4.狩猟は「適切な資源管理」と「計画的捕獲」が基本です
「マタギの山入り?…なんだそれ?」
前世で狩猟が盛んな地方自治体に派遣されていた時、【マタギの山入り】という祭事を見学したことがあった。また変なことを言い始めたなという顔のゼノを横目に私は村長とロイドに祭事の事を説明する。
「狩猟で山に入る際、山の神への感謝と獲物を山から分け与えてもらうための感謝と祈りの儀式をマタギの山入といいます。他にも、獲物が少なくなる冬は「山じまい」というのをして入山を控え1年間の感謝を伝える習慣がある地方もありました。……これなら、山の神を信仰する猟師たちも納得してくれるのではないでしょうか?」
私の提案に村長は考え込むような仕草でロイドを見た。ロイドは未だに睨みつけるような鋭い視線を私に向けている。そしてしばらくの沈黙のあと、ロイドは小さく訪ねた。
「…それを行ったら、山の神の怒りに触れないという保証はあるのか?」
小さく、でもはっきりと聞こえた言葉は未だに納得しきれていない彼の気持ちがひしひしと伝わってくるが、私は大きく首を横に振る。
「保証はありません。ですが、自分に祈りと感謝を捧げる村人に天罰を与えるほど、山の神は無慈悲で冷酷でしょうか?……きっとこの答えはあなた達村の人間のほうがよく知っているはずです。」
そういえば、ロイドは大きな息を吐き何かを決意したように勢いよく振り返り、あばら家の壁にかけてあった、弓を手に掛けた。
「俺はこの村の猟師として祭事を行って狩猟場を変える。」
弓越しにまっすぐ私を見るロイドは、怒ったような表情でそのまま言葉を続ける。
「あんたの口車に乗ったわけじゃない。…俺だって、この村を変えたいって思っているんだ。」
「わかりました。私も、この村を世界一幸福度の高い村にしたいと思っています。…でも、この村の伝統をすべて変えたいとは思いません。ロイドさんたちが大切にする伝統や信仰を私は組織的な安全管理として再定義します。」
「……何だって?」
私の言葉の意味を理解できなかったロイドが聞き返してくる。しかし、私が答えるより先にゼノが口を開いた。
「やめとけ、ロイド。この女の言葉は全部理解するのは不可能だ。」
顎で私を指しながら吐き捨てたゼノを鋭く睨むが、ゼノはそんなことお構いなしに私に得意げな視線をよこす。
「で、俺は何をすればいい?」
「ったく……調子いいんだから。…あなたには測量をしてもらうわ。」
「またかよ?」
「そうよ。新しい狩場を決めたら、そこの精密な地図が欲しいの。高低差、水場、獣道の密度を網羅した3次元地図よ。」
「…何だよ、斥候みてえな作業だな。まぁ、ちょっとやってみるわ。」
ゼノはそう言い残してすぐに家を出ていった。その背を見送ってからロイドに向き直る。
「ロイドさんには猟師仲間を説得してください。猟場を変えること祭事をやること。私よりもあなたの言葉のほうが届くと思うので。……お願いできますか?」
私は悲しいことにサツマイモのせいで村人との関係が微妙だ。説得なら村長の息子である彼のほうが最適だろう。
「…わかった。話してみる。」
強い意志を持った瞳で頷くロイドさんに少し安心をしつつ、最後に村長に向き合った。
「村長さん。いつも勝手に進めてしまって申し訳ありませんが、山入の祭事を行う許可をいただきたいのです。…お願いできますか?」
村長は前世で言うところの私の上司に当たる。何をするにもまずは上司の許可が必要だが、この村に来てから事後報告になっている気がしないでもない。これは、公務員時代の前世であれば由々しき事態だ。
村長は私の言葉に何も言わず、柔らかな笑みでゆっくりと頷いてくれた。
「どうか、よろしくお願いします。…アイリス様。」
最後に名前を呼ばれた時少しの違和感を覚えた。何か含みのあるような間…。でも、今はそれを気にしている場合じゃない。食料が尽きる前になんとか収穫量を上げなければ。私は、村長に礼を言って彼の家を出た。敷居をまたいだ時少し、軋む音がしたが振り返ってみても変わりはない。…このあばら家もいつか変えないとな…。そう思いながら、畑作業をしているであろうカイルとナギのもとへ向かった。
数日後
村の広場にはロイドによって声をかけられた猟師たち3人が集まっていた。
「私はまず、皆さんにいくつかの決まりを了承していただきたいです。」
ロイドのほか集まった3人たちはみな顔を見合わせているが、ゼノだけは面白そうな表情を浮かべていた。
「一つ、雌や幼獣は逃がすこと。一つ、1日に狩猟する個数を決めること。一つ、狩猟場をいくつかの区分に分けて「今年は東。来年は西」と休ませること。そうすることで、数年前に起きた獣が取れなくなる減少を起こさない仕組みを作ります。これならば、山の神も獣が減ることはなく怒りも収まるでしょう。」
山神信仰が強い村では、新しい場所を荒らすことに抵抗があるだろうけど、このルールを守れば持続可能な資源管理ができるわ。
「ロイドさん。これは殺生ではなく、村を維持するための資源管理です。山神様の祭事は、私たちが欲に駆られないための誓約書…コントラクトにもなることを覚えておいてください。」
「…わかった。」
「本当にわかってんのかよ?お嬢様は時折変な言葉を使うからな。」
ゼノが私の前に木の板をだした。そこには数日前に私が指示した内容がすべて書き込まれた地図が描かれている。
「ほらよ。ご所望の品だ。…なんなら、俺が魔法で何匹か獲物を仕留めてきてやろうか?」
「ゼノ…?」
「冗談だ。…俺の魔法がなくてもここの奴らが狩猟できるようにすればいいんだろ?」
「わかってるしゃない。あなたの魔法は生産技術として手を貸してもらうわよ。」
「…生産技術?」
「おい、地図ができたなら見せてくれ。」
ロイドたちがゼノが持っていた地図を覗き込む。
「ここが新しい狩場か。」
「…この谷の地形なら、ここでまちぶせるか?」
「そうだな、このあたりは視界もいいだろう。ここも候補に上げておこう。」
ロイドたちはその地図を見て、自分たちの経験と照らし合わせて作戦を立てていく。その様子を見ながら、私はゼノに声をかけた。
「ねえ、ゼノ。」
「なんだよ?」
「今回はあなたに地味な作業ばかりさせることになりそうだわ。…魔法は「判断材料」を出すだけで、最終的な決断と実行(狩り)は彼らに委ねたいの。」
「…んなことは、とっくに知ってる。」
そっけない言い方の中にかすかな優しさのようなものを感じて私は静かに頷いた。
夜明け前、山の端が僅かに白み始めた頃。
村の外れ、巨大な老木がそびえる「山の門」に、ロイドを先頭に猟師たち3人、アイリス、ゼノ、そしてカイルとナギが集まった。その少し後ろではそれぞれの家族と村長がこちらを見守っている。
冷え切った空気の中に、パチパチ飛ばせる薪の音だけが響いていた。
「……山神様。」
ロイドが野太い声で囁き、地面に膝をついた。それに習うように他の猟師たちも膝をつく。その手には、この村に来たときにつけていた装飾品を売ったお金でゼノが隣村から買ってきた、貴重な酒と新鮮な川魚が添えられている。
村人たちにとって、未踏の狩場に入ることは死の領域へ足を踏み入れることに等しい。ロイドの背中には、間に見えないほどの重圧と先祖代々の畏怖が張り付いていることだろう。
「畏みもうす。…我ら、今日よりこの奥山を借り受け、命をつなぐ糧を賜りたくーーー。」
ロイドが古式ゆかしい祝詞を唱える横で私は静かに地形を観察していた。私にとってこの祭事は単なる迷信ではない。…これは山という巨大な共有資源を利用するためのコンプライアンスの確認。そして、狩人の精神を極限にまで集中させるための安全唱和よ。
儀式の中盤、ロイドは立ち上がり腰のナタで境界を示す縄を断ち切った。その顔は緊張とやる気に満ちている。
「これから山入りだ。」
ロイドの言葉に猟師たちは一斉に声を上げた。
「…ロイドさん。祝詞の次は役割の確認をしましょう。今日私たちは山の神様との契約の更新をしにいくんですから。」
私の声は厳かな場に静かに響いた。ロイドは怪訝そうな顔で私を見下ろす。
「役割だと?獲物を見つけりゃ、俺達の誰かが射てみんなで運ぶ。それだけだろ。」
「いいえ。これからは組織的な安全管理を導入します。あなた達二人は勢子としてゼノが指定した、この谷筋から音を立てて獣を追い込んで。ロイドさんともう一人は射手として、この一点……獣が必ず足を止める岩場の一点だけで待ち構える。そして、捕れた直後にその場で解体・血抜きをしてください。…これは山神様への礼儀であり、私たちの安全のためです。」
ロイドはあっけに取られながらも、私の持っている板を覗き込んだ。ここにはゼノが作った地図をもとに野生動物の足取りデータがびっしりと書き込まれている。
「……おい、あんた。その地図を見ただけで、そのデータってヤツを見れば、俺達が三日三晩懸けても見つけられなかった鹿の群れが、どこにいるのか、どこで水を飲んでいるのかわかるっていうのか……?」
「そのとおりよ、ロイドさん。データは嘘をつかないわ。山神様は、山の至る所にメッセージをの残している。それをゼノの魔法で読み取り、解析しただけ。」
ついにロイドはまぶたを見開いたまま口をつぐんでしまった。他の猟師たちも驚きを隠せていない。彼らの反応は当たり前だ。今まで己の足と、何年も懸けて磨いた感だけが全てだったはずだ。でも、私は彼らが命がけで掴んできた山の心理をぶち壊して、効率的に言語化したのだから。
ゆっくりと、ロイドの視線が私から地図に移り、そして暗闇の向こうの奥山へと映る。
「……信じられないはなしだが、あんたの語る言葉の先には、村の子供達が久しぶりの肉に笑い合う光景が見える気がするな。……理屈はわからないが、山神様が新しい道を示したってことはわかった。…行くぞ!」
ロイドは迷いなく山の門へと足を進めた。
「ゼノ、お願いね。」
「…任せておけ。」
ロイドたちのサポートの為に一番うしろを歩くゼノに声をかければその瞳は静かで確かな喜びが灯っているように見えた。私は今回ばかりは足手まといになるため入山は控えた。
ここから先は彼らを信じることしかできない。
少しずつ明るくなる空を見上げながらグッと胸の前で祈るように手を合わせた。
奥山の深い霧のなか、ロイドはアイリスの指定した「キルポイント」で息を殺して弓を構えていた。隣ではゼノが瞳に淡い魔力の光を宿し、茂みの中を凝視している。
「……来るぞ!100メートル先!アイツらが追い込んだ鹿の群れだ!」
ガサガサと茂みを揺らす音が大きくなってくる。ロイドは冷静にただ静かに感覚を研ぎ澄ませた。風の向き、矢の軌道、獣の匂い。すべての情報を経験と感覚で適切に処理していく。
「来た!」
ゼノの声と同時に、視界の悪い藪の中から巨大な角を持つ雄鹿が飛び出した。それは地図上でアイリスが獣が最も足を停めやすい場所と予測したところだった。
本当にきやがった!
ロイドの放った矢が空気を切り裂き、雄鹿の急所を正確に射抜く。
かつては何日も山をさまよい、ようやく出会えるかどうかだった獲物がわずか数時間の工程で手に入った。ロイドの手が武者震いで震える。それは恐怖ではなく、アイリスの異次元の効率に対する、プロとしての興奮だった。
その日の夕暮れ。
村の広場に、かつてないほどのどよめきが沸き起こった。ロイドを先頭にした猟師の一行が、3頭もの巨大な獲物を担いで帰還したからだ。
「な、なんだッ!その数は!!」
「…大きい…。」
村人たちが腰を抜かさんばかりに驚愕する。私は村人たちに淡々と告げた。
「皆さん、これが適切な資源管理と計画的捕獲の結果です。」
私の言葉にしんっとその場が静まり返る。
「…私は」
「俺は、アイリス様の言うとおりにしてよかったと思っている!」
私の言葉はロイドの大きな声で遮られた。
「俺達は獣が取れなくなってから、何もしなかった。…山の神を恐れて、家族や子どもが腹をすかせて倒れていくのを…ただ見ていることしかできなかった。……でも、アイリス様は俺達にただ見ているだけじゃ、何も変わらないことを教えてくれたんだ。……今夜はみんな腹いっぱいの肉を食ってくれ!…でも、それは誰のおかげかを……忘れないでほしい。」
私の言葉とは違い村人であるロイドの言葉は深く彼らに響いたようで、ロイドを見たあとに多くの視線が私に向けられる。
「…私の言葉や行動は、皆さんの日常や習慣を壊すものかもしれません。でも、すべてを壊そうとは思いませんし、今回のように習慣や伝統を守りつつ新しい事を取り入れて、村の生活が豊かになるように考えて働きたいと思っています。……今すぐに、理解してほしいとは言いません。でも、ほんの少しだけ新しい考えに目を向けてみてください。結果は、皆さんのほうが「実感」するはずです。」
村人たちを見回して最後にロイドを見る。彼は少しだけ笑って小さく頷いた。
「今夜は、炊き出しをしましょう!皆さん全員でお腹いっぱい食べましょう!」
私の言葉にロイドたち猟師とカイルとナギ、そしてゼノの声が上がった。他の村人たちはどうしていいのかわからないようで、顔を見合わせている。……でも、今はそれでいい。新参者の私に対する村人たちの思いは様々だろう。もちろん信用だってしていないこともよく分かる。
でも、今はただ、この空腹を同じ鍋を囲んで満たしたい。
広場にはまたたく間に焚き火がおき、肉の焼ける香ばしい匂いと下たる脂の貼せる音が広がった。数年ぶりに見る溢れんばかりの肉料理に村人たちも笑顔になる。
「美味しい!…お肉ってこんなに美味しいんだね!」
「もっとちょうだい!」
肉を柔らかく煮込んだスープを必死に掻き込んで、笑い合う子どもたちの姿に思わず鼻の奥がツンと熱くなる。大人たちも日頃の疲れを忘れたかのように笑い合い、久しぶりの幸福な喧騒が村を包んでいた。
宴の最中、私はゼノとロイドを連れて、狩場への入口へと向かった。そこにはゼノの魔法とカイルとナギと私で作った石造りの建物があった。
「ロイドさん、これは魔法触媒による冷気保管庫と排熱を利用した常設型燻製室です。これが私の提案する移動式解体。加工拠点よ。」
ロイドは新しく作られたその施設を見上げ私に問いかける。
「わざわざ山の中にこんなものを作るのが、アイリス様の効率なのか?」
「ええ。今までみたいに思い獲物を丸ごと村まで運ぶのは時間の無駄です。ここで内蔵を処理して、肉を乾燥・燻製にする。そうすれば、運搬の重さは三分の一になります。一度の遠征で持ち帰れる食料は三倍、労働力は半分。……これが、村を豊かにする『ロジスティクス』です!」
彼は私の言葉に迷いなく頷いてくれた。何かしらの反論があると思ってただけに少し気が抜ける。
「わかった。あんたに着いていけば…本当にこの村は変わるんだろうな。」
そう言って夜空を見上げたロイドに続いて私も顔を上げる。満点の星の下で村の明かりは灯り、笑い声はまだ響いている。私はその光景に少し目を細めた。
「サツマイモが育つ頃には、この村でお腹をすかせた子どもたちが一人もいなくなるようにしてみせるわ。」
私の小さな決意と思いは瞬く星の影に落ちて消えていった。




