28
朝登校すると、1-A教室の前が何やら騒がしい。どうしたんだろ?
俺は背伸びして騒ぎの中心に居る人物を見る。
……え?
「雫さん!」
俺はたまらず、人混みを掻き分けて叫んだ。
「伊織ちゃん……」
「どうしたんですか?! 一体何が?」
床にへたり込んでいた雫ちゃんの元へ駆け寄ると、しゃがんで目線を合わせる。
雫ちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。一体何があったんだ……!
「私の課題曲の楽譜、机に入れて置いたのにどこにも無くて………! 教室中探したのにどこにも……あれが無いと、今日のバイオリン発表が出来ないの」
机の中身を必死に探しても出てこなくて、教室中の人に聞いていたそうだ。だから騒ぎになっていたらしい。
「家に持ち帰った訳では無いんですよね?」
「うん。昨日の部活の後机の中に仕舞ったから、間違いないと思う……」
段々と声が小さくなっていく雫ちゃん。これってもしかして……。
「……雫さん、私も手伝いますから絶対見つけましょう」
「伊織ちゃ……うん、有難う」
大きな目に涙を溜めていたが、袖でグイッと拭うと力なく笑う雫ちゃん。
心が痛い。何でこの子がこんな目に合わなきゃいけないんだ。
俺は眉を顰めたが、すぐに小さく首を振り、雫ちゃんの頭を撫でた。
「必ず、見つかりますから。ね? 何も心配しないで」
「……うん、うん」
耐えきれずポロッと涙が零れた。俺は制服のポケットからハンカチを取り出すと、そっと雫ちゃんの頬に当てる。
「擦ったら腫れちゃいますよ。今日、発表があるんでしょう」
俺は安心させるようににこっと顔を見て笑うと、雫ちゃんを椅子に座らせた。不安そうな顔の雫ちゃんに「後で必ず持ってきますから」と言って教室を後にする。
――—――—―――――絶対に見つけ出さなくちゃ。
俺はまず、各教室のゴミ箱を探すことにした。
1-Bクラスから1-Fクラスまでを虱潰しに探す。周りの生徒達から奇異な目で見られたが、そんなの構っている暇は無い。
もし捨てられているとすれば、見つけるのは早い方が良い。
順繰りに周り、1-Fクラスの扉を開けると、桜子ちゃんが気付いて近寄ってきた。
「伊織さん、一体どうしたんですか?」
「あ、いえ。少し探し物をしていまして」
こうなった経緯を少し説明すると、桜子ちゃんも心配そうに眉を下げる。
「朝河さん、大丈夫でしょうか?」
「ええ、とりあえず今は」
そう言いながらクラスのゴミ箱を覗き込んだ。
「……あれ?」
ゴミ箱の中は空だった。この教室だけ、ゴミが一つも無いなんてあり得るのか?
「朝、誰かが捨てに行ったんですかね」
「……」
俺は何となく引っ掛かった。
「桜子さん、教室のゴミってどこに集められているか知ってますか?」
「え、はい。知ってます!」
桜子ちゃんにお願いして案内してもらう。掃除は業者が入るので、ゴミ捨て場が分からないのだ。美化委員になりたいと言っていた桜子ちゃんなら知っているはず。その予感は的中した。
しばらく歩いて外に出ると、何やらゴミを回収している用務員らしき人物が見える。
「っあの!」
俺は出来るだけ大きな声を出し、その人の元へ走る。桜子ちゃんも後ろに続いた。
「あの、そのゴミ! まだ待って貰えますか」
「おお、どうしたね」
優し気な用務員さんが、手を止めてくれた。傍には大きなゴミ袋がいくつか転がっている。
「どこの教室のか言ってごらん」
「1-Fです! まだありますか?」
用務員さんは袋の側面をいくつか見ると、二つのゴミ袋を持ってきてくれた。
「これと、これだね」
「すみません、少し開けさせてください」
昨日回収されたものと、新しく回収されたものだ。新しい方はほとんどゴミが入っていない。
それを注意深く見てみると……
「伊織さん、これじゃないですか?」
「あ、ありました!」
袋の外から、雫ちゃんの名前が書かれた楽譜が見えた。俺は急いで袋の口を開ける。
楽譜を取り出し、外や中をパラパラと確認したが、特に汚れや破れは見当たらなかった。
「良かった……」
俺と桜子ちゃんは顔を見合わせて安堵する。
「探し物は見つかったかね?」
「はい、無事見つかりました。有難うございます」
俺は用務員さんに深々と頭を下げる。
「処理しちゃう前で良かったね」
クシャリと目尻にシワを浮かべ笑う。本当に良かった、無事見つかって。
「これ、ゴミ袋にクラスの名前が書かれているんですね」
袋を見ていた桜子ちゃんがボソリと呟く。
「そうそう。出してもらう時は必ず書いてもらってるんだよ」
袋には小さく1-Fとマジックで書かれていた。だからクラス言っただけで持ってきてくれたんだ。
それにしても……。
「何で、うちのクラスのゴミから、朝河さんの楽譜が……」
「桜子さん」
「えっ、あ、はい!」
「今、目にした事は…誰にも言わないで貰えますか?」
俺は桜子ちゃんの目をジッと見つめた。桜子ちゃんは一瞬驚いた様子だったが、すぐに「はい」と見つめ返してくれた。
信じたくないけど……最悪の事態が起きてしまった。




