40
体育祭も終盤に差し掛かる。
残りの競技はパン食い競争と障害物競争、そして最後に選抜リレーが待ち構えていた。
パン食い競争は坊城先輩が出たがってた競技だけど、そんなに人気なのかな?
ぞろぞろとレーンへ向かっていく人達を見ると何故か皆やる気満々だった。
「(んん?)」
パン食い競争に使われているあのパン……袋のロゴに見覚えがあるような……?
すると、またもや同じチームの男子達が話をし始める。
「ああ……出たかったなぁ、パン食い競争」
「俺も。何たってあの”プティ・ノン・ダム”の数量限定パンが食えるってんだから、毎年人気な訳だよな」
……あー!!その名前で思い出した!
それ、沙雪先輩の家の洋菓子屋さんじゃないか!
「あのパン買いによく行くけど、先着50名までだからすぐ売り切れちゃうんだよ。洋菓子も人気だから午前中でほとんど無くなっちゃうし」
「俺なんて食べた事も無いけどな」
そ、そんな有名だったのか沙雪先輩の家は!
確かに生徒会室で食べたお菓子はどれも凄く美味しかったけど……ってあんな簡単に食べちゃって本当は物凄く勿体ない事をしたのでは!?
そんなパンが体育祭で食べられるとなれば、グルメな坊城先輩が出たがるのも無理は無い。
そうこう考えている間に、早速競技が始まったようだ。
出場者の皆さん漏れなく全員目が血走ってます。それぐらい美味しいパンなんだろう……良いなあ、俺も食べてみたかった。
すると、小さな声で「いおりん! こっち来て!」と沙雪先輩が俺を手招きした。
「沙雪先輩、どうしました?」
「これ、いおりんに1つあげるね」
そう言って差し出した手には、まさに皆が今必死に追っているパンが。
「えっ、良いんですか!?」
「いーよっ! 2人だけの秘密ね?」
悪戯が成功した子供のように笑う沙雪先輩が、俺の手をサッと取ってパンの袋を握らせてくれた。
「あ、有難うございます…大切に食べさせて戴きます」
「いおりん大げさ~、また食べたくなったらいつでも言って良いんだからねっ……っと、ごめん。私この後出番だからもう行かなくちゃ! 慌ただしくてごめんね」
「いいえ全然! 本当に有難うございました」
笑顔の沙雪先輩を見送り手に持ったパンを見つめる。
……へへ、特別に貰っちゃった。嬉しいなあ。
他の生徒にバレないようキョロキョロと辺りを見渡すと、即座に体操服の後ろにパンを隠し、何食わぬ顔で席に戻った。
あっという間にパン食い競争が終わり、次は障害物競争だ。さっき言ってた通り沙雪先輩が出場するらしく、レーンの近くで屈伸しながら筋を伸ばしている先輩を見つけた。
相変わらず笑顔なんだけど、その目はまるで獲物を狙うハンターのようだった。
手首と足首をグルグル回してスタート位置に着く。同じ青チームから天逢坂も出場するようで、沙雪先輩のすぐ隣に並んでいるのが見えた。
沙雪先輩と天逢坂は横目でアイコンタクトすると、ニッと口の端を吊り上げる。
「位置について、よーい」
パァン!という音と同時に天逢坂も沙雪先輩も物凄い速さでスタートダッシュを決める。
は、はっや…何だあれ!?
障害物はハードル、網潜り、平均台、飛び箱の順番。
最初はハードルから。2人とも全くスピードを落とさず簡単に飛び越えていく。どちらも足が長すぎやしないか?
続いて網潜り。ほとんど同じタイミングで到着すると、順調に網の下を潜っていった。
後続は未だハードルを必死に飛び越えていて大きな差が開いている。
振り返る事も無く平均台へ向かった二人はこれまた余裕で飛び乗ると、普通に走っている速度と大して変わらない絶妙なバランス感覚で走り抜けていった。
「(流石にこれは……)」
他の出場者には酷な話だが、レベルが違いすぎる。
応援している生徒達も、余りの事に「……お、おぉ」と開いた口が塞がらない状態だ。
跳び箱に到着し、助走をつけて難なく飛び越えるとゴールへまっしぐら。
そのままワンツーフィニッシュ。後ろは大きく離されてのゴールとなった。
「(う、わぁ……)」
改めてあの二人の凄さを見せつけられた。
速すぎる。そりゃあ出場制限もくらう訳だ。
俺は気づかぬうちに惚けた顔で2人を見ていたようで、その視線に気が付いた天逢坂が俺の方を見てフンッと笑った。
「(……は?)」
今確実に鼻で笑っただろ天逢坂。俺には分かる。
何だよアイツ、ちょっと見直したってのに! まじでお前にだけは絶対負けねえからな!
ムカムカした気持ちをどうにか抑えていると、丁度ここまでの総合順位がアナウンスで発表された。
「現在の総合順位……3位黄色チーム、2位白チーム、1位青チームです」
わあああっと青チームから歓声が上がる。
ですよね~、まあ、青が暫定1位なのは予想してた。
と言っても3位である俺達黄色チームと、2位の花ちゃん先輩や桜子ちゃんの居る白チームはそこまでポイントに差は無い。青チームだけが頭一つ飛び抜けている状態だ。
あ~、さっき天逢坂に啖呵切ったばっかりなのに(脳内だけど)もうこれで決まっちゃうのかよ。
そんな俺の頭の中を先読みしたかのように、続けてアナウンスが入った。
「最後の選抜リレーですが、何と1位の獲得ポイントが倍となります。まだまだ逆転のチャンスはありますので、皆さん最後まで諦めず頑張って下さい」
バラエティー番組か、と突っ込みそうになったが……有難い。最後の選抜リレーで青に勝てれば、黄色チームが逆転出来るかもしれない、ってことだろ?ほんの少しでも希望はあるって事だ!
そして出場する選手達が次々に集合場所へ集まっていく。
青チームには天逢坂と沙雪先輩の姿があった。うーん、勝つのは簡単じゃないよな……。
すると、黄色チームの集合場所に意外な人物が。
「(せっ、生徒会長!?)」
生徒会長がニコニコと笑いながらリレーメンバーと何やら話をしている。
……ん?そういえば生徒会長って、今日一度も競技に出てない気が……。
「それでは最後の種目、選抜リレーを行います。第一走者は位置についてください」
それぞれのメンバーが指定された場所に立つ。この選抜リレーは毎年とても盛り上がるらしく、アナウンスも気合十分のようだ。
選抜というからには、どのチームも精鋭揃いなのだろう。
「(第一走者、青チームは沙雪先輩か)」
アンカーは多分天逢坂だ。最初と最後で大きく引き離す作戦なのかもしれない。
黄色チームからはいかにも運動部、って感じの男の先輩が出場していた。
「(大丈夫かなぁ……)」
不安とドキドキが入り混じったような気持ちで、開始の合図を待つ。
そしてついに、スタートのピストルが鳴らされた。
「きゃあーーー!奥森先輩ー!」
「素敵ー!!」
全員が走り始め、最初のコーナーを曲がる。
やっぱり一番速いのは沙雪先輩だった。あれだけの運動神経を持つだけあって、先輩にもファンが沢山居るらしい。特に女子からの声援が多かった。
どんどん他との距離に差をつけて、先輩から第二走者へバトンが渡る。
「(やっぱり速すぎる……!)」
次にバトンが渡ったのは紫チーム。その次に白、黄色、赤の順番だ。
うーん、黄色は4番目か。いや、でもまだ第一走者だし、何とかなるはずだ!
第二走者からは、誰が速いか遅いか全く分からない状態。青が一番前を走っているのは変わらなかったけど、段々どのチームも追いついてきて距離が縮まっている。
黄色が2番に躍り出たり、赤が白を抜いたりと順位がせわしなく変わっていく。
これは結末が分からなくなってきたぞ!
「さあ、最終走者へは残すところあと1人となりました! 現在の順位は……1位青チーム、2位赤チーム、3位黄色チーム、4位紫チーム、5位白チームです。しかし、全チーム接戦でどの走者も気が抜けない状況となっております!」
抜いては抜かれを繰り返して、とうとう最終走者へ。
青チームはアンカーに天逢坂がスタンバイしている。
「青チームからは勿論天逢坂君の登場だー!」
アナウンスで紹介されると、全校生徒が大盛り上がり。
歓声で会話が聞こえない程だ。
「っと、ここで……!?……なんと、黄色チームから相馬生徒会長が参戦ーー!!」
……へ!?
アナウンスと共にレーンへ生徒会長が立った。
まさか……あの人が黄色チームのアンカーだってのか!?
「天逢坂君、そして生徒会長。まさかの生徒会同士直接対決です!!」
その瞬間、今までと比べ物にならない程大きな歓声が上がる。
こ、こんなの予想してなかったぞ!?
生徒会長は笑顔で生徒達に手を振っていた。
余裕そうだけど、本当に大丈夫なのだろうか?
ハラハラが抑えきれない。俺は柄にも無く興奮していた。
「おおーっ、早速青チームのバトンが渡ったー!」
まず先に飛び出して行ったのは天逢坂。一気に加速をするとコースを走って行く。続くように赤色のバトン、そしてすぐに黄色のバトンが生徒会長へと渡った。
「生徒会長ー! 頑張って下さーい!」
「天逢坂様ー!」
ワーワーとどちらの応援も会場中に響く。
バトンを受け取った生徒会長は……。
「えっ!?」
俺は驚きで思わず声を上げてしまった。
せ、生徒会長のスピード、天逢坂と負けず劣らずだぞ!?
あっという間に赤の生徒を追い越すと、全速力で天逢坂を追いかける。
「(は、はえぇ……)」
周りの生徒から一瞬息を呑む様な音が聞こえる。
すぐにそれは高揚を含んだ声援へと変わった。
「生徒会長ー! 行けー!!」
「頑張ってー!」
そんな声に応えるようにグングン追いつく生徒会長。
だが、天逢坂とて負けてはいない。コーナーを最速で曲がっていく。
「あ!」
誰かがそう声を上げた時、丁度天逢坂と生徒会長が同列に並んだ。
天逢坂も一瞬横を見て驚いた表情を見せたが、すぐにゴールへ強い視線を戻す。
一歩も引かない攻防戦。抜いて、抜かれてを繰り返す。
俺は居ても立っても居られなくなって、立ち上がって大きな声で叫んだ。
「生徒会長ー!! 頑張って下さい!!」
俺の声は他の声援にかき消されて聞こえないかもしれない。だけど、もう叫ばずにはいられなかった。
ぎゅっと祈るように手を組んで見つめる。その瞬間だった。
「うぉおおおお! 生徒会長ーー!!」
一際大きな歓声が上がった。
生徒会長の足が、天逢坂の一歩前へ出る。
「(頑張って、生徒会長!)」
ほとんど同時、だけどほんの少しの僅差でゴールしたのは……。
「さ、最後の接戦……生徒会長の勝利だー!!」
アナウンスが興奮気味に叫ぶと、一瞬静かになった会場から一気にワアアア!と声が上がる。
盛大な拍手と、大きな歓声。凄い、とても体育祭とは思えないほどの熱い戦いだった。
俺は力が抜けたように椅子の背もたれへ寄り掛かる。額から汗が一筋流れて、そんな事にも気が付かない程熱中していたんだと少し笑えた。
満身創痍の天逢坂は膝に手を付いて大きく呼吸を繰り返している。
生徒会長も肩で大きく息をして座り込んでいた。
「(二人とも、物凄かったな……)」
天逢坂も生徒会長も、優劣関係無く素晴らしかった。
俺も皆に合わせて2人へ大きな拍手を送る。
その拍手は、しばらく止む事が無かった。




