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そして放課後、事件は起こる。
生徒会活動も無事に終え、雫ちゃんと下校する為1-A教室近くの階段脇で立っていた俺は、先ほどから何度も腕時計と睨めっこを繰り返していた。
「(うーん……)」
時刻は午後5時30分。
もう下校時間をとうに超えているのだが……雫ちゃんは未だ現れない。
部活帰りであろう生徒が来る度に彼女の姿を探してはみるものの、姿どころか気配すら無く、俺はハァと溜息を吐いて背後の柱に寄り掛かった。
……いくらなんでも遅すぎるよな?
そうは思うが雫ちゃんのことだ。彼女なら個人で居残り練習している可能性も捨てきれない。
あーあ。こんなことならランチの時間にきちんと確認しておけばよかった。サプライズで待ってた方が驚くかも、なんて思って何も聞かなかっちゃったよ俺の馬鹿!
……と、まあ冗談はこれくらいにして。
流石にこれ以上待つのは無理か。
生徒会があると事前に母親に伝えたとはいえ、あまり帰りが遅くなると叱られてしまいそうだ。
「(ま、仕方ない。無理して今日一緒に帰る必要も無いしな)」
また機会はあるし、明日にでも雫ちゃんに予定を取り付けてみよう。
そう諦めて踵を返したその時だった。
「やっぱり先生に言った方が良いよ」
ふいに階段下から女の子の不安げな声が聞こえてきて、俺は足を止める。
「で、でもそんなことしたら」
「私達もどうなるか……」
どうやら女の子達が輪になって何かを相談しているようだった。
「そうだけど……でも、このままじゃ朝河さんが」
ピクッと俺の耳が反応する。
朝河さんて……もしかして。
「……やっぱり、言いに行きましょう」
「そうね。朝河さんは何も悪くないもの」
「すみません」
俺は彼女達の会話に、真剣な面持ちで割って入る。
「今の話、詳しくお聞かせ願えませんか」
「(クソッ!)」
俺は脇目も振らずに廊下を走り抜ける。
校則なんて今は気にしていられる余裕はない。
米神を一筋、冷たい汗が伝っていく。
「(俺の馬鹿俺の馬鹿俺の馬鹿!)」
一体何度バカを繰り返せば気が済むんだと自身を責めながらも、もつれそうになる足を必死に動かす。
兎に角、一刻も早く彼女の元へ行かなければ。
『……中庭?』
『はい。一緒に来るようにと、確かにそう聞きました』
彼女達の話を纏めると、こうだ。
部活が終わり、帰り支度を済ませていた雫ちゃんに向かって、問題の生徒達が中庭に着いてくるよう話しかけた。
雫ちゃんは一瞬戸惑っていたが、大人しく返事をして着いていったと。
同じ部員である彼女達は、それを見て不安に思い、こうして先生に相談するかを話し合っていたらしい。
『あの子達、前々から朝河さんに対して聞こえるように悪口を言ったりしていて……』
『部活中もプリントを回さなかったり、やりたい放題だったんです。朝河さんも落ち込んではいたけど、部活は部活だからと割り切っていたみたいで』
『私達もこうなる前に、もっと早く誰かに相談するべきでした』
そう言って『ごめんなさい』と俺に頭を下げる女の子達。
……何でこの子達が頭を下げているんだ?
この子達は何も悪くない。
悪いのは雫ちゃんに嫌がらせをしている生徒達と……俺じゃないか。
何度も予兆はあったのに。
気付いていたのに。
呑気にしていた。
楽譜を隠されたあの時から、全ては始まっていたんだ。
自責の念に駆られながらもどうにか押し殺し、俺は冷静を装い彼女達へお礼を告げる。
そして、今日の所はとりあえず真っ直ぐ帰るよう諭した。
不安そうに何度も振り返る彼女達の後ろ姿を笑顔で見送り、見えなくなると同時に廊下を走り出したのだ。
「(何だって俺はいつもこうなんだ……っ!これでもし、雫ちゃんの身に万が一のことがあったら……)」
嫌な想像が頭を駆け巡る。
いや。
それより今は、早く彼女の元へ行くのが先決だ。
俺は廊下の角を曲がり、階段を駆け下りて中庭へ急ぐ。
中庭へ続く重たい扉を両手で押し開け、うち履きで芝生に降りた。
「(居ない……?)」
シン、と静まり返る中庭。こんな時、だだっ広い中庭の存在がとても嫌になる。
俺はすぐに周囲を見渡し、ある場所に目を留めた。
「(あそこか……)」
広大な中庭の左の隅。
死角になっていて、ここからじゃそこの様子は窺えない。
絶対にあそこだ。
そう確信して、俺はズンズンと歩みを進める。
怒りが抑えきれない。
全身の毛が逆立ったみたいに気持ちを張り詰めたままどんどん近寄って行くと、先ほどまで聞こえなかった誰かの声が小さく耳に入って来た。
「……って、……しょ」
「……なんか……されてない」
―――間違いない。
あの教室の前を通った時に聞こえた声と同じだ。
チッと舌打ちをして、すぐさま走り出す。
近付けば近付く程に、聞きたくも無い罵声が大きくなっていく。
おおよそあと3メートル。
そこまで近づいて俺は声を上げようとした。
「雫ちゃ……」
だが、それは誰かの声によってかき消される。
「待て」
ハッとして俺はその声の主を見る。
女生徒達を挟んで俺の真正面に、そいつは居た。
「(あ、あれは………天逢坂!?)」




