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最近、雫ちゃんの様子がおかしい……と思う。
「雫さん、聞いてます?」
「……あっ、えと! ご、ごめんね、何の話だっけ」
うーん……。
これはどう考えてもおかしい。
「……考え事ですか?」
「そ、ういう訳じゃ無いんだけど……」
「ではどういった理由でしょう」
「……べ、勉強にね。着いて行けるか不安だなあ〜って」
あはは、と雫ちゃんが笑う。そう、問い詰めてもこの通り。何だかんだいつもはぐらかされてしまうのだ。
伊織の立場上あまり強く聞けないので、俺は困っていた。
「……何かあるなら、話して下さいね。いつでも聞きますから」
「う、ん……ありがとう」
ぎこちない笑顔で言われてしまっては、これ以上話題にはしづらい。
腑に落ちないが、ここは一応納得しておこう。そんでもって、暫く雫ちゃんの周りを注意しておこう。
「良い天気だねえ」
「はい、最高のドッグラン日和で良かったです」
今日は峰崎先輩とルイ君、そして俺と楓と愛犬ニケで、約束のドッグランへやってきました。
ああ、本当にいい天気。ポカポカ陽気の晴れ空が眩しい!
そんな日差しの下嬉しそうにはしゃぐ二匹の愛犬は、俺達飼い主のことなどさっさと置いて緑色の芝生に飛び出して行った。
ん~可愛い。これが見たかったんだよ俺は!
「仲良くやっているみたいで安心だね。俺達は少し日陰で座ろうか」
犬達から目は離さずに、俺達は日陰のベンチへ腰かける。一瞬ニケとルイ君がこっちを見たが、すぐにまた遊びに夢中になっていた。
「ごめんね、俺から誘っておいて中々都合付かなくて」
「いえ、気にしないで下さい。私達もテストや体育祭でバタバタしていましたから」
他校同士だと行事の日程が違うから、擦れ違いが起きてしまうのは致し方無いよな。だけど、むしろ今日で良かった気がする。天気も良いし温度もそれなりだし。逆にラッキーだった。
「楓君は、体育祭どうだった?」
「……まぁ」
そう言ったきり、どこか遠い目をして黙る楓。
無理も無いよなあ……楓も伊織と同じくあまり運動が得意じゃ無いらしいから。何でそんなところ似ちゃったんだろう。
「あんまり楽しくなかった?」
「……いえ、体育祭自体はとても楽しかったです。初等部にも運動が得意な生徒が何人か居ましたし、リレーも盛り上がりました」
「そっか」
楓が落ち込んでいるのを察したのか、先輩は覗き込む様に前かがみで両手を組んだ。
どうも楓は、運動神経の良いクラスメイトと自分を比較してしまっているようだ。思春期の男の子だもんなあ、そりゃ運動は出来ないより出来た方が本人は嬉しいだろう。
俺は脳内で「(そんな時期俺にもあったな)」なんて思いながら話を聞いていると、先輩が突然目を伏せて笑った。
「それなら、楓君にとって大成功じゃない?」
楓は目を見開いて先輩を見る。
「勝ち負けより、その気持ちが大事なんじゃ無いかな。そして最後までやり遂げる事。例え優勝しても、そこから何も学ばないんじゃ勝った意味が無いだろ?」
「……そ、そうですよね! 私もそう思います」
俺は慌てて同意した。
……嘘です。本当は絶対天逢坂に負けたくないって思ってました。
「それに、どんな人にも向き不向きってあると思うんだ。自分の得意分野を伸ばすのが一番大切だよ。楓君には楓君の良さがある」
「……は、い。有難うございます」
面と向かって褒められると思っていなかったのか、先輩に向かって恥ずかしがりながらも素直に礼を言う楓。そんな楓に俺は心底驚いた。
今まで俺の周り……というより姉である伊織の周りに居る男共に、そんな態度取ったこと一度も無かったよな?
周りと言っても、ほとんど生徒会長に対してだけど。
会長については話題に上がる事すら良く思っていないようで、苦い顔を隠そうともしないから分かりやすい。ついでに天逢坂の話もたまにするが、会長よりは若干表情が緩むくらいでそこに大した差は無かった。
だから、こんな風に少し砕けた笑顔を他人に見せる楓は非常にレアなんです。
先輩も楓の笑顔をきっかけに、一緒に談笑し始めた。なんだなんだ、俺だけ除け者で寂しいじゃないか。
「そういえば、先輩の学校はもう体育祭終わったんですか?」
「うん。大体同じくらいの時期だったんじゃないかな? 俺の学校もかなり白熱してね。クラスは準優勝だったんだけど」
「それは凄いです。因みに先輩は何の競技に?」
「俺は長距離より短距離の方が得意だから、障害物競争に出たよ。あと綱引き」
え。
物凄く失礼かもしれないけど……正直先輩は、俺達側の人間だと勝手に思ってた。
それが何だ。短距離が得意だと!?
「つかぬ事をお伺いしますが、得意というのはどれくらいの……?」
「ん? まあ、学年で5番以内ってとこかな」
はあ~!?
それはもはや自慢できる特技じゃないか。レベルの違う人達(天逢坂や会長)と比べたらそりゃ普通かもしれないけど。
何だよこの人、全然普通じゃ無いじゃん! 勝手に仲間意識持ってたわ!
俺はジトッと湿った目つきで先輩を見つめたが、気付かない先輩は穏やかな目で愛犬達を見守っていた。
「それじゃあ、またね」
「はい。また!」
「さようなら」
日も暮れかける頃、俺達は帰路へ着いた。途中で峰崎先輩と別れ、俺と楓二人足並み揃えて歩く。
あれだけ遊んだというのに、ニケは俺達の少し前を時折振り返りながらも軽い足取りで歩いていた。元気だなあ。
「姉さん」
そんなルンルン気分のニケを微笑まし気に眺めていると、ふいに楓が声を掛けてきた。
「? どうしました?」
「僕、姉さんと峰崎先輩なら許しますよ」
……はい?
何それ、どういう意味だ?
「え、と。それはどういう……」
「……いえ、分からないなら大丈夫です。忘れて下さい」
口元に手を当て悪戯めいた口調で笑う楓に、俺は相変わらず合点がいかない。
俺と峰崎先輩が何だって?……ハッ! もしかして、俺と峰崎先輩がそういう雰囲気だったって言いたいのか!?
違う、断じて違うぞ楓。先輩は俺では無く、ちゃんとしたヒロインとこれから出会うはずなんだ。そう、お前のお姉ちゃんは決してヒロインでは無い、ただのお金持ちのモブなんだ……!クッ、すまない。
歯を大袈裟に食いしばり、楓の見えないところで拳を握る。
だが、それでも楓は家に帰るまでずっと、ニケと同じように何となく嬉しそうだった。




