14 白い宝石の発見と釣れた鯛
数週間前
秋の冷ややかな風が吹き抜け、ナラク村の周囲の山々が茜色に染まり始めた頃のこと。
私は日当たりの良い南側の斜面を巡回しながら、ふと足を止めた。視線の先で、緑の葉の間にポツポツと弾けるように咲き誇る、真っ白な塊が目に入ったからだ。
「……綿花だわ。しかも、これほど良質な野生種が群生しているなんて…!」
溜まらず駆け寄り、その柔らかいコットンの房をそっと指先で撫で下ろす。その柔らかな感触に胸の奥がカッと熱くなるのを感じた。
夏に私たちが作り上げた麻布が『繊維の女王』なら、この綿は間違いなく『安らぎの王』。私の脳裏には、これからこの村を襲う殺人的な冬の光景が嫌でも浮かんでいた。いくら家が新しくなったとはいえ、暖房器具は暖炉一つ、固い藁に身を寄せ合い、寒さに震えながら夜を明かす村人たちの姿――前世の記憶にある「快適な冬」を知る私にとって、それは胸が締め付けられるほど耐えがたい惨状だった。
…そして、何より…『布団』!!固い板の上に藁を敷いて寝るのはもう耐えられない!!
毎朝、首と肩は痛み、腰はだるい。たまに夢に見るのは、ふかふかの敷布団と温かい掛布団に柔らかな枕で包まれて眠る至福の時間。寝ているのに『寝る夢』を見るなんて、もう終わっていると言っても過言ではない気がする!!
手に取った綿を握る手に力が入る。
それは、布団への野心と、この村の指導者としての情熱が、私の中で一つに重なった瞬間だった。
けれど、理想と現実のギャップはいつだって厳しい。綿花の収穫こそまるで白い星を摘むような楽しい作業だったものの、本当の地獄はその先に待っていた。
収穫した綿の奥深くには、硬く小さな種がしっかりと根を張るように食い込んでいたのだ。
「アイリス様、これ……芋の皮剥きより指が痛くなります。爪の間に種が刺さって……。」
「手でやってたら、一晩かかっても目標の半分も取れやしなよ……。」
作業場でマーサたちが赤く腫れた指先を押さえ、消え入るような声でため息を漏らす。その痛々しい手を見て、私は自分の甘さを痛感した。前世のように機械でやるわけではない。手作業の効率の悪さは、現場の士気を著しく低下させる。
「ゼノ、出番よ。魔法は禁止。……二つの木製ローラーを逆回転させて、種だけを弾き飛ばす機械・綿繰り機を作って。」
「……チッ、お前は俺を便利屋か何かだと思ってんのか? また、ずいぶんと複雑そうな機械だな。全体図は描けるか?」
「…あなた、私の絵が下手だって笑うじゃない?」
「下手でもなんでも、構造自体がわからなきゃ、作ることが出来ねぇんだよ。いいから、とっとと描け!」
その辺に落ちていた木の枝を私に投げてよこしたゼノを睨みつけながら、地面に転がった棒を渋々拾って記憶を頼りに枝を走らせた。
「綿花っていうのは中心に硬い種がゴロゴロ詰まってて、その周りに毛が生えているの。手で一つずつ毟っていたら、あっという間に冬が来ちゃうわ。そこで、この図を見て。この二本の木のローラーを使用するの。」
2つの小さな円を描いて、その円の間にグッと枝を差し込んだ。
「2本のローラーを、お互いに向けて逆回転させる。そこに種が付いたままの面を押し込むの。ローラーの間隔は綿の繊維がギリギリ通るくらいに調整をしておく。」
ゼノがジッと地面の円を見つめる。私は円の先へ引き延ばされるような線を走らせた。
「するとどうなると思う?柔らかい繊維だけがローラーに巻き込まれて向こうに引っ張り出されて、固くて大きい種だ怪我、こっち側にポロポロと弾き落とされる。これが「綿繰り」の仕組みよ。これだけで手作業の何倍もの速さで種が取れるわ。」
「…なるほどな。ローラーの間隔の加減が命か。注文通り、魔法無しで作ってもいいが、その場合最悪冬に間に合わなくなるぞ?魔法で動くカラクリじゃなく手動で動く形で、機織り機みたいに女どもが修理できるようにすればいいか?」
「そうね…。今は時間がないから…ええ、いいわ!お願い。」
ゼノはいつものように悪態をつきながらも、村の大工たちから廃材を持ってくると、あっという間に木製の『綿繰り機』を作り上げてくれたのだった。
ハンドルを回すと、二つのローラーの隙間に挟まれた綿から、ポロポロと面白いくらいに種だけが弾き飛ばされていく。手作業の何十倍もの速さで純白の綿が分離していく光景に、さっきまで沈んでいたお母さんたちが「こりゃ便利だ!」と歓声を上げた。その笑顔を見て、私は心底ほっと胸を撫で下ろした。
だが、試練は終わらない。種を取ったばかりの綿は固く引き締まっており、そのままでは布にも布団にも使えなかったのだ。
「次は『綿打ち』よ。綿の繊維をほぐして、空気を含ませるの。」
今度は、ゼノが魔法を使用せず竹と頑丈な弦で作ってくれた大きな『弓』のような道具を配った。
メグたちが弦を指で弾き、その振動を固まった綿に与える。「バーン、バーン」と澄んだ音が作業場に響くたび、固かった綿がパッと弾け、まるで空の雲のようにふんわりと膨らんでいく。
そう、これよ……! この柔らかさが必要だったの!劇的に変化していく綿の姿に、私の胸は高鳴りを抑えきれなかった。
ほぐされた綿は、私の指示通り二つの道へと分かれていった。
ひとつは、糸車を使って紡がれる『木綿糸』だ。麻糸よりも柔らかく繊細なため、紡ぐのにはかなりの技術が必要だった。力加減を誤るとすぐにプチリと切れてしまい、ハナやマーサたちは何度も悔しそうに糸を繋ぎ直していた。麻糸を作るときと同じくらい彼女たちの執念と熟練の技は凄まじかった。彼女たちも冬に温かいものを子供たちに着せてやりたいのだ。
麻糸でも使用した機織り機にセットされた木綿糸が、「カタン、コトン」と優しい音を立てて織り上げられていく。出来上がったのは、麻布とは比べものにならないほど肌触りが良く、手に取っただけでじんわりと温もりが伝わってくる『木綿生地』だった。触れた瞬間、思わず頬が緩んでしまうほどの心地よさだった。
そしてもうひとつは、ふかふかにほぐされた『詰め綿』。
「アイリス様、ただ布の中に綿を詰めるだけでは、動くたびに中で綿が寄ってダマになります。保温効率が 40% 以上低下する計算です。」
授業が終わり、子供たちと共に作業場に来たソロンは眉をひそめて指摘してきた。相変わらず、どこで調べて計算してきたのかわからないが、何やらびっしりと書き込まれた資料を片手に綿が詰められていく工程を見ている。私が、綿で布団と防寒具を作りたいって言ったのは確か今朝だったはず…。調べる時間なんてあったのかしら?
「表面に一定の傾斜を持つ菱形の縫い目……いわゆる『キルティング』を施すのが最適解です。均等な圧力をかけることで、綿の偏りを防ぎ、空気の層を固定できます。」
彼は手元の紙の中から数枚を女性たちに配った。そこには正確な幾何学模様が描かれている。
「うわぁ、ずいぶん難しそうだね。」
「キルティングなんてやったことないけど。」
「アルテ、アンタならできるんじゃない?ほら、街の服屋に出稼ぎに行ってたじゃない!」
「…んー、服作りはしたけど、キルティングはなぁ…。」
アルテを中心にして木綿生地の間にたっぷりの詰め綿を挟み、型紙の線に沿って一針一針、丁寧に針を通していくお母さんたち。その手つきには、我が子や夫を寒さから守りたいという強い愛が込められているのが痛いほど伝わってきた。
「母ちゃん!私、そのくるくる回すのやってみたい!」
「ずるい!私もやりたい!」
「私、白いの詰めるのやる!!」
母親たちの姿に触発されたのか、女児たちから声が上がる。私はそれに満面の笑みで答えた。
「じゃあ、皆にもおてつだいお願いしようかな。頑張ってくれた子には干し芋あげちゃうよ!」
「「やったー!!」」
今は何といっても人手が足りないため、子供たちが手伝ってくれるならありがたいことに越したことはない。私と女の子たちのやり取りを聞いていたゼノが、フッと笑った。
「じゃあ、ボウズ共は俺と一緒に綿花取りに行くぞ。」
「ええ~!」
「干し芋いらねぇのか?」
なんだか、脅しているように聞こえるが、ゼノが自分から子供たちに歩み寄るのは珍しい。それに男の子達も、どことなく楽しそうだ。
「アイリス様。報酬の干し芋ですが、仕事量を考えますと一人当たり2本が妥当かと思います。グランたちに用意するように伝えておきます。」
「ハハハ……そうね。ありがとうソロン。」
そうして仕上がったのは、軽くてふっくらとした、美しいダイヤ柄のキルティング生地。それはもはや単なる防寒具ではなく、彼女たちの愛が結実した芸術品のように思えた。
数日後、最初の一品として完成したのは、溢れんばかりの綿を詰め込んだ大きな『布団セット』だった。
私は、連日の作業で目の下に痛々しいクマを作っていたアルテを、試作品が敷かれたベッドへ半ば強引に押し込んだ。
「ちょっと待てくだ、アイリス様……。……っ!? なにこれ、体が……浮いてるの?」
生まれた時から硬い藁と薄いボロ布しか知らなかったアルテの目が、驚きで見開かれる。そして次の瞬間には、彼女の全身からすーっと緊張が抜けていくのがわかった。柔らかく、体の体温を逃がさず、優しく包み込んでくる圧倒的な暖かさ。
「……すいません、アイリス様。これ……一分だけ、横にならせてくだ……。」
語尾がすでに怪しかった。一分どころか、アルテはその直後、心地よい眠りの中に落ちていってしまった。規則正しい寝息を立てる彼女の無防備な寝顔を見つめながら、私は胸の奥が温かいもので満たされるのを感じていた。
良かった……これなら、どんなに厳しい冬が来ても、この村の人たちを守れる。そして、やっと布団で眠れる!!!
それからの作業場は、活気と幸福感に満ちあふれていた。
ニュアージュドゥ・ベッド(寝具): 「一度入ったら二度と出られない」と噂される、雲の上の寝心地を誇る布団セット。ニュアージュドゥ・ウェア(防寒着): ソロンのキルティング技術で仕立てた木綿の表地に、裏地には夏に作った麻布「リアンドウ」を合わせた、軽くて最強に温かいキルティングコート。村人全員には支給できないが、ひとつの家庭につき布団セットとコートを2つは無償で配った。
「子供のいる家庭には子供用のコートも別途で支給しますので、後ほど取りに来てください。」
「アイリス様!!」
「ありがとうございます!!」
村人たちが口々に礼を言ってくれる。それに笑顔で答えながら私は、ハナ達の繊維産業チームの女性たちを指した。
「私はアイディアと指示を出しただけです。頑張ってくれたのは彼女たちなんです。お礼はぜひ、彼女たちにお願いします。」
一度言葉を切り、広場に集まった村人たちを見回す。初めて会った時とは比べ物にならないくらい、皆の顔は生き生きしていて肌艶もいい。そして、子供たちが笑っていた。
「私は一人では何もできません。皆さんがいるからこの村が成り立っていると思っています。そして、皆さんの子供たちは、村の宝です。皆さんと守り、大切にし、育てていきたいと思っています。」
鼻の奥がツンなり目に熱いものが込み上げてくる。…おかしいな、そんなつもりは無いんだけど…。ごまかすように息をすった。
「今の子供たちが大人になった時に「うちの村凄いんだ」って胸を張って自慢できるように…これからも、子供たちや皆さんが暮らしやすいように頑張りますので、どうぞ、よろしくお願いします!」
これは、誓いだ。
これから村は大きく変わる。
村外の人間が出入りして、今までのようにいかない事も増えるだろう。それでも変わらないよう、村人たちとのきずなが切れないよう。そう願いながら私は腰を折った。村人たちから歓声のような声が上がる。口々に「こちらこそ」「付いていくぜ!」と温かい言葉が向けられる。それに、私は心から笑顔で返したのだった。
数時間後。
完成したばかりの深い藍色のキルティングコートに袖を通し、ナギが誇らしげに私の前へやってきた。
「アイリス様! これ、すごく軽くて温かいです! これなら吹雪の中の夜番だって全然平気ですよ。それに、このダイヤの模様……なんだか王都の高級な騎士甲冑よりかっこよく見えませんか?」
「ええ、とってもよく似合っているわ、ナギ。」
胸を張るナギの姿に、私は心からの笑みを返した。
見渡せば、完成した防寒着を身に纏い、ふかふかの布団を愛おしそうに抱えて家々へ持ち帰る村人たちの姿がある。そこにはもう、かつてこの村を支配していた「冬への恐怖」や「絶望」の影は一切なかった。
自分たちの手で暮らしを良くし、あたたかさを手に入れたという強い自負。誇らしげに胸を張る彼らの表情を見ているだけで、また私の目頭は熱くなった。私が与えた知識を、彼らは自分たちの「力」へと変えてくれたのだ。
私は手帳を開き、込み上げる愛おしさを噛み締めながら筆を走らせた。
『ドゥ・シリーズ、大成功。冬用ライン【ニュアージュドゥ】完成。次期、王都への輸出価格を 20% 上乗せしても需要は落ちないと予測。さらに麻布「リアンドウ」の新たな生産ラインも確保。』
手帳をパタンと閉じ、私は村人たちに向かって大きく声を張り上げた。涙を振り払い、いつもの「指導者」の顔を作って。
「さあ、みんな! 今夜は芋煮の炊き出しをするわよ!体の芯から温まって頂戴!」
北風が吹き抜ける中を私は焚火に欠けられた鍋に向かった歩き出した。もう一人ではない。その横に前に後ろに、沢山の村人たちがいてくれた。
冬の初め、王都の外縁部に位置する、決して華美とは言えない男爵邸の数々に、質素だが気品のある木箱が届けられた。送り主はアイリス。かつて王都を騒がせた、没落した公爵家の令嬢である。
手紙には、新年の挨拶と共に、彼女が現在身を置く「辺境の村」のささやかな特産品であることが、謙虚な言葉で記されていた。
王都、アリスター男爵邸。
暖炉の火は小さく、男爵は乾燥した肌を擦りながら、退屈な冬の保存食に愚痴をこぼしていた。
「旦那様、アイリス元令嬢より、新年の贈り物が届いております。」
執事が持ってきた木箱を、男爵は鼻で笑った。
「没落令嬢が、辺境から何を? ……ふむ、石鹸か。香りは良いが、所詮は貧しい村の……。」
しかし、その下に隠されていた深緑色の瓶に、男爵の目は釘付けになった。手になじみのいい術らかな瓶には葉と蔦の複雑な紋様が記されたラベルが張られ『新緑のパタット・ドゥース』と書かれている。さらにその横には黄金色の「干し芋」が治められていた。
「…なんだこれは…酒か?それに、この金色の細長いものは…?」
アイリスからのカードを読み直した男爵は、バカにしたような乱暴な手つきで干し芋を一口齧った。その瞬間、凝縮された甘みが、冬の乾燥した口内に広がり、体温を一気に上げるような錯覚を覚えた。
「……保存食だと? これが? まるで熟成された果実のようだ!」
そして、瓶に入っていた琥珀色の液体(焼酎)をグラスに注ぐ。瓶の栓を開ければ瞬く間に芳醇な香りが立ち昇り、一口飲めば、喉を通る熱が全身を駆け巡った。
「強い、だがうまい。……これは、王都の公爵たちが飲んでいる高級ワインにも劣らない、いや、それ以上に『力』を感じる味だ!」
余りの美味しさと感動に夢中になって飲み進め、瓶の半分を開けたところで、男爵の心に、ある感情が芽生えた。これは、まだ誰も知らない。……私が最初に、これを知ったのだ!!
翌日、男爵邸に、男爵家贔屓の商人グレッグが新年の挨拶に訪れた。
彼は抜け目がなく、常に新しい商機を探している、犬のような嗅覚を持つ男だ。グレッグは、男爵の顔色が昨日までとは打って変わって艶やかで、上機嫌であることに気づいた。そして、部屋に漂う、嗅いだことのない甘く芳醇な香り。
「旦那様、何か良いことでも? ……失礼、この香りは?」
「ああ、グレッグか。実はな、昨日、珍しいものを手に入れてな。」
男爵は、自慢げに「新緑のパタット・ドゥース」のボトルと、白磁に入った石鹸「クレスト・オブ・バタティス」を見せた。
「没落したアイリス令嬢が、辺境の村で、特産の芋から作ったらしい。石鹸は肌が滑らかにでなり、香りもいいと妻からも好評でな。酒は体の芯から温まる。……どうだ、グレッグ。お前も一口。」
グレッグが焼酎を一口含んだ瞬間、彼の目は獲物を見つけた猛獣のように細められた。
芋から……? このクオリティを、芋から? ……馬鹿な。だが、この味、この香りは本物だ。そして、まだ誰も知らない…!!彼は、男爵が「干し芋」を大事そうに齧る様子を見て、確信した。
これは、王都の貴族たちが、冬の退屈を紛らわせるために、金貨を惜しみなく投じる「毒」になる。
「……旦那様。このアイリス令嬢の村、どこにあるかご存知ですか?」
「手紙には、東の果ての、小さな村だと書いてあったが……。グレッグ、まさかお前…!?」
グレッグはニヤリと笑った。
「旦那様のご贔屓の商人が、他の家の商人に遅れを取るわけにはいきません。……旦那様が、次の王宮パーティーで『新緑のパタット・ドゥース』を自慢できるよう、私が、その村から大量に仕入れてまいります。」
グレッグは、主人の機嫌を取りつつ、心の中ではすでに計算を始めていた。
元公爵令嬢が作った、冬を暖める黄金の酒。……独占権さえ手に入れれば、王都の全ての金貨が、俺の、いや、主人の元に集まる!
灰色の王都に、アイリスが放った「嫉妬」と「貪欲」という名の熱が、商人のグレッグを突き動かした瞬間だった。しかし、男爵もブレッグも知らなかった。アイリスが海老を垂らしたのは男爵家だけではないということを…。
王都から東へ続く街道は、腰まで届く深雪に閉ざされていた。通常の商人なら、暖炉の前で春を待つ季節。だが、商人グレッグの鼻腔には、あのアリスター男爵邸で嗅いだ「新緑のパタット・ドゥース」の香りがこびりついて離れなかった。
「……急げ! 止まるな! 雪に埋もれたくなければ、馬を叩け!」
グレッグは馬車の中で、毛皮にくるまりながら叫んだ。御者は凍え、馬は荒い息を吐きながら、誰も通らぬ雪道を強引に突き進む。彼を突き動かしているのは、恐怖ではなく、圧倒的な「先行者利益」への渇望だ。
「あの酒、あの石鹸、そして、干し芋……!春になって他の商人が気づいた時には、俺が全てを握っていなければならんのだ!」
死線を越え、視界が開けた時、グレッグの目に飛び込んできたのは、どんよりとした冬空の下で、そこだけが陽炎のように揺らめく、活気に満ちた「ナラクの村」だった。
蒸留所から上がる白い湯気。そして、村の入り口と思われる門には轟々とかがり火がたかれ、温かな制服に身を包んだナギが立ち、その横に建つ新しい石造りの建物には「両替所」の看板が大きく掲げられていた。
「……着いた。ここが、俺の『金山』か!」
グレッグは、霜焼けで赤黒くなった顔を歪め、不敵に笑った。




