12.村の経済循環の構築と徴税官の襲来
村の一斉建て替えは、3日で完了した。
ソロンの都市計画図に沿って、建物は建築、村は区画整備され、村の正面になる入り口にはゼノによって大きな扉付きの門が建設された。
各種生産も安定しているし、食料供給も滞りない。服も新しくなり、住居も整った。
いよいよ、ここからは村の行政と経済を考えなくてはいけない。
まず、悲しいことにこの村にはお金がない。
澱粉などのわずかな売り上げは調味料などを購入するのに消えてしまっており、村の中だけでお金を回すにしてもまずは種銭を外から持ってこなければならないのだ。
「隣の村に売りに行けばいいんじゃねーか?」
新しく増設した村の高台の中心部に位置する役場の執務室。真新しい樫木のテーブルセットにだらしなく座っていたゼノが言った。
「それじゃ、村に入ってくるお金が少なすぎるわ。どうせなら、海老で鯛を釣りたいじゃない?」
「…はぁ?なんだそれ、ダジャレのつもりなら面白くねーぞ?」
「違うわよ!馬鹿!」
私は机に広げていた王都の貴族名簿を閉じて冷ややかな笑みを浮かべる。
「まずは男爵や子爵を釣り上げてみようかしらね。」
「…?」
私の言葉を理解できなかったゼノは首をかしげたところで、「おーい!お嬢!!」と窓の外から私を呼ぶ大きな声がかった。近寄って窓を開ければ、役場の前にアイト達大工が両手で収まるサイズの木箱を数個抱えて立っている。
「あ!出てきた!お嬢ーできましたよ!頼まれていた木箱!」
「ありがとう!すぐに行くわ。」
「木箱?」
状況を理解できていないゼノを引き連れて、役場の外に出る。
「これが木箱っす!」
アイトから木箱を受け取る。それは一目で上等な桐の箱だとわかった。
「さすが、棟梁ね。私の注文通りだわ。」
「この滑らかな表面出すのには苦労したっすよ。」
「ふふふ。ご苦労様。これからも必要になるから、材料があるときは多めに生産しておいてちょうだい。」
「了解っす。」
桐は成長が以上に早く、軽量で調湿・断熱・防火性に優れるため、古くから高級箪笥や楽器の材料として重宝されている。今回の作戦には、どうしても高級感が欲しかったため、その桐を使った桐箱をゲルマンたちに依頼していた。しっかりと蓋もしまるし、その動作に一切の引っ掛かりはない。木目の美しい表面はニスを縫っていないはずなのにツルツルだった。
よし、これならいけるわ。
「アイリス様、荷馬車は明日この村によってくれるそうです。」
そこに、授業を終えたカイルとソロンが合流する。二人の後ろでは、子供たちが楽しそうに駆け回っていた。
「ありがとう、カイル。配送代金は私が出すわ。明日荷馬車が来たら教えてもらうように門番の人に伝えておくわね。」
「あ、じゃあ、それは俺が伝えておくっすよ。どうせ、作業場はすぐ近くだし。」
アイトがニカッと笑っていった。
「いいの?」
「問題ないっす!じゃあ、俺らまだ仕事があるんで戻りますね。」
「ええ、ありがとう。ゲルマンさんによろしくね。」
私の声にアイトは手を振りながら仲間たちと一緒に帰っていった。
この世界には郵便・宅配便というものはない。手紙や荷物を送りたいときは、商人たちの荷馬車にお願いするのが普通だ。
「…商人の荷馬車に村の特産物をお金を払って運ばせるくらいなら、その商人に直接売った方が早くないか?」
「まぁ、それも手だけど…。私は海老で鯛を釣りたいのよ。」
「エビでタイを釣る?それはどう意味ですか?言葉の綾でしょうか?」
ゼノの質問に答えた私の言葉にソロンが食いついた。その目は新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いている。
「まぁ、ことわざっていうか…。意味は少ない元手や労働で大きな利益や見返りを得ることのたとえなのよ。」
「なんと!なんと素敵な言葉でしょう!さすがアイリス様。あなたの知識にはいつも脱帽します。」
ソロンの大げさな感動ぶりに乾いた笑いが漏れた。その横で、カインが考えるような表情で木箱を見つめている。
「今回の木箱で送るものは…決まってるのでしょうか?それが小さなもとでとしたら、大きな利益や見返りとはなんでしょうか?」
流石、この村一番の勉強家。カインのレベルの高い質問に感心しながら私は口を開いた。
「私は今回、内の村の特産物を商人ではなく、あえて王都の低爵位貴族に送ろうと思うの。たとえば、アリスター男爵家やニールセン子爵家のような新興の貴族や成り上がりと言われる貴族かしら?」
「子爵や男爵ですか?」
カインが不思議そうに尋ねる。
なぜもっと力のある家に送らないのか?彼には理解できていないようだった。その後ろではゼノはカインと同じような表情を浮かべていたが、ソロンだけは私の考えを理解しているようで、穏やかな笑みを作っていた。
「カイン、王都の頂点に立つ人々は、すでにすべてを持っているわ。彼らにとって、私たちの焼酎やせっけんは数ある娯楽の一つに過ぎない。……でも、男爵や子爵たちは違うの。」
私は、手にもっっていた木箱に視線を落とした。
「彼れは常に飢えているの。上位貴族のパーティーに呼ばれることを夢見、彼らとは違う何かで自分を飾りたいと願っている。…だから…元貴族令嬢の私が、彼らの【虚栄心】という名の暖炉に、最高の薪をくべてあげるのよ。」
貴族たちはそれぞれお抱えの商人がいる。そして彼らは商人たちに「あのアイリスが送って来た素晴らしい品々を手に入れろ。他の家よりも早く。」と命じる瞬間を、私は確信している。
誰よりも、目立ちたい。
周囲が驚くような話題が欲しい。
あいつを蹴落としてやりたい。
負けたくない。
そんな欲望の蠢く社交界の事は誰よりも私は知ってる。私もそんな虚栄心に塗れた貴族の一人だったから。
だからこそ、そこを今回の作戦の要にしたのだ。
「なるほど!そういう事なんですね!じゃあ、俺は各作業場に行って商品を集めてきます。」
「ええ、よろしくね。」
「あ、俺もいくぜ。この二人の話は詰まんねーからな。」
「ちょっと!行くならしっかり稽古つけてあげて!」
「へーへー。」
カインに続くようにゼノも歩き出す。その背中に声をかけて見送っていると、横にソロンが立った。
「本当に見事な案ですね。」
「ソロンだってこれくらいは考えたでしょ?」
「…それは、どうでしょうか?私はどうやら…ゼノに言わせれば少し硬くて…冷血なようなので。」
「…?」
ソロンの言葉の意味を測りかねて首を傾げれば、眼鏡の奥がゆっくりと細められた。
「…それよりも、私に何かお話があるとか?」
「ええ。ちょっと協力してもらいたい事があるの。」
室内に戻りながら話を切り出せば、ソロンは半歩後ろをついてくる。本来なら並んで歩きたいところだけど、そこはソロンのこだわりがあるようで、あえて触れないでおいた。
執務室に戻り、テーブルを挟んでソロンと向かい合って腰を下ろす。
「もうすぐ、税の取り立てがくるわ。」
季節は冬に差し掛かり、年が変わろうとしている。今年の分の年貢を納める時期だ。
「…そうですね。ナラク村では今までどのように納税を?」
「村長にきいたら、村人のほとんどを出稼ぎに行かせてかき集めた僅かなお金を納めていたらしいの。足りない分は無償労働として若者を差し出していたそうよ。」
「……哀れな…。国や領主の恩恵などほとんどないようなこの貧しい村に他の村と同じような税を課す事自体間違いなのです。」
「ええ。その点に関しては私も同意見…。私も生家の非道を恥じて反省しているわ。」
視線を落とせば、ソロンはハッとしたように息を詰めた。元々この村は私の家の領地だった。当たり前なように収められた税金を湯水のように使っていた身分としては心が痛い。
「だからこそ、なんとかして今年は村人への負担を減らしたいの。」
「そういう事でしたら、喜んで協力させていただきます。…それに、その方ぶりだと、すでにアイリス様には何か策がおありなようですね。」
「…まぁ、少しだけね。」
ソロンと共に密かに笑い合う。そして、私はここ数ヶ月考えていた策を伝えた。
その数日後。
「麦五十俵、またはそれに相当する金貨二十枚! 払えぬならば村の土地と若者を没収する!」
村の広場に、王都から派遣された征税官・バロンの怒声が響き渡っていた。
土地柄、現状では麦が育たないこの村に、例年通りの重税を課してくるなんて非情すぎる。
「新しくなった領主は…あぁ、あの身分を剥奪された馬鹿な小娘か。おい!誰か領主を呼んでこい!」
村人たちが怯えて縮こまる中、アイリスは冷静に一歩前へ出た。
「征税官様。私が、新たにこの土地の領主となりましたアイリスです。」
簡易なワンピースで、貴族のカーテシーをするが征税官のバロンは鼻で笑い飛ばした。
「平民になったくせに、貴族の挨拶など…。いまだに自分の現状を理解していないと見えるな。」
それでも私は笑顔を作り続けた。
「お気を悪くされたなら申し訳ありません。そして、あいにく当村に麦も金貨もございません。ですが——代わりに、それ以上の価値を持つ『特産品』で納めさせていただきたく存じます。」
そう言ってアイリスが合図すると、ハンスとカイルが恭しく木箱を運んできた。
中に入っていたのは、透き通ったガラス瓶に詰められた透明な液体。サツマイモから精製し、蒸留精度を限界まで高めた村の特産物、最高品質の「芋焼酎」である。
「な、なんだこの水は! 我が国では税は麦か金貨と決まっている! 戯れ言を——」
バロンが激昂しかけたその時、アイリスの背後から静かな声が割り込んだ。
「——王家令達第408条『非常事態における代物弁済に関する規定』をお忘れですか、征税官殿。」
簡易な服を着ていながら圧倒的な存在感を放つ男——ソロンが、眼鏡の奥の鋭い光をバロンに向けた。
「な、なんだお前は! 浮浪者ごときが王法を語るな!」
「私はただの学校の教師ですよ」とソロンは薄く笑い、胸ポケットから紙を取り出した。
「同条項によれば、『天災等により指定作物の納入が困難な場合、領主またはその代理人は、同等以上の価値を有する加工品をもって納入と替えることができる。征税官は正当な理由なくこれを拒否できない』……違いますか?」
「くっ……! だ、だが、こんな怪しい水に金貨二十枚の価値などあるはずが——」
「ございますとも。」
激昂するバロンに私はふわりと微笑み、瓶の栓を抜いた。瞬間、広場全体に芳醇で甘く、どこか危険なまでに人を惑わす香りが広がった。バロンの喉が思わずゴクリと鳴る。
「これは、当村特製の『黄金酒』。一口飲めば体の芯から温まり、傷の消毒にも使える奇跡の液です。王都の高級サロンで売り出せば、一瓶で金貨二枚……つまり、この十瓶で金貨二十枚分の価値になります。」
「金貨二十枚……!?」
バロンの目にあからさまな強欲のの色が浮かんだ。この酒を横流しすれば、莫大な利益が自分の懐に入る。そう算盤を弾いたバロンは、嫌らしい笑みを浮かべた。
「フン、良かろう。受け取ってやる。だが……この酒が本当にそれほどの価値で売れるか、怪しいものだ。不足分として、この村の若い女を二人ほど寄こせ!」
調子に乗るバロンの背後から、不意に冷ややかな圧迫感が押し寄せた。
「おい、役人。あんまり調子に乗るなよ?」
ゼノが木箱に片足を乗せ、バロンを見下ろしていた。その手には、魔法がバチバチと集まっている。
「ひっ……!? 武力行使か! 国家への反逆だぞ!」
すぐにゼノを制するように「滅相もございません」とソロンが優雅に手帳を開く。
「彼はただの『工務担当』ですのでお気になさらず。それより征税官殿、この領収書に署名と印を。もし拒否されるなら、あなたが『王法を無視して私腹を肥やすために不当な要求をした』旨を、王都の会計監察院に直接告発いたします。……私の旧友がそこの長官をしておりますので。」
「な……貴様、一体何者だ!?」
バロンの顔から血の気が引いていく。ソロンはバロンの問いに答えず優雅に微笑んだ。私は追い打ちをかけるように、ソロンの隣にならば極上の笑みを向けた。
「征税官様。このお酒を王都で高く売るコツ、お知りになりたくはありませんか? 署名していただけるなら、王都の大商人への『紹介状』もお付けしますわ。お互い、得をしましょう?」
『恐怖』と『法』で退路を断ち、最後に『欲望』の餌をぶら下げる。
人は手に入りそうになったものが手に入らない時こそその欲を操りやすい。完璧すぎる私達の連携に、バロンは冷や汗をダラダラと流しながら、震える手で税の受領書にサインと印を押した。
「では、遠路はるばるご苦労様でございました。お気をつけてお帰りください。」
「ふんっ……!来年はこうは行かないからな…。」
「ええ、承知しております。」
捨て台詞を残して逃げるように去っていくバロンの馬車を、ハンスとカイルが「ざまあみろー!」と手を振って見送った。
村に訪れた勝利の静寂の中、アイリスはソロンに向き直った。
「見事な助け船だったわ、ソロン。法律の条文を暗記しているだなんてさすがね。」
「フン、あの程度の愚人を追い払うなど、計算のうちです。…まぁ、私の人脈はあまり使いたくないですが、城にもいく人が知人はいますので…もしもの時は、万事恙無く供えさせていただきます。」
ソロンは眼鏡を押し上げたが、その表情にはどこか誇らしげな色が混ざっていた。そこへ、ゼノが冷やした芋焼酎の瓶を数本持って歩み寄ってきた。
「しかしお嬢……ただの『芋』からこれほどの価値を生み出て、さらに役人の強欲を利用して利益に変えるとはな。あんたはやっぱり、詐欺師だわ。おぉー怖ッ!」
「褒め言葉として受け取っておくわ。」
「ゼノ、お前はまた勝手なことをしたな。」
「うるせぇよ、堅物。まぁ、一杯飲めよ。お前の屁理屈がなきゃ、俺があいつを叩き斬って指名手配犯になるところだった。」
「無野蛮な……私は酒など——」
断ろうとしたソロンの手に、ゼノが強引にコップを押し付ける。アイリスも自分のコップを掲げて悪戯っぽく微笑んだ。
「ソロンあなたにはこれからも村の内省と財政を取り仕切ってもらうからね。馬車馬なように働いてちょうだい。」
ソロンは呆れたように溜息をついたが、拒みきれずにコップを掲げた。
「……はあ。仕方のないお方だ。子どもたちの教育も担当させていただきます。アイリス様。」
秋晴れの澄んだ青空の元、三人の笑い声とコップの重なる澄んだ音が響き渡った。
そうして、「理想の国」を作るための最強のチームが、今ここに完全に結成された。




