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2日目の朝。
念の為セットしておいたスマホのアラームが鳴る5分前に起きてしまった。ベッドもふっかふかだし、枕も優しく頭部を包み込んでくれる親切設計だったから、俺は転生初日だというのに爆睡してしまった。神経図太いかよ。
顔を洗って制服に着替えると、ダイニングでは母親が作ったシンプルな朝食が並べられていた。クロワッサンはわざわざ焼いたのだというから驚きだ。
サクサクのクロワッサン、それにトロトロのスクランブルエッグと小さめのウインナー、コンソメスープを味わえば朝から高級ホテルに居るような感覚になる。庶民の俺には贅沢すぎる!
父親はもう既に仕事へ行った後で、会うことが出来なかった。楓も、クラブなんだか委員会なんだかはよく分からないけど、朝っぱらから挨拶運動があるとかで俺より先に出て行ってしまった。
雫ちゃんは、毎朝必ず天逢坂が家まで迎えに来るらしい。これで付き合ってないんだからね、驚いちゃうよ俺は。
結局一人寂しく登校するしかないのか……と意気消沈していたが、なんと嬉しいことに今日は母親特製のお弁当が用意されていた。母親曰く「伊織さんは、どうしてもお弁当が良いとおっしゃって聞かないから」と。
ナイスだ伊織!俺も正直、学食で食うよりも母親か藤野さんの料理が食べたい。切実に。
母親は、出来る限り毎日お弁当を作ってくれるらしい。ヨッシャ!お弁当なら、晴れた日に雫ちゃんと中庭で食べても良いし万々歳!
可愛らしいピンクの包みに弁当を入れてもらった俺は、ルンルン気分で元気よく家を飛び出したのだった。
登校途中、まばらに歩いている同じ制服の生徒達と足並みを揃える。車で送り迎えばっかりかと思ってたけど、意外とみんな歩いて登校してるらしい。
昨日、あまりの大きさにビビった天逢学園の門近くまで来ると、急に後ろから声を掛けられた。
「あ、あの、西原さんっ!」
その声の主を見つける為後ろを振り返る。アレ?同じ目線には人が居ない。あ、これデジャブってやつだ。
俺は少しだけ下を向いた。
「……?あ、貴女は昨日の……」
「お、おはようございますっ!」
勢いよく頭を下げたせいで、二つに結んだ髪の毛がビュンッと風を切る。めちゃくちゃあぶねー、ブンッて音したぞ。
いや、今そんな事はどうでも良い。まさか相手から声を掛けてくれるなんて、願ったり叶ったりにも程がある。
……そう、今目の前で頭を下げている女の子は、昨日ばったり出会ってしまった俺のアイドル、一条桜子ちゃんなのだった!!
「き、昨日はきちんとお礼も出来なくて……ごめんなさい!」
「そんな、私の方こそ申し訳ありません。ですので気にしないで……顔を上げてください」
こんな道の往来で頭を下げるもんだから、他の生徒の視線が集中してる。
ごめん、初日に目立ちすぎたせいで色んな方面から目つけられてるの、俺。これ以上、目立つことは避けたいんです。
俺は相手の肩に手を置き「ね、顔を上げて、大丈夫ですから」と優しく諭す。
桜子ちゃんは、おずおずと様子を伺いつつ顔を上げた。ウッ。上目遣いは破壊力抜群だ!
少し前髪を手櫛で直した桜子ちゃんは、背筋を伸ばして俺に向き直る。
「私、緊張するとどうしても上手に話が出来なくて……、西原さんが変に思ってたらどうしようって」
「そんな、私は全然気にしてませんから。だから大丈夫です」
「本当ですか……はぁ、良かったぁ……っあ! わ、私ったら、自己紹介もせずにごめんなさい! 私、1-Dクラスの一条桜子です、西原さんの事は友達に聞きました。あ、勝手に名前呼んじゃってすみませ……」
「ふふ、そんなに慌てないで大丈夫ですよ、一条さん。知っていると思いますが、西原伊織です。宜しくお願いします」
どちらからともなく歩き出し、自己紹介をし合う。おお、まさかの隣のクラスかよ、やった!
「あの、その。もし西原さんさえ迷惑じゃなければ……桜子って呼んでください。苗字だと慣れなくて……」
「……え、良いんですか? それなら、私の事も伊織と呼んでください」
「え?! 私の方こそ良いんですか?! 嬉しい!」
キラキラと眩しい笑顔で喜びながら、頬を赤くする桜子ちゃん。お?もしかして俺、結構好かれてない?
俺は内心ニヤニヤしながら桜子ちゃんを見ていると、ハッとした表情を浮かべて急に顔を真っ赤にした。そのまま俺の顔と、自分の手元を交互に見て何やらモジモジしている。
「あ、の……急にこんな事直接言って良いか分からないんですけど……私、伊織さんの事を聞きたくて、昨日1-Eクラスに行ったんです」
「え……?えっと……それはまたどうして?」
一層恥ずかしそうに頬を染めると、「実は……」と蚊の鳴くような声で話し始めた。
「その、えと……にゅ、入学式で伊織さんを一目見て……こ、こんなに綺麗な女の子が居るんだって、見惚れてしまって」
ドサッ
俺は両手で持っていた鞄を下へと落としてしまう。桜子ちゃんは「え?あ、鞄が!」と言って拾ってくれたけど、ほぼ放心状態の俺はお礼を言うことすら出来なかった。
…………うおおお!!神様ァ!!!有難う!!!!!!
もう俺、思い残す事は無い。まさかの両想いだなんて誰が予想しただろうか。転生先が伊織で良かったよ、俺は。
っと、まだ喜ぶには気が早いか?いけないいけない。俺は桜子ちゃんが拾ってくれた鞄を「すみません」と言って受け取る。まだ落ち着け、落ち着くんだ俺。
「すみません、話の腰を折ってしまって。続きをどうぞ」
「え? あ、はい。それで、どんな子なんだろうって、昨日伊織さんと同じクラスにいる友達に聞きに行ったんです。そうしたら、あんな風に偶然会話してしまって…ああ、今思い出しても恥ずかしいです」
「恥ずかしい、ですか?」
「だって、初めてお話させて貰うなら、もっと身だしなみを整えて、とか、もっと自然に、とか色々考えていたんです! それなのに、急で慌ててしまって……」
しょぼん、と某顔文字のような顔で落ち込んでいる桜子ちゃん。これはもう、俺と両想い確定ですね、有難うございます。
内心今すぐにでも大声で喜びたかったが、伊織なのでグッと我慢した。
「何だかこう、面と向かってそう言われると照れますね」
「え、伊織さんは慣れているのかと……」
俺じゃなくて伊織ならね、そりゃあまあ言われ慣れてたかもしれないね!
姉に虫けらのごとく扱われている俺に一度もそんな経験は無い。伊織と同じ16歳の時姉から「お前に人権は無い」って言われた時は流石に家出を考えたね。
「そんな事ありませんよ、買い被りすぎです」
手を口に添え上品に笑って見せると「はぁ……」と桜子ちゃんが頬に両手を当て、溜息を付く。
心なしかウットリとした眼差しだ。
「ああ、本当に憧れちゃう。私の理想のお嬢様が存在しているなんて……」
「? 何か言いました?」
「いいえ、何も!」
あはは、と何かをごまかすように笑う桜子ちゃん。小さすぎて何を言ってたかは聞こえなかったけど、少なくとも多少は好かれているということが分かった。その上名前まで呼び合う仲に!
これは大きな第一歩だ。よし、絶対に桜子ちゃんとも仲良くなってみせるぞ!




