42.5 相馬春樹の独白
物心ついた時から、自分がどこか人とは違う、冷めた人間だと自覚していた。
比較的裕福な家に生まれた僕は、優しい父と美しい母の元で何不自由なく育てられた。
愛情を注がれ、すくすくと成長した僕は誰もが羨む理想の子供だった。
成績優秀、眉目秀麗、温厚篤実。
周囲の人々は必ず口を揃えて言う。
”春樹君は、全てが完璧ね”
僕はそれに笑顔の仮面を張り付けて答える。
「有難う」と。
別に自分が孤高の存在だとか、誰かを見下してるだとか、そういった話をしてる訳じゃ無い。
ただどこか心の隅で、そんな周りの人達を冷めたように傍観する自分が居るのも、また確かだった。
だがある日、彼女を一目見た時に全ての状況が一変した。
初めてだった。誰かに心を大きく揺れ動かされたのは。
桜並木の下を優雅な所作で歩く彼女はとても美しかった。
僕が言いたいのは、顔の美醜の話では無く……いや勿論、彼女はとても愛らしい顔をしていたけれど。何と言うか、もっと内側から滲み出る雰囲気のような。兎に角、彼女の周りだけキラキラと輝いているように見えた。
だから僕は、どうしても彼女と話がしてみたくて……通りすがり、咄嗟に声を掛けてしまった。
「桜の花びらが髪に……」
灰青色の髪を掬い花弁を手に取って口づければ、彼女は分かりやすく動揺した。とても落ち着かない様子でキョロキョロと視線を動かし狼狽えた。
……変な話かもしれないけど、先ほどまでの気品あふれる佇まいから打って変わって、コロコロと表情を変える彼女もまたとても可愛らしいと思った。
今まで数えきれない程の女性と接してきたが、あんなにも魅力的に見えたのは彼女が初めてだった。
もう少し話をしたかったけれど、彼女の弟君が間に入ってきてしまったので(後に初等部風紀委員のメンバーだと知った)その日は大人しく引き下がったのだが……またすぐにチャンスはやってくる。
その日から数日が経った頃。生徒会メンバーを選出する重要な会議の場で、彼女の名前を目にする機会があった。
西原伊織。
外部生でありながら、入試の成績は天逢坂君とほぼ同等という、優秀な頭脳の持ち主だった。
僕はこの上ない幸運だと思った。
元々外部生の中から一人、メンバーを選出する予定だったからだ。まさか自分がもう一度話をしたいと思っていた女の子が、おあつらえ向きにピッタリの相手だなんて思いもよらなかった。
僕はすぐに彼女を推薦した。
そしてとうとう新生徒会発足の日。
何も知らされていなかった彼女は、生徒会室に入るなり驚いた様子だった。隣に立つ天逢坂君へ必死に救いを求めるような表情をしたり、僕の顔を見たりと忙しなかった。
二人に一通り説明を行うと、すぐに他のメンバーもやってきて。僕たちは親睦を深めるべく、様々な話をした。
何故かは分からないが、きっと彼女なら外部生なんて関係なく生徒同士の確執を上手く取りなせるだろうと、僕は確信めいたものを感じていた。
それから少し時間が流れ、彼女にとって初めての体育祭が行われた。運のいいことに、彼女と僕は同じチームになった。
僕は生徒会長として運営に回らなければならなかったので、同じチームと言ってもそう気軽に話をできる立場では無かったけど。だからこそ彼女に楽しんで貰うため、僕は初めて選抜リレーに出場すると決めたんだ。
だが、天逢坂君という強敵に勝てる確率は決して高くない。負けてあげるつもりも到底無かったんだけれど。
リレーの最後。彼女が大声で応援してくれたお陰で、僕は天逢坂君に勝つことが出来た。
純粋に、彼女から認めて貰えたような気がして、とても嬉しかった。
そんな体育祭も無事終わって、生徒会が集まる日になった。
僕は彼女に聞いておきたいことがあった。
「周りで何か困っている事が起きたりしてない?」
これは僕が一番気にしていた事だった。
なんせ、生徒会メンバーに外部生が選ばれるなんてこの天逢学園始まって以来の出来事で。僕自身危険な賭けだと思っていたし、実際生徒間のそういったいざこざには色々思う所があったから。
その質問を投げかけた時、一瞬彼女が言葉に詰まったのを僕は見逃さなかった。
きっと、何かあったんだろう。結局ハトリとユズキの登場によって、質問は有耶無耶になってしまったが。
僕は改めて後日、きちんと話をしようと決意した。
そしてそのすぐ後、沙雪と天逢坂君が到着した。彼女は菓子を持ってきてくれた沙雪と一緒に、隣の部屋へ行ってしまった。生徒会室では天逢坂君と僕、鳥を見ているハトリとユズキが残されていた。
天逢坂君とは、ゆっくり顔を合わせて話をした事はあまりない。弁明しておくと、ただ機会が無かっただけで、決して彼が苦手だとか、好ましくないだなんてことは一切思ってはいない。
だけど。
「そんな、ふふふ」
「何か怪しいんだよな、お前」
彼女に関しては、別だ。
正直に言って彼女と天逢坂君は……口に出すのも非常に不本意であるのだが。多分、仲が良い。
彼女の態度が顕著に表していた。天逢坂君に対しての彼女はとても砕けたような、遠慮が無いような。そんな風に見える。
面白くなかった。
自分でも凄く驚いたのだけれど、案外僕は嫉妬深い方だったらしい。
下級生相手に、大人気無いのも十分に分かっていた。だけど、どうしても彼女に関しては余裕が無くなってしまう。
何か不穏な空気を察した彼女が「私は大丈夫です」と僕に慌てて言った。天逢坂君はまるっきり良く分かってない顔をしていた。
……悔しいな。僕も彼女と同い歳であったなら、天逢坂君みたいにもっと仲良くなれたかもしれないのに。
そんな子供じみた考えを、頭の中でグルグルと巡らす。悟られないよう、笑顔で納得したフリをして。
だけど、僕はどこかスッキリした気持ちだった。
自分にもまだこんな風に感情をぶつけられる心が残っていたのだと、そう思えたから。
天逢坂君には絶対負けてあげない。いや、勿論天逢坂君以外の相手でも。
普段よりも少しだけ、心の中が温かいような気がしていた。




