。


「せっかく作ったので、よかっら皆さんで使ってください。このあと燻製室も作っておきますから。使い方はロイドさんに聞いてくださいね。1週間後にまた来ますのでそのときに皆さんの意見を聞かせてください。不要だと判断された際にはすべて取り壊しますので。」


もちろんクーリングオフも忘れない。

私の話を黙って聞いていた漁師たちはなにか言いたそうだったが、最終的には了承してくれた。


「俺はレアムだ。コイツらを束ねて村の漁師をしている。…1週間後、また来てくれ。」


ぼうす頭の長身の中年男性が一歩前に出て私に言った。この村の人から自己紹介をされるのは初めてではないが、何度経験しても胸がジンと熱くなる。


「改めて、アイリスです。よろしくお願いします。」


手を差し出せば、レアムは戸惑ったようにしたあとおずおずと同じ様に手を差し出し、私たちは軽く握手を交わした。…交渉成立、お買い上げありがとうございます。


「お嬢様、顔がにやけんぞ?」

「うるさい。」



そのあとは川辺をあとにして西の草原で野草探しをおこなった。でも、食べられそうな野草は見つからず、更に奥の湿り気のある谷間へと足を踏み入れた。


「お嬢様、どこまで行くんだよ。こんな湿っぽいところにあるのは雑草くらいだぞ。」


ブツクサと文句をいうゼノを無視して、歩いくと背の高い草が生い茂っている拓けたところに出た。


「ったく、どう見たって雑草しか生えてねえだろうが。」


盛大に溜息を吐いたゼノに私は足を止める。この草……この形…!


「……これ、雑草じゃないわ……!」

「はあ?」


前世で見たことがあるこれは…


「麻よ!…ここは麻の群生地よ!」


目の前には天に向かって真っ直ぐに伸びる細くしなやかな茎が風に揺れていた。

ナラク村の人々の服は、今はツギハギだらけのボロ布だ。冬をこすのには薄く、夏は汗を吸わない。衛生面から考えてもこれから夏が来る今は、衣服の問題は急務だった。


「……こんな草が何の役に立つんだよ?食べられもしないのに。」


同行していたゼノが不思議そうに首をかしげる。私はその茎を一本折り、皮を剥いで中から出てきた強靭な繊維を指で弾いた。


「いい、ゼノ。これは服になるの。それも、この村の未来を彩る…最高級の糸…にね。」

「はあ?どう見たってただの草じゃねえか。」


ゼノはまだ納得も、理解もできていない様子だが私の頭の中ではすでに麻から繊維を取り、布を織る工程が考え出されていた。それと同時に重要な問題点がすぐに浮かび上がる。


「…人手が必要よね…。」


カイルとナギはすでに下水道とサツマイモ畑の件で手一杯だし、ロイドやレアムたちは村の食料確保を担っているから、頼むことはできない。他の男でも出稼ぎに行っている状態だ。


「となると……お願いするのは…村の女性たちか。」


そう考えただけで、ズンと胃のあたりが重くなった。

グループ意識の強い彼女たちをどう説得すればいいのか。私はサツマイモの件以来、未だに村八分の状態だ。肉を提供したのはロイドだから、私の手柄とは言えないけど私の戦略もあったわけだし…少しくらい私に友好的な態度をとってもいいのではないだろうか?

無意識に大きなため息を吐けば、隣のゼノが吹き出して笑った。


「さっきから、喜んだり落ち込んだり忙しいなお嬢様は。」

「…交渉しにいかなきゃいけない事になった。」

「あ?誰に?」

「この村の女性陣…。」


低い声でため息交じりにこぼせばゼノの顔から笑みが消え、慰めるような、憐れむような表情が浮かんだ。


「…ご愁傷さま…。」


はぁ…。再びため息を吐いた私は来たときとは比べ物にならないほど思い足取りで、村に戻った。




村に戻ってから、早速、村長に相談し村の女性達を広場に集めてもらった。


「この麻を刈り取って、繊維を取り出し、糸を紡ぎましょう。そうすれば、みんなに新しい服を作って上げられます。」


数本の麻を見せながら提案するが、返って来たのは冷ややかな視線と冷たい言葉だった。


「家畜の世話で精一杯でそんな事する余裕がないね。」

「布なんて、織るのにどれだけ手間がかかるか知ってるの?そんなことよりも食べ物を用意することの方が大事よ。」


彼女たちの手は、日々の重労働でひび割れ、未だに痩せている頬はこけ疲れ果てていた。


「お嬢様の我ままには付き合っていられないの。」

「芋だの麻だの…手間のかかることばかり押し付けないでよ、迷惑だわ。」


冷たい言葉が心に突き刺さる。結局、彼女たちには私の言葉は、理想を押し付ける「お嬢様のわがまま」にしか聞こえないのだ。貧しい村では日々の生活で精一杯で労働力を確保することも難しい。

話は終わったのか。と立ち去ろうとする女性たち。その姿になんて言葉をかけていいかわからず、無言で見送ってしまう。そして、ついに広場から女性たちが消え、村長とゼノと私だけが残った。


「すいませんの。昔は機織りもしてたんじゃが…生活が苦しくなってからは、布を織るより食べ物を確保することが優先されてしまって。」


村長が申しわけなさそうに頭を下げるが、私はそれを慌てて制した。

生きるためには服よりも食べ物だ。それは至極当たり前のこと。衣食住の中でも優先されるのは食。その次は住。最後が衣なのだろう。


「…大丈夫です。まずは私の方で始めてみますね。」

「アイリス様、お一人でですか?」

「ええ、まぁ。…それなりに体力はあるので。」

「…一人、じゃねえだろ?」


作り笑いで村長に答えていた私の背中にゼノの声がかかった。


「俺も手伝うぞ。人手が必要なところは魔法でカバーしてやる。」

「…ゼノ…。」

「だから、そんな顔すんな。」


ポンッと大きな手が頭に乗った。ゴツゴツとした手の感覚とその熱が、優しくて、くすぐったい。


「ありがとう。」


こうして、私は村の衣服の問題に取り掛かることになった。


この物語はフィクションです。登場する作業方法や記述はすべて作者の想像であり、実際のものとは異なりますのでご注意ください。

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