13
俺はドッと疲れたまま、せっかく楽しみにしていたニケの散歩を終えてしまった。くそぅ。
あんな事が無ければもっと遊びたかったのに。
楓にもかなり気を使わせてしまったので何度も謝ったが「姉さんが謝る事じゃありません」となんだか少し怒った様子で、さらに申し訳なくなった。高校生が小学生に慰められるってどうなの。でも、楓が居なきゃあのまま俺は恥ずか死ぬところだったから、本当に助かった。
家に帰ると、藤野さんが特製アップルパイを焼いてくれていて、さっきまでの出来事が一瞬で吹き飛んだ。だって絶対美味しいヤツじゃん!藤野さんのアップルパイ!
15時。おやつの時間になった途端に俺はシュバッと席につく。楽しみにしていたのが伝わったのか、藤野さんは少しだけ大きめに切り分けてくれた。楓も俺も、一口食べると頬を押さえて幸せそうな顔を浮かべてしまう。……だって、外はサクッと、中はりんごで少ししっとりのバターとシナモンが効いたアップルパイ!はぁ、美味しすぎる……。
あまりにも美味しくて、秒で食べた。気づいたら皿の上からアップルパイが消えていて、俺は「え!?」と言って皿を二度見した。今思えばかなりアホだと思う。楓もやばいヤツを見る目してたし。
それから少しだけ三人で他愛無い話をして、藤野さんは16時頃に帰宅していった。それと同時に楓も「今日の分の課題を終わらせます」と言って部屋に行ってしまったので、現在俺は、リビングで独りぼっち。
……さて、どうしようかな。
スマホはポケットに忍ばせてあったので、とりあえず触ってみる。といっても、ほぼ買ったままのアプリしか入っていないみたいで俺はすぐに閉じた。
リビングにはホームシアターばりの巨大テレビが壁に掛けてあったが、見るのは戸惑われる。だって、金持ちが俗世のTVショーとか見てたら、親から何か言われたりすんじゃん!
俺は早々に諦めて、自室へと戻った。
部屋に入り、椅子に座りながら本棚に目線を移してみる。大きな本棚にはビッシリと小説が詰まっていて、俺はそのラインナップがどんなものか、一通り目を通した。
……あれれ、意外と普通?
普通……というか、俺ですら知ってる有名文豪作家の小説ばかりだった。
羅生門、果てしない物語、銀河鉄道の夜、人間失格……俺はてっきり、伊織はマイナーな小説も色々読んでるもんだと思ってたから少し拍子抜けだ。すっかりコアな小説ファンかと。
ま、名前を知ってるってだけで読んだことの無い小説も沢山ある。暇な時はここから拝借して、小説を読む事にしよう。
俺はファンタジーが好きなので、その中でもファンタジー要素の強い作品を選ぶ。とりあえず最初は銀河鉄道にしてみようかな。
本を引き抜くと椅子に深く座り直し、俺は本の世界へと入り込んでいった。
「……さん、ね……えさん!」
「伊織姉さん!!」
「ハッ、ハイ!!」
急に呼ばれて、勢いよく立ち上がる。あれ?部屋には誰も居ない。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえたので、俺は少し安堵した。どうやら呼ばれたのは扉の外からだったらしい。
「楓さん、すみません。どうしました?」
「どうしましたって……もう夕飯の時間ですよ、何度も呼んだのに全然反応が無かったので」
え?!もうそんな時間?
俺は慌てて机の上にある時計を見ると、時刻は19時前だった。そんなに長い事読書に集中していたのか。
「すみません、すぐにそちらへ!」
「はい。あ、階段は危ないので、慌てないで来てください」
そう言って楓は下へと降りて行った。……アイツ本当に小学生か?今時の小学生ってあんなに女性の扱いに慣れてるもん?
まあ、いい。とりあえず下へ向かわないと。父親も母親も揃っているだろうからな。
俺は机の引き出しを開けると、そこに置いてある栞を一枚取り出し、読んでいた場所に挟み込む。いやあ、銀河鉄道の夜、面白いな。思わず引き込まれてしまったよ。ジョバンニ、強く生きてくれ。
本を閉じると、扉を開けて1階へと降りていく。家の中にはもう夕飯のいい香りが漂っていてぐぅ、とお腹を鳴らしてしまった。伊織の体、結構燃費悪いな。
ダイニングに着くと、父親の姿は無かった。今日は仕事で少し遅くなるので先に、と言うことらしい。
母親から「伊織さん、勉強でもしてた?」と言われたので「まあ、そんなところです」と適当に流す。
夕飯はまさかの母が作ってくれていた。それだけでも驚きなのに、メニューは肉じゃがと白米と白和えとワカメのみそ汁と……と、純和風メニューだったのでさらに俺は驚いた。いや、伊織の母親、結構外見が派手な感じだから……美人なんだけどね。正直料理出来るの!?って見た目だし。
だが、そんな思いも杞憂に終わる。藤野さんも凄いが、母親も負けず劣らずかなりの腕前だった。肉じゃがが旨すぎて、どっかの高級店で買ってきたのかって思ったくらいだ。
腹いっぱいになるまで食事を堪能すると、母親の食器洗いを手伝った。何ていうか、美味しい食事を有難うって気持ちと、人の家のような感覚だったって事もあって、何もしない訳にはいかなかったんだよね。まあ、大半は洗浄機の仕事だったんだけど。俺は乾燥した後の皿を母と一緒に片しただけ。
全てを片し終わると、母親がお茶を入れてくれて、一緒にリビングに向かう。リビングでは楓が普通にテレビ見てた。え、この家テレビオッケーなのかよ!!ちくしょー、さっき見とけばよかった。
しかし。楓が見ていたのはテレビでは無く洋画のDVDだった。しかも、主人公が異世界に辿り着き、そこで人助けをするような内容だったので俺は思わず冷や汗をかいた。
居たたまれない気持ちでその映画を見ていると、やっと父親も帰ってきたので母親と楓と三人で玄関へと向かう。薄っすら記憶にモヤが掛かっていた顔と丁度良くマッチしたその人は、ザ・お人好し!ってタイプの優しそうな顔をしていた。
「お父さん、お帰りなさい」
「ただいま、伊織。初めての天逢学園はどうだった?」
「はい、もうお友達も出来ました。皆優しい人ばかりで、とても楽しいです」
「それは良かった。明日は早めに帰れそうだから、ゆっくり聞かせてくれるかい?」
そう言って、笑顔を見せた父親はポン、と俺の頭の上に大きな手を乗せた。
……う、わぁ。この年で頭撫でられるってあまり無いもんだけど。何故だろう、凄く暖かい気持ちになる。
「は、い……」
「うん。それじゃあ楓も伊織も、早めにお風呂に入ってゆっくり寝なさい」
そう言って前を歩いて行った父親の広い背中を見つめる。
……え、伊織の父親かっこよすぎじゃない?俺、男としてああいう父親凄い憧れるんですけど。
俺は何故だか変にドキドキしてしまって、しばらくそこから動けなかった。あれが父性ってヤツか……。




