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翌日。


「あら伊織さん、今日はまた随分早いのね」


玄関で靴を履いている俺に向かって、母親がエプロンで手を拭いながら尋ねる。


「はい、用事があるので。すぐに出ます」

「学生さんは毎日大変ねぇ。車には充分気を付けるのよ」


そう言って穏やかに微笑む母親に見送られた俺は「行ってきます」と答えて家を後にした。言葉通りまだ朝早いせいか、通学路には生徒どころか人もほとんど歩いていないようで、周囲は閑散としている。


「(少し早すぎたか……?)」


シン、と静まり返った道はどことなく不安と孤独を感じさせる。俺はそんな静寂を歩きながら、昨日の出来事を思い出していた―――—――



『ほんと、朝河さんて目障り』

『なんで自分が特別だと思ってんだろ』


()()()()()()()()()()()()()()



「—――クソッ……」


ダメだ。何度思い出しても怒りが沸々とこみ上げて、つい口から乱暴な言葉が出てしまう。

正直な話……昨日からあの笑い声が頭から離れず、俺は禄に眠ることも出来なかった。

俺には彼女達の気持ちが全く理解できない。何故気に食わない相手だからといって、弁当を捨てるなんて酷い事が出来る? そんな卑怯な真似が出来る? 陰口を言うくらいなら、直接本人に言う方がまだマシだろ。


……いや、誤魔化すのはやめよう。もう自分でも分かってる筈だ。俺が本当に腹を立てているのは、自分自身だってことに。

入学式からおよそ2か月の間、あれだけ一緒に過ごしていて何故彼女の異変に気が付けなかったのか。きっと雫ちゃんは一人で抱え込んでいた筈だ。ずっと気が付いて欲しかった筈だ。

それなのに俺は……。




そんな気持ちのまま校舎に着いた俺は、脇目も振らずにある場所へと歩みを進めていく。

目的は1つ。

俺はとある下駄箱の前に到着すると、祈るような気持ちでゆっくり目の前の扉を開いた。


「あ……」


ピンと張り詰めていた糸が解けるように、ハァ~と安堵のため息が口から漏れる。


「(良かった……)」


俺が何故こんな朝早くに学校へ来ていたか、理由はこれだ。

昨日の一件で、もしかして彼女の上履きも悪戯されるんじゃないかと警戒した俺は、居ても立っても居られずこんな朝早くから学校に来てしまっていたのだ。

だが、幸いにも雫ちゃんの下駄箱は特に荒らされた様子も無く、綺麗に揃えられた上履きがそこに置いてあった。


「(上履きに被害は無いみたいだし、ひとまず安心だ)」


俺はホッと胸を撫で下ろしつつ教室へ向かう。すると……


「あ」

「ん?」


廊下でバッタリ、天逢坂とエンカウントしてしまった。


「……お、はようございます」

「……ああ、おはよう」


「(何でこんな朝っぱらから学校来てんだよ!)」


俺は内心チッと舌打ちしたが、勿論、本人には口が裂けても言えるはず無いので、気まずい雰囲気だけが流れていく。

多分天逢坂も同じ事を思っているんだろうな。だって視線が完全にそう言ってるし。


「早いですね」

「……人のこと言えるのか?」

「私は諸事情がありまして」

「それなら俺も同じだ」


ムッキーーー!

いちいち角の立つような返答しか出来ないのかお前は!!


「そうですか。でしたら私はお邪魔ですね」


少しくらいなら許されるかなと嫌味っぽく返事をし、そのまま「失礼します」と言って彼の後ろを通り過ぎようとしたのだが……。


「待て」


鋭く切れるような天逢坂の声が廊下に響き渡り、俺はキュッと靴底と床を擦れさせながらその場に立ち止まった。


「聞きたい事がある」


こちらを向かず、後ろ姿のまま話し始める。


「……なんでしょう」


横目で天逢坂の背中を見る。何となくいつもの覇気が無いような気がするのだが……。

そんな事を考えていると、天逢坂はくるっと振り返り俺を見た。


「お前は……」


数秒間時が止まったように俺を見つめ続ける天逢坂。

……え?一体どうした?

だがすぐに彼は長い睫毛を伏せ、ふぅと息を吐いた。


「いや、良い。引き留めて悪かったな」


何を勝手に納得したか、天逢坂は踵を返しさっさと立ち去ってしまった。

いや、そっちは良くても質問の途中で止められたらこっちはモヤモヤが残るんだが?

まあ、良いか。深く掘り下げるのも面倒だし。それに何より、俺は今雫ちゃんの事で頭が一杯なんだ。アイツにいちいち構っちゃいられない。

それにしても……天逢坂はなんでこんな朝早くから学校に居たんだろう。俺も人の事をとやかく言える立場じゃないけど。

俺は疑問に思いながらも自分の教室へ向かった。



それから一週間、俺は毎日朝早くに登校した。理由は同じ、兎に角雫ちゃんに何か危害が及ばないよう警戒しておくに越したことは無いと、そう思ったからだ。

だが、幸いな事に俺が見張っている間特に問題は起きなかった。ランチの時間も、雫ちゃんはちゃんと自分の弁当箱を持ってきていたし(当たり前だけど、見慣れた兎柄では無かった)彼女も普段より少しばかり元気は無いものの、おおよそいつも通りだった。


そして何故だか分からないが、この一週間、俺はしょっちゅう天逢坂と顔を合わせていた。初日に会って以降、二日目も三日目も、俺より先に学校へ来ていて教室で何やらやっている姿を見かけたし。

まあ、あんまり関わりたくなかったから、俺は見つかる前にそそくさ隠れてを繰り返していたけれど。


「(でも、弁当を捨てるなんて大胆な事しておいて、それ以降何も無いとは思えないんだよな……)」


遅かれ早かれ、彼女達が何か仕掛けてくる事は間違い無いだろう。今がそのタイミングではないだけで。

だから早めに手を打っておいた方が良いと思うんだが……。


「(やっぱり……胸の辺りがザワザワするというか、何かが起こる予感がする)」


今日は放課後に生徒会の集まりがある。部活終わりに丁度いい時間くらいの解散になるだろうし、雫ちゃんを待ってみようかな……。

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